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20/25

白馬の王子は、冷血官僚?

「ハッ、何を言い出すかと思えば──」


男たちは、ゲラゲラと遠慮なく笑う。

ミトは動じることなく、背筋を伸ばして男たちと対峙(たいじ)した。


「この広場は、()()()()()です。ご許可をいただく際に、司祭さまに確認してあります。300年前に、当時の領主さまが教会の土地として安堵(あんど)を約束されたのです」

「くだらねぇ。これまでだって、この広場に出る屋台はみんな、ギルドにショバ代を払ってきたんだ。それで教会と揉めたことなんざ、一度もねぇよ」

「広場は、街の人々に無料で開放しているのだと司祭さまはおっしゃいました……そのお心も知らず、無法な取り立てを行っていたとすれば、領主さまのご威光を損ねてきたのは、むしろあなた方ではないのですか」

「なんだと小娘!」「ギルドにケチつけてんのかぁ?」


目つきの悪い男たちが気色ばむ。

リーダー格の男は、腕をつかんでいた男の子を突き放してズイッとミトに近づいた。


「まあ、待てよ……こちらのお嬢さんには、お嬢さんなりの言い分があるらしい。だったら、オレたちと一緒に来てもらおうぜ。どっちが正しいか、()()()()()()()話し合えば、お互いよーくわかりあえるかもしれねぇからな。なぁ、おめえらも、そう思うだろ?」


下びた笑い声が、男たちの間から漏れた。

固く(こぶし)をにぎったミトが、口を開きかけたとき──


「まったく……聞くに耐えんな」


書類カバンを持った黒髪の紳士が、スッと間に割って入る。


「いったい、諸君はなんの権利があって、このひとを侮辱するのかね」

「ケッ、白馬の王子さまのお出ましか? 色男はすっこんでな。こちとら、()()()()()()()()なんでね。何をするのも勝手自由さ」

「ふむ……それはおかしいな」

「何がおかしい」

「この地域に、()()()()()()()()()は派遣されていないと記憶しているが」

「アァ?」


黒髪の紳士は静かに微笑んで、握手を求めるように手を差し出した。


「銀海岸地域担当地方官のパウロ・デ・オラビーデだ。城で見かけたことはないが……君は、わたしの同僚なのかな?」

「ゲッ、地方官さま──!?」

「ご令嬢の言う通り、商業ギルドに教会領での徴税権はない。君の話では長年、()()()()()があったようだが……この件は、わたしから直接ギルドの上層部に確認するようにしよう」

「グッ……」

「ああ、わかっているとは思うが、この露店からの取り立てや罰金の賦課(ふか)についても、当然、君たちの管轄外だ。もちろん、なかったことと思って構わないだろうね?」

「ヘッ、ヘイッ……地方官さまが、そうおっしゃるなら──」

「よかったよ。()()()()()()()()、君たちとよーくわかりあうことができて」


ミトには背中しか見えなかったが、パウロがそう言った瞬間、ならず者たちの顔から血の気がさっと引いたのがわかった。やさしい声音だったが、よほど恐ろしい目をしていたのだろう。


男たちがスゴスゴと去っていくのを見極めてから、パウロは振り返ってミトを見た。


「……無鉄砲なひとだ」

「お助けいただき、ありがとうございます」

「驚きましたよ。ご令嬢に、あんな豪胆さがあるとは──」


そう言おうとしたパウロが、ふいに声のトーンを落とした。


「……震えていますね」

「いいえ、平気です……わたしより、子供たちが怖い思いを──」


ふいに、ミトの頭をパウロが抱き寄せた。おでこが、トン……とパウロの胸に当たる。


「オラビーデ……さま……?」

「無理はいけない。まず、あなたが落ち着きなさい」

「……はい」

「この街で不快な思いをさせて申し訳なかった。危機はもう、去りました」

「あの……おうかがいしたいことがあります」


パウロを見上げたミトが、真剣な表情で()いた。


「地方官さまは、アルコアの救貧院に予算を配分されることに、なぜ反対なさるのでしょう」

「反対……わたしが? なんのことです」


面食らってパウロが聞き返すと、ミトは念を押すように言った。


「ではっ……では、領主さまのご寄進を、救貧院の運営に当ててもよろしいのですね?」

「当然です。なぜ、そのようなことを──」


そのとき、ゴホン……と咳払いが聞こえて、パウロはそっと手を放した。

胸板の厚い、騎士のような男……カクタスが、ジロリとこちらを(にら)んでいる。


「お嬢さまをお守りくださり、ありがとうございました。あとは、我々が──」

「なるほど、護衛はいたのだな。だが君たちの主人(あるじ)は少々、我慢強すぎるようだ……もう少し早く、介入(かいにゅう)してもよかったのではないかね?」

「ご忠告いたみいります、オラビーデ卿」


商家の用心棒のくせに、嫌味に怒りも見せず受け流す、か……まるで、貴族慣れした皇城の騎士のようだな。

パウロは小さく息を吐いて、あたりを見渡した。


野次馬が集まって、広場にはかえって人影が増えていたが、先ほどまでの楽しげな雰囲気はない。

子供たちは不安そうにシスターにしがみつき、荷車の前に並んでいた客の列も崩れてしまっている。


「もったいないことだ……」


低くつぶやくと、銀髪の少女が不思議そうに小首をかしげた。


「いま、何か──」

「いいえ……まだ公務がありますので、ここで失礼します。ミト嬢……そうお呼びしても?」

「ええ、もちろん」

「アルコアでは、どちらにご滞在ですか」

「海辺の丘の、ナザリオ家でお世話になっております」

「ああ、エンゾ氏の……では、またお会いできるのを楽しみに」


ミトの手を取って一礼したパウロは、荷車に歩み寄って気弱そうな丸メガネの修道士に訊いた。


「品物は、どれくらい残っていますか」

「はあ、おかげさまで朝からだいぶん繁盛したので、残りは30袋ほどですが──」

「十分だな……その在庫は、すべてわたしが買おう」

「ええっ、地方官さまが?」

「金貨1枚……急ぐので釣りは結構。この4袋は持っていくが、あとは子供たちで分けてください。甘いものを食べれば、みな気分が落ち着くでしょう」


あっけにとられる修道士を残して、パウロは袋をつかむと野次馬にまぎれた人影に声をかけた。


「やあ、アルトゥール。ベルナルドもいるな。商売は繁盛しているかい」

「これは、地方官さま……とんだ騒ぎでしたな」


ふたりは、旧市街の教会近くでいくつかのホテルやレストランを経営している商店主だった。

パウロは、溜め息がちに言った。


「徴税係の評判が悪いとは聞いていたが、ここまでとはな。君たちだって、商業ギルドでは古参だろう。どうにかならんのか」

「それがなかなか……あれは、ダヴァロス家の息のかかった者たちでして」

「また、ダヴァロス家か……」


苦々(にがにが)しげに言うと、パウロは気を取り直すようにかぶりを振った。


「それはともかく、君たちもこれを食べてみるといい。どうやら、アルコアでは新しい名物ができたようだよ」

「名物……はて、なんでございましょう」

「恋がかなう、ありがたい魔法の菓子だそうだ」


黒髪の地方官は、麻の小袋を商店主たちに手渡して静かに微笑んだ。


「わたしにも……ご利益(りやく)があるといいのだがね──」

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