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オープン・ユア・ハート  作者: 玉屋ボールショップ
起『一度滅び、また再生した地球での出来事』
3/5

Chapter1-2『カードゲームと白い犬』

「でさー、産まれた子犬がかわいくてなぁ!」

 出社するなりライスの口から飛び出してきたのは、昨日ライス宅で産まれたという犬の赤ん坊の話だった。

「お前、『かわいく見えてるだけで本当はそうでもないんだろ』とか思ってんだろ! 本当に可愛いんだからな」

 最初は興味を持って聞いていたハーヴも面倒くさくなって終いにはうんざり気味に「へぇ」とか「ほーん」とか空返事を繰り返していた。


「で、里親とかは決まってんの?」

 ハーヴが何気なしに訊く。

 目を輝かせて話していたライスの顔が硬直したあと、曇った。

「ネットで募集をかけたら応募が殺到してだな……」

 ライスが携帯端末を取り出しつつ、話し出す。

「そこまでは良かったんだが、こいつだけが残っちゃって」

 ハーヴは携帯端末の画面を見る。まだ目もちゃんと開いてない、寝ている犬の写真がそこにあった。白いレトリバー犬だった。

「マジでかわいいな」

 思わず口から飛び出した。

「だろ?」

 ライスの顔に笑みが戻る。


「普通にその子も貰われるんじゃないのか」

 疑問に感じたことを問う。

「まぁこれを見てみろよ」

 ライスが次の写真にフリップした。


 模様がついてある子犬の腹部の写真が表示される。稲妻を拳で握ってるような模様だった。

「これって……」

 ハーヴがつぶやく。

「な? 似てるだろ? 【ヒーロウズ】のシンボルに」

【ヒーロウズ】とは巷で猛威を振るっている悪名高い暴徒グループだ。ネット掲示板を起源とする組織であるが、今の国の暴政に愛想を尽かし、悪徳政治家や拝金主義者に危害を加える自警団的な組織へと肥大化してしまった。


 そのヒーロウズのシンボルマークが腹に刻まれて産まれては、不吉と感じて貰わない里親がいるのは火を見るより明らかである。


「羊水かなんかの汚れじゃないの?」

 ハーヴが訊く。

「いくら拭っても落ちないんだよ。これは生まれつきの模様だぜ」

 ライスが頭を抱えた。


 ハーヴは「そうか」と相づちを打ち、ふと横を見た。

 金髪の少女が足早に通り過ぎて行った。

「おはよう、マリー」

 手を振り、挨拶をする。

 マリーはこちらを見ると、小さい声で「おはようございます」と挨拶し、さっと踵を返し駆けて行った。


 ライスは目を瞬かせて、

「……マリーが声を出してるところ、おれ初めて見たかも」

「そうか? 僕は話したことあるよ」

 何気なしに言って、しまったと思った。

「なんだとおまえ。何を話したんだ? 言えっ。吐けっ」

 ライスに頭を腕でロックされ、拳でこめかみをねじられる。

「そんなことより、里親を見つけるのが先だろう? 僕に考えがあるからその手を離せっ」


 ハーヴには考えがあった。そしてそれを実行しようものならほぼ確実に里親の権限はハーヴの手の中にあったのだ。




ハーヴらが所属する、暴動で食糧難に陥った市民に野菜や果物を始めとする食事を配送、提供する会社【ビジター・ロジスティクス】の社則では休み時間中のギャンブル行為は御法度だった。

しかし各部署による監督の監視の元で賭け事をするのは特例として暗黙に認められていた。『金品は賭けないこと』、『業務時間との区別をしっかりすること』、『不正したら即座に退場し、二度と賭場には関わらないこと』……等が主な条件だ。


 ハーヴはルールがわからなかった最初の時以外はゲームで負けたことがない。生まれつき戦う相手の行動を二手三手先を読むことが得意だ。こうした技能はゲーム以外でも抜かりなく発揮していた。


「あら、かわいい。この子をほんとうに賞品として出しちゃうの」

 子犬の写真を見てつぶやいたのはフラウ。

 ガーデンチーム……マリーと同じチームの監督だ。

「仕方がない。里親が見つからなければ、こいつはおれが育てなければならん。そうすると財力的に生活がきびしくなる。だから、賭ける」

 ライスが犬が表示された携帯端末を指さしながら言う。

「お前も【戦闘員(オペレーター)】になればいいじゃないか? そうすれば給料も――」

「ハーヴ、大っぴらにする話じゃないわ」

 フラウにするどく指摘されハーヴは口をつぐんだ。


「まぁ、兎にも角にもその子を賭ける。それでほんとうにいいのね?」

 フラウの呼びかけに「おうよ」とライスは元気よく応じた。そして、慌てた様子で付け足す。

「あ、でも動物を飼う責任能力と愛情を持ったやつだけな? それ以外は願い下げだ」


 そんな事は誰にでもわかるんだよ、とハーヴは心中で突っ込む。


 そんなやり取りをしているうちに外野から声が上がる。

「飼うのは良いけどあたしん家アパートなの。大家になんて言われるか……」

「可愛い子だと思うけど、おれの親、無類の動物嫌いでさ。お腹の模様もそうだし持って帰ったらかなり怒られるかも」

「賞にもう一捻りほしいな。これまであがった声からするとその子を育てられる、暴徒に狙われないセキュリティを兼ね備えた物件とか」


 それは僕もほしいぞ。とハーヴは思う。


「わかったわ。こうしましょ」

 フラウは手を叩き、自分の携帯端末を取り出した。


 画面には倉庫の画像が表示される。

「私が所有する物件よ。荷物置きに使ってたけど、全部処分しちゃったから契約解除しようか迷ってたの。でも契約期間はまだまだあるし、中の造りも豪華。空調もその気になれば取り付けられるし、ここにその子を住ませるのはどうかな?」


「贅沢だな」

 ハーヴは出来すぎた条件に呆れる。だが、悪くない賞品だった。

「乗ったよ。フラウ、ライス」

 そのまま指をパチンと弾いてみせた。


「燃える条件ね。あたしも乗るよ」

「おれも乗った」

「ぼくも」


 次々と声が上がった。


 フラウが参加者を数える。

「いち、にい、さん、よん。参加者は四人」

 フラウがそこまで言って、きらりと眼が光るのをハーヴは見逃さなかった。

「いえ……五人ね」


 五人? 今この場で立候補した人数はハーヴが視認できる範囲では四人だ。

 一体どういうことであろうか。

 フラウが不敵に笑い、その口が言った。

「参加したいならそう言ってくれなきゃ伝わらないよ? ね、マリー」


 ハーヴは顔を上げ、フラウの視線の先を追う。

 マリーが控えめに手を上げて扉から出てきた。頬を赤くしながら、いつものように俯き気味に。


「ぬかった。気配がまったく感じられなかったぞ」

 ライスが苦笑い。


「まぁとにかく五人ね」

 フラウがつぶやく。


 ハーヴは焦っていた。自己主張しないマリーが参加するのは喜ばしい事だし、参加者が増える事は燃えるが、これまでマリーはめったに参加したことがないため実力は計り知れなかった。


 ああいう無口、無表情の子は意外と強そうだな。ポーカーフェイスも上手そうだし。もしかするとかなりの強敵かも。


 色々思っていると、そういう思いを見透かすようにフラウがにやりと笑う。

「その通りよハーヴ。あのコ、結構やり手なの」



 本当にその通りだった。




ハーヴ一同はポーカー対決でマリーにコテンパンにされた。

 全力で行っても敵わなかった。

ハーヴは自分は勝負強いと思っていた。常に相手の手の内を読んでいるし、心理的なハッタリも表情に出さないことも得意だった。

でもマリーにはそれらが通用しなかった。


まるで自分の心を見透かされている感じ。一体なんなのだろうか。

もしかして彼女、ああ見えて人間の動きを常日頃見ているのかもしれない。

そのポーカーフェイスの裏には一体何が隠されているのだろうか?

ハーヴはマリーに興味を持ちだしていた。


「はい、今回のウィナーはマリーちゃんです!」

 赤面する彼女を尻目に、フラウはマリーの手を高々と持ち上げていた。


「やられたな、お前」

 ライスがなぜか満面の笑みでハーヴの肩を叩く。

「うれしそうだな。お前」

 憎々しげに言葉を絞り出した。

「いやー悪いな。犬はオスだし、お前みたいな強面なクソヤローよりも彼女のような可憐で健気な女の子のほうが信じて送り出せると思ってたところなんだ!」

 あははと笑いながらライスは言った。

 まったくとハーヴはマリーとフラウを見る。


「ちなみにマリーちゃんはこのわん公になんてつけるのかな?」

 フラウがマリーに訊く。

 マリーは質問の意味がわかってないように小首を傾げた。

「名前よ、名前。なんてつけるの?」


「……ワルツ」

 マリーはそう言って再び恥ずかしそうに俯いた。

「ワルツか! いいね! でもあの子はレトリバーだからマリーよりも大きくなるよ!」

 フラウが冗談交じりに一人で笑っていた。


 こうして名もなき一匹のあどけない子犬は、名前と、住むところと、そして飼い主を得たのだった。


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