お見合いの真相……?
「この子ったら……こんなところに来てまで、またミトさまにご迷惑をおかけするなんて」
「だって……だって、お母さまがいけないのよ! わたくし、家族に味方は誰もいないと思って……このまま、財産に飽かせて若妻を探しにきた、辺境の老貴族と無理矢理に結婚させられるのだわって想像したら、もうどうしたらいいのか──」
「ああもう、そのはしたない口を閉じなさい、カタリーナ! これ以上、恥の上塗りをするなら、本当にここでの縁談を進めますよ」
「う゛う゛っ……おがあざまぁ……」
白い昼の光が射す、グラン・パレのティーラウンジ。
ミトは、取り巻き1号のカタリーナと、その母である侯爵夫人とともに、テーブルを囲んでいた。
困ったように小首をかしげたミトは、ムスッとした顔でティーカップを口に運んだ侯爵夫人に笑いかける。
「侯爵夫人、どうかもう、それくらいにしてあげてください」
「ああ、ミトさま……もったいないお情けですわ。こんな不出来な娘……二度と同席などさせていただけるような立場でもありませんのに──」
侯爵夫人は、深く溜め息を吐いた。
ポットの交換にやってきたラウンジの給仕係が、好奇心を抑えられない表情を浮かべている。
いったい、貴族の奥方をひざまづかせた、この少女は何者なんだろう──?
ミトは、小さく息を吐く。
一流ホテルのスタッフでさえ、そんな詮索をしたくなってしまうのも仕方のないこと……さっきはちょっと、目立ちすぎたわね。
約束の時刻、ミトがラウンジを訪れると、侯爵夫人はサッと席を立って、いきなり膝を折ったのだった。
広大な喫茶スペースの一角、庭に面した半個室の席ではあっても、異様な空気が伝わって、周囲の視線がチラチラとこちらに向けられる。
「侯爵夫人……?」
「おっ、お母さま!?」
あわてるミトとカタリーナを前に、侯爵夫人は硬い声で言った。
「ご身分を伏せられての旅路とうかがい、ご挨拶にも礼を失することお許しください……あなたさまの身に降りかかったご不幸、言われなき非難……すべては浅はかな我が娘が関わったことと、うかがっております。罰を受けるべきは、我が娘カタリーナ……いえ、娘を愚かに育てたアウスタリア侯爵家そのものでした。姫君のお慈悲を乞う資格もございません」
「そんな……おやめになって、侯爵夫人。あの……それに、ここで姫君というのは、ちょっと……」
侯爵夫人は、ハッとして顔を上げた。
「失言でした、お許しください……」
「今のわたしは、北部の織物問屋の娘、ミトなのです。ただ、ミトとお呼びください……さあ、どうかもう、お願いですから」
ようやくのことで席についた侯爵夫人と、数杯の気まずいお茶を飲んでから、ミトはカタリーナのお見合いの話を切り出したのだった。
「差し出がましいようですけれど、侯爵夫人。こちらには、温泉療養以外に目的があっていらしたのだと、カタリーナから聞いたのです……お見合い、というのは、本当なのでしょうか」
「まあっ、この子ったら、そんなことまでお耳に入れたのですか!? 本当にあなたは仕方のない子ね、カタリーナ」
「だってだって、久しぶりにミトさまにお会いできたら、わたくし、どうしても我慢ができなくて……何もかもお話ししてしまったの」
侯爵夫人は、頭痛を抑えるように額に手を当てた。
ミトは、思い切って言葉をついだ。
「わたしがご意見申し上げるなんて、おかしなことですけれど……皇太子殿下のお怒りに触れたのは、あくまでこのわたしです。そのせいで、カタリーナが不幸な結婚をすることになるとしたら、わたしは生涯、自分を呪うでしょう」
「おねぇさま──っ!」
カタリーナは瞳をウルウルさせながら、グスンと鼻を鳴らした。
侯爵夫人は、呪うだなんて! と叫ぶように言うと、あわてて声を落とした。
「……お心をお煩わせして、本当に申し訳ありません……でも、どうかお忘れになって。お見合いの話は、この子に教訓を与えるための、冗談ですのよ」
「冗談……ですか?」
ミトとカタリーナが顔を見合わせると、侯爵夫人はやれやれというふうに肩をすくめた。
「本当は、もう少しお灸をすえてから打ち明けるつもりだったのだけれど……カタリーナ、安心なさい。わたくしも侯爵さまも、あなたの縁談をグラン・パレでまとめる気などありません」
「ええっ!?」
カタリーナは、あっけにとられた顔をする。
侯爵夫人は、そんな娘の恥じらいのない表情に眉をひそめた。
「近頃、ここが『お見合いホテル』などと言われているのは、本当らしいわ。辺境の貴族同士の縁談は、なぜだかこのホテルで、よくまとまるのですって。でも、ここへあなたを連れてきたのは……少し皇都の社交界のドタバタから離れたほうがいいと思ったからよ」
「ドタバタ……ですか」
ミトがつぶやくと、侯爵夫人はバツが悪そうな表情になる。
「いえ……ミトさまのことではないのです。あまり、気持ちのよい話題ではないのですけれど……このところ、皇太后さまと第二皇妃さまのご関係が難しくて」
「まあ……そうでしたの」
たしかに、社交界での派閥争いは、貴族社会を分断する大きな動きの合わせ鏡。
社交界での事件が、ときには帝国の政治にさえ、直接の影響を与えることもあった。
ただ、対立の火種などというものは、いつだって大なり小なり、くすぶっているものだ……今のは、侯爵夫人がミトに気をつかって、それらしい言い訳をしただけかもしれない。
そんなこんなで、話は冒頭の場面に戻る──
苦悩から解放されたカタリーナは、あっという間に、持ち前の明るさを取り戻したのだった。
ペラペラと弾丸トークを繰り広げるカタリーナ、頭を抱えながら娘をたしなめる侯爵夫人……そんな楽しい(?)お茶の時間が、飛ぶように過ぎていった。
ふいに、やわらかい男性の声がしたのは、ケーキスタンドに盛られていた、色とりどりの焼き菓子が尽きた頃だった。
「ご歓談中、失礼いたします……当ホテルのドルチェはお口に合いましたでしょうか」
栗色の髪の青年……左の目尻に泣きぼくろのあるフェアディナントが、胸に手を当てて会釈した。
侯爵夫人は、鷹揚に微笑む。
「こちらの支配人でいらっしゃったわね。楽しんでいますわ、どうもありがとう」
「それはよろしゅうございました……ところで、ぜひこちらのテーブルにご挨拶にうかがいたいというお客さまがいらっしゃるのですが、差し支えなければ、お許しいただけませんでしょうか」
「ご挨拶に……? まあ、どなたかしら?」
「隣国ブルグントのウラッハ伯爵と、ご子息アグネスさまです」
侯爵夫人の目が、一瞬チラリとミトの目と合った。
丁寧な申し出ではあるけれど、いきなり押しかけてくるとは、ちょっと不躾だ……ただ、支配人であるフェアディナントを仲介に立ててきたのだから、すげなく断ることでもない。
ミトが微笑むと、侯爵夫人もうなずいた。
「構いませんわ、お引き合わせくださるかしら」
「感謝いたします。それでは……」
やってきたウラッハ伯爵は、卵型のツルツル頭にチョビ髭を生やした、身なりのいい紳士だった。
対照的に、息子のアグネスは青白く血色の悪い顔をして、徹夜明けのような目元から、すさんだ印象を漂わせている。
フェアディナントが、なぜか少し胸を張って言った。
「ウラッハ伯爵家は、ブルグントのザーネ川流域を治める領主であられて、豊かなご領地では独特の風味あるチーズも製造されていらっしゃいます。お血筋をたどれば、当地の領主にして、このホテルのオーナーでもあられるオーレリア辺境伯さまとも、遠い縁つづきでいらっしゃって──」
単なる紹介にしては、ちょっと饒舌すぎるフェアディナントの言葉を、ミトは違和感をおぼえながら聞いていた。
フェアディさまは、どうしてこんなに熱心に、ウラッハ伯爵家を売り込むようなことを……?
侯爵夫人が、どうぞよろしく、と型通りの挨拶をすると、ウラッハ伯爵は感じのよい笑顔をたたえて言った。
「こちらこそ、どうぞお見知りおきを……ご令嬢方との楽しげなお声に魅かれて、お席までお邪魔してしまいましたが、どうかお許しください」
「とんでもありませんわ」
「ところで、侯爵家のご令嬢はおひとりとうかがっていたのですが……」
明らかに髪の色がちがうミトに、伯爵が目を向ける。
フェアディナントは、小さく咳払いをした。
「ええ、こちらは侯爵家のご友人でして──」
ミトは椅子から立ち上がると、深く頭を下げた。
「お言葉をかけていただき、光栄に存じます。帝国北部で織物問屋を営みます商家の娘で、ミトと申します」
「ふうん。商人の娘、ね」
それまでろくに言葉を発しなかった、伯爵の息子アグネスが目を細めてミトを見た。
頭のてっぺんから足の先まで、品定めでもするかのような不躾な視線……フェアディナントがぎゅっと拳を握る。憤慨して立ち上がりかけたカタリーナの手を、さりげなく侯爵夫人がおさえた。
伯爵は息子の無礼に、あからさまに冷や汗をかきながらオエッホンと咳をする。
侯爵夫人だけは動じる様子を見せずに、アグネスをまっすぐに見て言った。
「アウスタリア侯爵家は代々、ミトの家には本当によくしてもらって、頭があがりませんのよ」
「へえ、そうなんですか」
気のない返事をしながら、まだジロジロとミトを見ているアグネスの視線をさえぎるように、フェアディナントが一歩、前に出た。
「両家のお引き合わせをさせていただき、支配人として大変名誉な機会をいただきました。両家のご縁が、ますます発展することを祈念いたします。侯爵夫人、ご令嬢方、お時間をいただきありがとうございました。では、まいりましょうか、伯爵さま……」
「む、そ、そうだな。では、失礼を──」
アタフタと伯爵たちが去っていくのを見つめながら、カタリーナがつぶやいた。
「いったい……今のは、なんだったの──?」