愛は一方通行では成立致しません。当然でしょう?
「ディアメシア・パレントス公爵令嬢。そなたと婚約破棄をする」
マルド王太子殿下が、ピンクブロンドの男爵令嬢アリス・ピレットの腰を抱き寄せて、卒業パーティで宣言をした。
その途端、周りの様子が慌ただしくなる。
「婚約破棄だと?」
「王家はパレントス公爵家に喧嘩を売るのか」
「ピレット男爵家がパレントス公爵家に宣戦布告をした」
「いや、王家がだろう?」
「戦だ戦だっーーー急ぎ準備をっ」
生徒達やその両親、皆、会場を慌ただしく後にする。
マルド王太子は慌てた。
「いや、この女の悪事を、みんな聞いてくれっーー」
誰も聞いてはくれない。
がらんとした卒業パーティ会場に、マルド王太子と目をまんまるくして固まっているアリス。そして、優雅にその場にたたずむディアメシア・パレントス公爵令嬢が残された。
ディアメシアは優雅にカーテシーをし、
「婚約破棄、確かに承りました。両親に報告を致さねばなりません。失礼致しますわ」
マルド王太子はディアメシアに向かって、
「婚約破棄はナシだっ。ナシっ。なんだ?何故、いきなり戦という話になる?」
アリスもマルド王太子の腕に縋りつきながら喚く。
「そうよ。そうよ。何故、いきなり戦なのよ」
ディアメシアはにこやかに微笑んで、
「それは我が公爵家が、わたくしのおばあ様が王家にないがしろにされたからでございますわ。おばあ様は死ぬまで王家を恨んでおりました。いわれのない罪を着せられて、危うく殺されるところだったと。そこをおじい様に助けられて。おばあ様は命を永らえて。
その時に罪を着せる悪巧みをしたのが先代国王陛下の兄君でございましたわね。確か市井に落とされた末、無残な事故に遭われて殺されたとか。ともかく、お父様はおばあ様の件でものすごく王家を恨んでおります。その件を水に流そうと頭をさげられたのが国王陛下。それを貴方様は台無しにされましたわ。ですから、今度は武力をもって王家に報復をしようと。勿論、他の貴族の皆様は我が公爵家と王家との間にあった事柄をよく言い伝えて覚えておいでです。今度、このようなことがあったら我が公爵家が黙ってはいないだろうと。そうですわね。おばあ様の件だけでなく、わたくしにまで罪を着せて断罪しようとなさったのです。覚悟をなさいませ」
「いやいや、まだ断罪はしていない」
「するはずだったのでしょう?」
マルド王太子は黙りこんだ。
そして思う。
ここでディアメシアを会場の外へ出したらまずい。
床に手をついて土下座をした。
「許してくれ。この発言はなかった事にっ」
「王族の発言はなかった事には出来ないでしょう」
「ディアメシアは私の事を愛しているはずだ。絶対に愛しているはずだ」
「いつどこで?貴方様を愛しているとわたくしは言ったでしょうか?」
「それはだな。ほら、月の一度のお茶会で」
「ああ、貴方様はわたくしと話すもの嫌だと、メイドとばかり話していたあの茶会ですわね」
「照れていたんだーーーっ。照れていただけだ。本当は君と話をしたかったんだ」
「はい?照れていたというより、わたくしの方をチラチラ見て、これみよがしにメイドと話をしていたじゃありませんか。それでもわたくしは我慢したのですわ。国王陛下が頭を下げてまで、婚約を頼んできたのですもの。仕方なく我慢を」
「プレゼントっ。そうだ。プレゼント贈ったはずだ」
「そちらのアリスさん?凄く豪華なドレスを着ていらっしゃるのね。その首飾り。王家の秘宝ドクランテスダイヤモンド首飾りでは?」
「違うっーー模造品だ。本物の訳はあるまいっ」
ちらりとディアメシアはマルド王太子を見やり、
「偽物なら、わたくしが破壊しても文句はございませんわね」
アリスは後ずさりして、
「これは私の物なんだから。本物だって言っていたもん」
「まぁ本物ですの?わたくしへのプレゼントは、萎れた花が押し花とか言って紙に挟んでありましたけど?あんな紙一枚がプレゼントなんて。しおりにだって使えないあれ本当に花なんですの?」
「いや落ちていた葉を紙に適当にっ。しまったぁーーーっ!」
「そうですの。わたくしはやはり、大切にされていなかった。間違いないですわね。その上、断罪される所だったなんて」
「ちがーーうっ。誤解だ。誤解っ」
「まだ、悪あがきを?」
アリスが逃げようとした。マルド王太子はアリスにタックルして、
「逃がすかっ。一緒に謝るんだ。アリスっ」
「私、関係ないもん。無実だもん。王太子殿下が私の事を可愛いっていうから傍にいただけですもん」
ディアメシアは一言、
「婚約者のいる男性に口説かれて、その気になるってだけで慰謝料ものですわね。貴方にもしっかりと報いは受けて貰いますわ。王家は軍勢で滅ぼして、男爵家には慰謝料をたっぷりと請求致します。それでよいですわね?」
「父上母上は隣国なんだっ。帰ってきて国が無かったらっ」
「知りません。わたくしの責任ではありません。全て自分で蒔いた種ですわ」
ディアメシアは出て行ってしまった。
謝ってももう遅い。自分は取り返しのつかない事をしてしまったのだ。
パレントス公爵家が領地から二千人にも及ぶ兵を率いて、王都へ入場し、他の貴族達も兵を引き連れそれに付き従って、兵は四千人程に膨れ上がり、王城の周りに布陣をした。
公爵達は王城を抵抗も受けずに占領し、隣国から戻って来ていた国王陛下と王妃に今回の事を報告。国王はパレントス公爵夫妻とディアメシアに頭を下げて。
「我が息子が申し訳ない。この婚約で今までの我が王家がした仕打ちを水に流して欲しいと、我が王家とパレントス公爵家の結婚で、末永い良好な関係を築いていこうと思っていたのに、この始末。おろかな息子は幽閉した上、毒杯を与える事にする。誑かした男爵家の娘もそれなりの罰を与えよう。だから、我が王家を許してはくれぬか?」
国王は抵抗するそぶりも見せず、公爵家や付き従う貴族達の兵四千を王都へ受け入れたのだ。
それは国内の戦を避けるため。
そしてパレントス公爵もいかに母や娘がないがしろにされたとは言え、国王を倒して新たな王朝をとか、そこまで思ってはいなかった。
パレントス公爵は頭を下げる国王に、
「陛下、頭を上げて下さい。我々は王家を倒してまでとは思ってはおりません。ですが、今回の王太子殿下の件、王太子殿下への罰は塔へ幽閉の上、毒杯。男爵家の娘は借金漬けにして娼館へ売り払う。それで許しましょう」
「有難う。有難う。公爵よ」
それを縛られて聞いていたマルド王太子は慌てた。
「毒杯なんてっ。私はそこまで悪い事をしたのか?」
ディアメシアはにこやかに笑って、
「わたくしは断罪されて、どうなる所だったのでしょう。国外追放?それとも?わたくしの命が危険だったかもしれないのです。当然でしょう」
「お前は私の事をみじんも愛してはいなかったのか?」
「何度言えば解るのです。愛する要素なんてみじんもありません。もし、わたくしの愛が欲しかったらそれなりに貴方からも愛を示して下さいませ。貴方はずっとわたくしをないがしろにしてきたでしょう。わたくしは、貴方に好意を示してきたというのに。愛は一方通行では成立致しません。当然でしょう?」
ディアメシアに言い切られて、マルド王太子はがくっと膝をついた。
後悔してももう遅い。塔の中で、毒杯が届くのを待つ日々。
もっとディアメシアを大切にしておくのだった。
王族だからって、婚約者を馬鹿にした態度を取るのではなかった。
全ては後の祭り。
窓から見える空は青くどこまでも透き通っていて。
マルド王太子は後悔の涙を流し続けるのであった。
わたくしだって、愛されたかったのよ……
貴方がわたくしの方を見てもくれなかったのがいけないの。
初めての茶会。
おばあ様の悔しさ。辛さを聞いて育ったわたくしは、国王陛下がお父様に頭を下げて頼んだこの婚約。
同い年のマルド王太子殿下と結婚をし、未来の王妃になってくれないかという。
わたくしとしては複雑な心境。
そう思っていたのだけれども。
マルド王太子殿下は顔は整っているのだけれども、酷い方だった。
仲良くなろうと思っていたのに、お茶の席で話しかけられるのを待ってたのに、傍にメイドを呼び寄せてメイドとばかり話をしている王太子殿下。
わたくしが目の前にいるのよ。わたくしがわたくしがっ。
こっちを見て。お願いだから。わたくしと話をしてよ。
それでも、メイドとしか話をしなくって。
わたくしは貴方と仲を深めたいの。色々とお話したいの。
こちらから話しかける事は、不敬になるから出来ないのよ。
国王陛下が頭を下げてまで結んだ婚約。
お父様にマルド王太子殿下の態度を言う事は出来なかった。
いつか、この態度が変わって。わたくしと楽しく交流して下さる。
そう信じて。
何度もないがしろにされながら孤独なお茶会の場も耐えて。
プレゼントだって、紙に変な葉が挟んだ物だけだったわ。こちらは、きちっと王太子殿下に似合いそうな装飾品を見繕ってプレゼントしたというのにお礼もなくて。
せめてお手紙で交流をと思って手紙をしたためても返事も来なかった。
きっと見てはいないのだわ。
勿論、王太子殿下からのプレゼントは他にも髪飾りとかあったけれども、明らかに王太子殿下が選んだのではなくて。
わたくしの金の髪に金の髪飾りはないとは思うけれども。
臣下の方すらもわたくしの事をないがしろにするのね。
それでも、我慢したわ。お父様にも言えなかった。言えなかったのよ。
自分が大切にされていないだなんて。言えなかった。
でもでもでもっ。
アリスという男爵家の令嬢と、見せつけるように王立学園で仲良くして。
わたくしとはまともに付き合いもしないで。
どうして?わたくしのどこが悪いというの?
マルド王太子殿下がアリスと悪巧みをしているという事を、調べさせていた公爵家の手の者から報告があったの。
わたくしを断罪して国外追放?
わたくしは殺される位に憎まれていたの?
わたくしはっ……公爵令嬢が一人で生きていけるはずはないじゃない。
だから、わたくしは。
貴方を殺すわ。毒杯で……。
国王陛下に託された。この毒杯。わたくしが貴方へ最後の毒杯を届けてあげる。
さぁ、わたくしの目の前で、貴方の命が消えるのをしっかりと見届けましょう。
これは愛と言えるのかしら。きっとわたくしは貴方に愛して貰いたかったのね。
愛は一方通行では成立致しません。当然でしょう?
そんな事も解らなかっただなんて、貴方もわたくしも本当に愚かだわ。
さようなら。貴方。
わたくしは貴方の事を忘れて、今度こそ、一方通行ではない愛を、たとえ政略でも共に愛し愛される愛を手に入れる事に致しますわ。