じゆう
関西弁がにわかなので嫌な人は嫌かも
目を開けると知らない天井が広がった。
意識がぼやけている。頭にモヤがかかっている様な気持ち悪さが、逆に自分を冷静にさせていた。
辺りを見渡すと、ベッドの頭側すぐ横に棚が置かれ、カーテンの様な物が天井から垂れ下がり、病室の仕切りの様に周りを囲っていた。
ここはどこ…?病院?
事故にでもあったのだろうか、記憶を掘り返すよう試みるが、モヤが邪魔してはっきりしない。仕事が終わって、家に帰ってからの記憶が思い出せない。服装は仕事帰りのままだ。着替えずに寝たのだろうか、モヤと共に痛みが頭を襲う。今何時だろう、日付も、と思いスマートフォンを探すが見つからない。
徐々に自分の置かれている状況に焦りを感じ始める。おそらく何かの事故に巻き込まれてから救急搬送かされ、入院しているのだろうと思い込む事で心を落ち着かせる。病院なら、看護師を呼ぶナースコールがベッドの近くにあるだろう。再度辺りを見渡すがそれっぽい物はなかった。ここに寝てても埒はあかない。とりあえず状況把握をしたかった。私はベッドから降り、カーテンを開ける。
「わっ!」
カーテンを開けた先から驚く声がした。私も同時に小さい悲鳴を上げる。
「貴方は?」
端正な顔立ちの彼は続けて話しかけてきた。私は自分以外の人がいた事に安堵するのと同時に少し警戒した。ここが病院かどうかも定かではない。
「人に尋ねる時はまず自分からではなくて?」
一度言ってみたかった台詞だ。まさかこんなところで言えるとは、私はしたり顔で訊き返した。
「あぁ、すいません。僕は大串です。君は?」
「私はまりえ!ここがどこかわかりますか?」
私は自己紹介した後、間髪入れずに訊き返した。大串がなんで下の名前?と小声で呟やきながら困り顔をしてる姿をみて、なんとなくだが大串からは悪意の様なもの一切感じなかった為、私は自然と警戒を解いていた。
「わからないです。目が覚めたらここにいました。病院かとも思いましたが、なんか違う様です。」
大串は怪訝そうな顔で答える。私も病院かと思ったのは一緒だ。
「なんで?」
食い気味に訊く。
「男女が同じ病室にいる事は今のご時世ないと思います。それに、入院したのに病衣じゃないのも不思議です。私物が一切ないのも。携帯持ってますか?」
私はううんと返答した。大串は洞察力に長けている様で、私は彼の説明に納得した。
「そうですか。とりあえず、僕はここがどこか判断する材料と外への連絡手段を探そうと思います。」
私も行きますと即答し、わかりましたと大串も返答する。彼と私は、ベッドから降り、残りの仕切りを開けると私達以外に3人分のカーテンの仕切りが並んで見えた。他には鉄製のドアが一つだけあり、窓は見当たらなく、壁一面は木製の何もない殺風景な部屋だった。
やはり病院ではなさそうですねと大串は呟き、私も同意する。カーテンの奥からか細い悲鳴が聞こえた。ドタドタと物音立てながらカーテンが開くと、私達を見てまた悲鳴出しながら後ろに転んで身体を精一杯縮こませる眼鏡をかけた女の子が目に映った。
童顔なのか高校生ぐらいに見える。臆病な子なのだろう。大丈夫ですか?と私は声を掛けると、彼女はヒッとまた短い悲鳴を出し、誰?とか細い声で私に問いかける。私は彼女にまりえと名乗り、名前を問う。
「私、私は海月と言います。」
くらげちゃん!かわいい!と言うと、彼女は俯く、恥ずかしかったのだろうか。
まりえさんが下の名前で答えるから彼女も下の名前で答えちゃいましたねと大串は興味あるのかないかわからない様なぼやきをした。
いいんです!私は下の名前とかあだ名で呼び合う方が好きなんです!と語気を強めて返す。
うるさいのぅ。人が寝てるのに。と海月の隣のカーテンの奥から野太い声が聞こえると同時にカーテンが開き、奥からイカついおっさんの顔が私達を覗く。
「俺は拓雄。そこの姉ちゃん達の名前は盗み聞きしてもうたわ。兄ちゃんの名前は?」
また下の名前で、とため息混じりにぼやきながら呆れた表情で大串ですと答えた大串に、下の名前で答えんのかい、ノリ悪いのぅと拓雄は茶々をいれた。
少し間を置いて大串は2人に携帯かスマートフォンを所持しているか確認するが、2人共首を横に振る。続けて、この場所についての情報についても同様に2人の首は横に振られた。
そうですかと大串は相槌をし、この部屋にある唯一のドアに近付き間髪入れずにドアノブをひねる。
「開かない。」
大串は何度もドアノブがひねるが音を鳴らすだけでドアは開かなかった様だ。その様子を見ていた拓雄がほんまか?とベッドから身を乗り出し、ドアノブを同様にひねるが虚しく音が鳴るだけだった。拓雄はドアノブから手を離すとそのままドアに蹴りを入れる。ドアはびくともせず、蹴った場所にすら傷一つ付かなかった。
「俺らは閉じ込められてるんか?」
拓雄は苛立った表情で言い放つ。
「閉じ込められてるてどういうこと…?」
震えた声で海月が拓雄に問いかける。その問いに拓雄は無視するかの様に舌打ちをすると二度目の蹴りドアにを入れる。ひぃと小さい悲鳴をあげる海月に、間を置いて、すまんな、俺にもわからんわと拓雄は遅れて答え、ドアから離れベッドに寝転がる。
全員がこの状況が異様な事に気付きはじめ、困惑する。いや、最初から異様ではあったのだろう、気付かぬフリをしていただけで。
「ドアはこれしかない様ですし、何か開ける方法を探します。」
落ち着いたトーンで大串は言い放つと、部屋から出る手掛かりを見つける為、探索を始めた。
大串の発言で、私は少し冷静になれた気がした。
「ねぇ、みんなはここに来る前の記憶ありますか?」
私は大串とは別な方法で手掛かりがないか探す事にした。
…
聞いた話をまとめると全員普段通りの生活を送っていて、起きたらここにいた様だった。職種や地域もバラバラで、しがない一般人という事以外に共通点はなく、ここに来た経緯や場所の特定になる糸口は特になかった。
「大串探偵!調査報告です!」
ドア近くの探索をしている大串に声を掛ける私をあからさまに嫌な顔で一瞥する。ふざけてる場合ですかとつぶやく。私が申し訳なさそうな顔をしていても目もくれずじっと床を見つめていた為、怒りました?と大串の顔を覗き込んだ。大串はビクッと身体をそらし後ずさると近いですと軽蔑した様な目線を私に向けた。私は不貞腐れた顔で大串を睨みつけると、急に私の顔を手で押しのけじっと床を見つめ直していた。
「もしかしたらドアを開けられるかもしれません。」
ほんと?!と驚く私に大串は床に指をさし視線を促した。
「ここ。薄らと文字が書いてあります。」
「…?あ、ほんとだ。に?て書いてある。」
平仮名で書かれているようで、字がとても汚く読みづらい。
「はい。ここの他にも4箇所書いてありました。」
そう言うと、他に文字が書かれている床の場所を大串は改めて順番に指をさす。
「1つだけわからないのがありましたが、他は
いち、さん、し
と僕は読めました。読めたのだけでシンプルに考えると数字だと思います。」
私達の会話が気になった海月と拓雄が歩み寄る。
「確かに数字っぽいですね。でも、なんの数字なんですか?」
「おそらくですが、僕達に割り振られた数字です。」
唐突な事を言う大串に3人は戸惑っていると、私が寝ていたベッドの方に歩き出す。
「ここ。ベッドの淵にも同様に文字が書かれているんです。」
私達3人は顔を見合わせベッドに近寄る。大串の言う通り、ベッドの淵に同じ筆跡で薄らといちと書かれてあった。
「ほんとだ。書いてある。もしかして他のベッドにも?」
「はい、僕のとこにはに、海月さんはさん、拓雄さんはしと書いてありました。それと拓雄さんの横にもう一つベッドがありましたが、それには何も書いてありませんでした。」
なんか俺のだけ縁起悪りぃなとぼやく拓雄を尻目に話を続ける。
「一つ読めない文字という不確定要素を抜きにすれば、この文字は僕達のシリアルナンバーの様なものだと思います。まりえさんが1で、僕が2。僕の推測ですがこれがドアを開けるヒントになってると思います。なので、文字が書いてあるとこにそれぞれ立ってみませんか?」
大串の唐突な提案に私達は唖然とする。
「そんなんで開くんかいな。それになんでわかったんや?」
とたまらず拓雄が疑問を投げかける。その横で、うんうんと私と海月は頷きながら大串を見つめる。
「わかったというよりかは、試してみたいだけです。さっきまりえさんに話しかけられた時、僕達は(に)と書かれた文字の近くにいました。僕は急に近付いて来たまりえさんを避ける為、反射的に後ろに下がりました。すると、床の文字が少し光ったのです。おそらくですが、それぞれの文字の近くに割り振られた番号の人が近付くと文字が光り、次のヒントかドアそのものが開くかもしれないという事です。ものは試しです。」
大串の解説を聞き3人はおぉ、と盛大な拍手を送った。やはり大串は洞察力が凄い人なんだと思った。
なんか脱出ゲームみたいと呟く私に大串は
「ふざけてます。これでクリアなら簡単なゲームです。つか見ず知らずの人達を集めて、こんな大掛かりな脱出ゲームは聞いた事がない。どちらかというと、映画や小説によくあるデスゲームに近いです。ここにいる理由もわからない僕達からしたらシンプルに誘拐ですからね。」
敬語少し外れる程、感情的になって不満を吐露した。まあまあ、出れたら一緒に警察行きますからとなだめ、4人それぞれ床の割り振られた文字が光る様に位置を調整しながら並んだ。
ガチャ…キィ…
と閉ざされていた扉が奥に開いた。扉の奥には階段が続いており、下にいけるようだった。おぉ!と再び大串に盛大な拍手を送る。私は隣に立っている大串の顔をまた覗き込み
「ちょっと私のおかげだね。」
としたり顔で話しかける。
「ありがとうございました。」
と不服そうに答えた。かわいくないなーと呟く私に早く行きますよと大串は顔を合わせず言い放った。
…
1人ずつ扉を進み、階段を覗く。降りた先には部屋が広がってる様に見えた。外出られるかな…と弱々しく呟く海月ちゃんに
「大丈夫ですよ!また何か謎解きみたいのがあったら大串探偵が解いてくれますから!」
と他力本願全開に励ます。僕だけじゃなくてみんなで解くんですよとぼやく大串に期待してますよと軽めに背中を叩く。
「力仕事なら俺に任せな。頭はアレやけどそっちは自信あんねん。なんなら姉ちゃん!おんぶしたろか!」
とよくあるマッスルポーズをしながら拓雄なりに海月を励ました。大丈夫です…と困り顔の海月だったが表情は少し明るくなった様に見えた。そうか!じゃあ俺が先頭で降りたるわ!と拓雄は意気揚々に階段を降りていった。それに続いて大串、海月と階段を降り始め、私もそれに続いた。
キィ…、パタンッ…
後ろから微かな音が鳴った。振り向くとさっきまで開いていた扉が閉まっていた。
「じゆう…?」
私は閉まった扉に書いてある平仮名を読み上げていた。床に書いてあった字と一緒で汚く、読みづらい。閉まった扉が気になる。踵を返そうとした時、下からまりえさーん!何かありましたー?と大串に声をかけられ、大丈夫ですー!と答えながら私はそのまま階段を降りた。
…
階段を降りると、そこにはさっきまでいた部屋と同じぐらい大きさの部屋が目の前に広がった。違いはベッドやカーテンが無く、壁がコンクリートになっており、部屋の先には木製のドアが閉まっていた。
なんや。また謎解きか?と拓雄が言いながら歩いてドアの方に向かう。部屋の真ん中付近まで来た時、ゴンっ!と鈍い音が部屋に響き渡り、拓雄が頭を押さえて倒れている。
「いったー。なんやこれ。急に何かにぶつかったぞ。」
みんなで拓雄の側まで歩み寄る。大串が拓雄が転んだ先に手を伸ばすと
「硬い。壁…?見えない壁の様なものがあります。」
全員で手を前に出すと、確かに何かにぶつかる。本当見えない壁があるようだ。これだと先進めないねと私が呟くと
「おそらく先程の様な仕掛けがどこかにあると思います。手分けして探しましょう。」
大串が指揮を取る。各々が返事をし、探索を始める。大串と拓雄は見えない壁に隙間の様なものがないか肩車をしながら確認しており、海月は心配そうにそれを見ていた。私はさっきの大串からヒントを得て、床を注意深く見ていた。少し進むと薄らと文字の様なものを見つける。
「いちまと…?」
相変わらず汚い字で書かれており読みづらい。私はとりあえずまた光るポイントがあるかを確認する。文字の周りの床を小刻みに歩き周ると文字が光出した。と同時にわっ!と大串と拓雄が小さい悲鳴を上げ、転んでいた。またそれを心配そうに眺める海月。
大丈夫ー?と私が声を掛けると
「壁が消えました。先進めそうです。」
と大串、拓雄、海月はドアの方に向かっていった。私も3人の後に続こうと歩き出した時
グシャッ
目の前から物が潰される音が聞こえ、私の身体全体には温かい水飛沫の様なものが降りかかった。
え?
正面に目をやると3人の姿はなく、真正面に見えるドアは開いていない。3人は忽然と消えたようだった。戸惑っていると、目の前に天井からぶら下がるように縦一直線に赤い糸のようなものが現れ、糸は床にまで続き、そこには半円の赤い水たまりが出来ていた。
なにこれ?
急に現れたその糸と水たまりを避け、顔を上げ私は目の前の光景に絶句した。
そこには3人の変わり果てた姿があった。両手で潰された虫のように平たく、顔は引き伸ばされ、ありえない方向に曲がっている手足、異様な何かになっていた。
は?
え?
なにこれ?
なんで?
私?
私の所為?
大串達だったと思われる何かを見つめながら私の頭はグチャグチャになった。目から自然と涙が溢れる。呼吸が荒くなり、息が苦しい。臭いが鼻をつき、目が回り嘔吐する。意味がわからない。私の身体は自然と後退りをしていた。
キャははハはハははハハ
不協和音なメロディーと赤ちゃんの笑い声、その赤ちゃんの声に重なるように野太く気持ち悪い笑い声が耳にまとわりついてきた。その音につられ後ろを振り向くと血だらけの壁にボタンと文字があった。
おせ
私はどうする事も出来ずに、そのまま意識を失った。