プロローグ『未来、あるいは過去の記憶』
黄昏を迎えようとする空に海鳥の鳴き声が響いていた。
ほのかに朱がかかった青空に鳥が大ぶりの翼をはばたかせ、飛翔する。
それに負けじと力強く波が打つ。
波は水の泡を吐き出しながら砂浜を突き進んでいき、やがては消えていった。
砂浜にはおさなき少年と少女が釣り竿を持って歩いていた。
「メイねえちゃん、つぎはなにするー?」
弟が釣り竿を重そうに運びながら野球帽のつばを上げ聞く。
「特に決まってはないわねえ」
麦わら帽子をかぶった姉の方は顎に手を当てて考える素振りを見せた。
「ハーヴじいちゃんの家でかくれんぼとかどうかな?」
弟が提案した。
「やーよ。あんたこの間じいちゃんのたばこくすねて怒られてたじゃない」
「むー。ちょっとしたヤンチャだよ!」
弟が膨れる。
「はいはい、わかったわ。釣り竿片付けたら行きましょう」
姉がくすりと笑って赤くした弟の頭をなでた。
「おお、メイにカイ。またたばこをくすねに来たのかぁ?」
パイプに口をつけながら好々爺然とした老人がいたずらっぽく笑った。
「だからちがうってば!」
抗議する弟の頭に拳をぶつけ、姉は言った。
「かくれんぼがしたいの。そのためにおじいちゃんの家を借りたいんだけどいいかな?」
老人はふむふむとうなずき、
「よかろう。あまり騒ぎ過ぎんようにな。心臓に悪い」
「いーち、にーい、さーん、しーぃ」
カイの元気な声を聞きながらハーヴはパイプをくゆらせていた。
小波の音が耳を気持ちよく刺激する。夕暮れの空に海鳥が優雅に舞っていた。
のどかな風景。やさしい時間。
「……ーヴおじいちゃん」
「ハーヴおじいちゃん」
孫の声が耳朶を刺激し、ハーヴは瞼を開けた。
孫娘の目を丸くした表情が、視界いっぱいに広がる。
しまった。あまり気持ちよさに寝ていたらしい。
「たばこをつけながら寝ていたらだめでしょ」
「おお、すまん。ついうっかり……」
膨れるメイの右手には色あせた青封筒が握られていた。
「メイ、なんじゃその手紙は?」
ハーヴが封筒を指さしながら訊く。
メイは「ききたいのはあたしだよ」と言い、
「かくれんぼの最中に見つけたの。中身も読んじゃったけど……」
舌を横に出すメイ。そして封筒を差し出した。
ハーヴは封筒を開け、くしゃくしゃになった手紙を出した。
その手紙に書かれてある稚拙な字とそれでいて真剣な内容にハーヴは思わず頬を緩ませた。
「青い。青いな……」
深々と黄ばんだ手紙の匂いを嗅ぎながらハーヴはため息をつく。
「それはおじいちゃんの……」
メイは手紙を指しながら聞いた。
「なぁになに? 何の話?」
嗅ぎつけたカイが姉に飛びつく。
ハーヴはほっほと笑い、
「詳しくは晩飯を食べながら話そう」
「わぁい! 今晩はなに?」
「ばあさんはオートミールって言ってなかったかの」
「『ミートローフ』でしょ。夜にオートミール食べてどうするの」