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18/25

黄金色の、ポリポリするもの

「なんなんだよ、まったく……おいっ、そこ、泥ぉ飛ばすんじゃねぇぞっ」


銀海岸をのぞむ、丘の上の屋敷──

ナザリオ家の厨房で、料理人のダヴィが声を荒げた。


ミトがシスターや修道士を引き連れて、土のついた()()()()()()()()を運び込んでから、半刻(はんとき)ほど。

銀髪の少女は、まるで下女のようにたらいで泥を洗っては、ウンウンと悩みながら調理を試している。


「困ったわ……甘味(あまみ)のない品種なのね……」

「だーからっ、なんなんだよ、そのイモはっ。いい加減、説明しろっ」


()のまま()でた赤みがかった黄色いイモは、ダヴィも見たことのない食材だった。

考え込んでいるミトが返事をしないので、ダヴィはシスターを(にら)みつける。

イリスは、困ったような顔で言った。


「なんでも……サ……サッツ、マーイモ? とかいうものだそうです」

「はっ? サッツ……なんだって?」

()()()()()、ですっ」


突然、顔を上げたミトがズイッと身を乗り出すと、ダヴィは顔を赤くしてムッ……とうなった。


調理台の上に置いたサツマイモを見つめて、ミトは溜め息を吐く。

自然のまま育ったイモはどれも細長くて、色も薄い。期待したような甘味はほとんどなく、繊維が多めのポソポソとした食感で、子供たちに食べてもらうには工夫がいりそうだった。


《少ない材料で、簡単に調理ができて、子供たちがよろこぶもの……?》


ミトはガバッとイリスを振り返る。


「イリスさん、救貧院で、食用油は簡単に手に入りますか?」

「えっ、あぶら、ですか……? オリーブ油なら置いてはありますけど、値段が高くて──」


イリスがうなると、丸メガネのエリアスが言った。


「どんな油でもいいのなら、うちの倉庫に、ランプ用の麻の実油(ヘンプシード・オイル)がありますよ。いつも多めに仕入れていますから、いくらか分けても問題ないでしょう」

「すばらしいですわ! なら、あとは甘味づけだけれど──」


ミトが言うと、料理人のダヴィはあきれたように肩をすくめる。


「何を考えてるのか知らないが、砂糖は高いぜ? ハチミツだって横流しは厳禁だろ。なんせ、ここらじゃ、ハチミツ税がかかるくらいだからな」

「ハチミツ税……」

「教会の儀式で使うロウソクは、蜜蝋(みつろう)と相場が決まってる。だから、ミツバチを飼えるのは教会と領主さまが認めた農家だけなんだよ。もちろん、収穫したハチミツにはきっちり税がかかる……ま、都会育ちのお嬢さまはご存知ない話でしょうがね──」

「ああぁっ!」


出し抜けにイリスが叫んで、ダヴィは飛び上がった。


「そうだ、蜜蝋っ……!」

「なっ、なんだよっ」

「前に、ウーゴ爺が分けてくれたことがあるんです。蜜蝋って、ハチミツを採ったあとのミツバチの巣を煮て、上澄(うわず)みを固めて作るんですけど……その煮汁をきれいに()すと、ドロッとした甘い蜜が残るんですよっ」


ミトは、期待のこもった目でエリアスを見た。


「その煮汁というのは、領主さまや教会の税がかかる品物なのでしょうか?」

「いや……養蜂(ようほう)係の裁量(さいりょう)で好きにしていると思いますよ。(しぼ)りかすを畑の肥料にしているのも見たことがありますし、問題ないのではないかと」


キラキラと瞳を輝かせるミトに、眉間(みけん)にシワを寄せたダヴィが(たず)ねる。


「で……? あんたいったい、何を作ろうってんだ?」

黄金色(こがねいろ)の、ポリポリするものです」

「へっ──?」


数日後の昼下がり──

入り江の救貧院の食堂は、走り回る子供たちの声でガヤガヤとざわついていた。

前に立ったイリスは、パンパンと手を叩く。


「はーい、みなさーん! ちゅうもーく!」

「「「はい、シスター・イリス」」」


合唱するように子供たちが返事をする。


「今日はぁ、ミトお姉さんから、みなさんに、特別なプレゼントがありまーす」

「プレゼントー?」「なにー?」

「では、さっそく登場していただきましょー、どうぞぉ!」


バスケットを抱えたミトが戸口に姿を見せると、小さい子供たちはわぁと声をあげ、年かさの子供たちはシュンと口をつぐんだ。

あんなちょっとのプレゼントなら、自分たちは我慢しないと……そんな子供たちを見て、ミトはあわてて振り返る。


「ダヴィさん……ほら、早くっ」

「チェッ……なんでオレまで──」


はにかんだダヴィがぶつくさ言いながら入ってくると、丸メガネのエリアス、ニカニカ笑顔を見せるスキュラとカクタスが、バスケットを手に続々と入ってきた。

ミトは、バスケットから麻の小袋をひとつ取り上げて、口紐を開く。


「今日は、みなさんにおやつを持ってきました」


おぉぉ……と子供たちがどよめく。


「中身は、これですっ!」


袋から取り出したのは……濃いアメ色に輝く、細長いスティック──。

子供たちは、目を丸くして顔を見合わせる。


「なんだよ、それっ……?」


前に訪れたとき、カクタスと剣術ごっこをしてたガキ大将の男の子が、立ち上がって不審そうな顔をする。

ミトはニッコリ微笑むと、男の子前にツカツカと歩み寄った。


「はい、あーん」

「なっ……」

「あーん」

「くっ……バ、バカにしやがってっ」

「あら、じゃあ、最初の一口は他の子に──」

「たっ、食べるよっ、食べりゃいいんだろっ」


ポリッ……

ミトの持っていたスティックに噛みついた男の子は、黙りこくってボリボリと口を動かす。

固唾(かたず)を飲んで見守る子供たちの前で、少年の肩がプルプルと震えた。


「うっ……うっ……」

「う……?」

「うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! なんだこれぇっ!」


銀髪の少女は、ふっふっふ、と誇らしげに笑ってみせる。


「これはねぇ、()()()()っていうのよ──」


しばらくして──

救貧院の敷地を出る門の前で、シスター・イリスがふいにミトを呼び止めた。


「ミトさま……本当に、ほんとうにありがとうございました」

「イリスさん……?」

「子供たちもあんなによろこんで……あのイモを育てるのは簡単だってウーゴ爺は言っていたし、調理法を工夫すれば、子供たちが食事に困ることもなくなると思いますっ」


目をうるませるイリスを前に、ミトは冷静な声で言った。


「うーん……それは、ちょっと気が早いと思うわ」

「えっ──」

「サツマイモも、ミツバチの巣も、年中収穫できるわけじゃないでしょう……冬越しの時期になったら、また食糧が足りなくなることがあるはず。それに、子供たちが丈夫な身体を作るには、もっとお肉も食べないと」

「まさか、他にも何か──?」


ニッコリ笑ったミトの銀色の髪が、海風になびいてきらめいた。


商隊(キャラバン)で聞いたことがあるの。よい売り子の条件は、その商品を買ったら、()()()()()()()()()()()()を、ちゃんとお客に伝えられることなんですって」

「ええっと……?」

「シスター・イリス……今度は、わたしたちと遠足に行きましょ」


いたずらに微笑むミトを、イリスはキツネにつままれたような顔で見つめた──

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