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希望ってどんな色だったっけ  作者: 銭屋龍一
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4 会社の機密情報が流出したってこと?

「でも、まあ、そういうよからぬ噂を立てられている相手かもしれないという、心の準備くらいはしててもいいかもね。梅ちゃんはかわいいから、速攻で告られそうだけど」

 真藤の言葉が梅の脳みそをぶっ叩いた。今なんておっしゃいました。かわいい、とかおっしゃいませんでしたか。それどういう意味でしょうか。ってか、なんでひとりで舞い上がってるんだろ。これほど完璧なイケメンがわたしに興味を持つはずもない。

 大学時代もサークルの仲間内での飲み会とか、合コンだとか、男性と接する機会はそれなりにあったけれど、特定の誰かと親密な関係になることはなかった。特に異性を避けていたわけでもないけれど、真剣に誰かを好きになるということもなかった。

 それに最近では社内の若手達からは、おばさん扱いされてるし。

「なんで梅ちゃんのことを真藤さんは梅ちゃんって呼ぶんですか。ふたりはおつきあいでもしているんですか」

 加織ったら、何をとんでもないことを言い出すんだろ。加織のきまぐれの発言で、わたしが傷つくなんてのはまっぴらだわ。

「真藤さんは、仕事のパートナーじゃないの。加織忘れたの」

 真藤は、会社のトップクラスの顧客を相手にする華の営業一課の係長にしてチームリーダーだ。期待の若手エースだと、社内はもちろんのこと、取引先においても、誰もがその通りの男だと認めている。だから取引先のトップランクの中のトップに位置するサムライ動力車も真藤の担当になっている。

 梅がサムライ動力車に現在納品している安全運転支援システムの開発プロジェクトチームに所属しており、いつの間にか自然にプレゼンの担当者のような形に祭り上げられてしまったものだから、こちらも自然と真藤と組んで仕事をすることが次第に増えていって、この今がある。顧客のニーズをサルベージする才能は、真藤のもっとも得意とするところだ。営業と開発とで、意見交換や細かな部分のすりあわせは絶対に必要だから、そこは真藤と梅はがっつり組み合って仕事をこれまで行なってきた。

「仕事のパートナー以外のお顔も拝見したいところだれど、これがなかなかガードが堅いよね」

「冗談は寝てから言ってください。てか、寝るって、そういう意味じゃありませんけれど」

 梅はあわてて、口をはさむ。頬が火照る。何を言ってるんだろう、わたしって。

「まあ、ありきたりの話をするけどさ」

 真藤が真顔になった。

「側方衝突回避のダブルシーケンスシステムのことって、誰かに言った?」

 それは今度のプレゼンでも目玉となる最新システムのことだ。AIが社会のいたるところで存在感を増している。そして、今や、その先の技術が次から次へと生み出されている。そんなことは、エンジニアの梅はもちろんのこと、トップセールスマンである真藤もよく知っている。

 サムライ動力車が求めているのは、うちのAIシステムが、いかにも人間が考えそうなエラーを巧妙に取り込んで、ヒューマンオペレーションを心地よいものにできている部分だ。人間であればあえて省いてしまいたい部分を逆利用して人間のプライドをくすぐっるって手でもある。

「誰かに言うなんてこと、あるわけないじゃありませんか」

 梅は自分が腹を立てていることを自覚しながらも、それを抑えることもできずに、叩きつけるように答えた。

「だよね。もちろん僕も誰にも言ってない。だけどあのシステムの核心に関わることがどうも漏れてる気がする」

 核心、と真藤が言うからには、社として進めているシステムのことだけでなく、真藤と梅とが独自で進めている部分のことも指していることは明らかだ。

「バックアップはどうしてるの?」

「データは会社のストレージに暗号をかけて保存しています。もともとクラウドシステムとして開発されたものですから、わたしたちが知らない仕組みでのバックアップシステムもあるかもしれませんが、個人的にはあえてバックアップはとらずに作業しています」

「静脈適合パスに社章チップパスとダブルパスワードだよね。ちょっと入り込むには無理がある」

「会社のストレージから任意のデータを引き出せるとは思えません」

「そう理論的には無理だ。だけどそれでもデータが流出している可能性がある。何か思いあたることはないかな。どんな些細なことでもかまわない。ちょっと考えてみてよ」

 ちょっと考えてみてよ、と言いながら顔を近づけてきた真藤にどきりとする。真剣な表情がとてもセクシーだ。こんな重大な問いかけに対して、わたしったら何を寝ぼけてるんだろ。

「真藤さんと例の件を話した後、オフィスに戻ると、チームリーダーの開出さんから、退席時間が長かったことに対してお叱りをうけたので、重要な打ち合わせだったのだと、ちょっとさわりだけは説明しました。でもあの時点では、まだわたしもダブルシーケンスのシステムさえ思いついてなかったので、核心が漏れたこととはまったく関係がないと思いますが」

「なるほど。開出さんか。開出さんなら僕のところにも来たよ。本当に打ち合わせだったのかってしつこく聞いてきて、僕と梅ちゃんが、実はつきあってるんじゃないかって、そりゃもうしつこいのなんの。あの人、間違いなく梅ちゃんに惚れてるね」

「真藤さん。それって秘密でもなんでもありませんよ」

 加織がとんでもないとんちんかんな合いの手を入れてきた。そこ、入れるとこじゃないから。それにあんたもその顔でずっとデレってしてたら、真藤さんに惚れてることは秘密でもなんでもなくなるよ。てか、もともと秘密にする気はなかったっけ。

「開出さんが社外秘の極秘情報を握ったらどうするだろうね」

「そりゃ確実にライバル会社に高く売りますね」

 梅と加織は見事なユニゾンで反応した。その見事さに、お互いに顔を見合ったけれど、これは事実であって、別に悪口でもなんでもないよね。

「開出さんって、仕事のほうはどのレベルなの。つまりちょっとしたヒントから、ダブルシーケンスシステムにたどり着ける可能性があるかって、ことだけど」

「かつては天才と呼ばれていたらしいですが、わたしが知ってる限りでは、仕事自体をしている姿を見たことがありません」

「梅ちゃん。それは言い過ぎよ。あんたが外回りから戻ってくれば、開出リーダーは必ずコーヒーを持ってあんたのところに行ってるでしょ」

「加織。その指摘の意味がわからないんだけど」

「お茶くみも立派な仕事です」

 どうやら課内での加織の仕事のなかで、お茶くみが噂話を収集するのに適しているので、そこは強調しておきたいらしい。

「開出さんってさ、梅ちゃんのダブルパスワードの相手じゃないよね」

 軽い気持ちで新藤は冗談でも言ったつもりらしいが、それはまったく笑えない質問だ。

「もちろん相手ですけど。直属の上司ですから」 

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