黄金色の、ポリポリするもの
「なんなんだよ、まったく……おいっ、そこ、泥ぉ飛ばすんじゃねぇぞっ」
銀海岸をのぞむ、丘の上の屋敷──
ナザリオ家の厨房で、料理人のダヴィが声を荒げた。
ミトがシスターや修道士を引き連れて、土のついた得体の知れない塊を運び込んでから、半刻ほど。
銀髪の少女は、まるで下女のようにたらいで泥を洗っては、ウンウンと悩みながら調理を試している。
「困ったわ……甘味のない品種なのね……」
「だーからっ、なんなんだよ、そのイモはっ。いい加減、説明しろっ」
素のまま茹でた赤みがかった黄色いイモは、ダヴィも見たことのない食材だった。
考え込んでいるミトが返事をしないので、ダヴィはシスターを睨みつける。
イリスは、困ったような顔で言った。
「なんでも……サ……サッツ、マーイモ? とかいうものだそうです」
「はっ? サッツ……なんだって?」
「サツマイモ、ですっ」
突然、顔を上げたミトがズイッと身を乗り出すと、ダヴィは顔を赤くしてムッ……とうなった。
調理台の上に置いたサツマイモを見つめて、ミトは溜め息を吐く。
自然のまま育ったイモはどれも細長くて、色も薄い。期待したような甘味はほとんどなく、繊維が多めのポソポソとした食感で、子供たちに食べてもらうには工夫がいりそうだった。
《少ない材料で、簡単に調理ができて、子供たちがよろこぶもの……?》
ミトはガバッとイリスを振り返る。
「イリスさん、救貧院で、食用油は簡単に手に入りますか?」
「えっ、あぶら、ですか……? オリーブ油なら置いてはありますけど、値段が高くて──」
イリスがうなると、丸メガネのエリアスが言った。
「どんな油でもいいのなら、うちの倉庫に、ランプ用の麻の実油がありますよ。いつも多めに仕入れていますから、いくらか分けても問題ないでしょう」
「すばらしいですわ! なら、あとは甘味づけだけれど──」
ミトが言うと、料理人のダヴィはあきれたように肩をすくめる。
「何を考えてるのか知らないが、砂糖は高いぜ? ハチミツだって横流しは厳禁だろ。なんせ、ここらじゃ、ハチミツ税がかかるくらいだからな」
「ハチミツ税……」
「教会の儀式で使うロウソクは、蜜蝋と相場が決まってる。だから、ミツバチを飼えるのは教会と領主さまが認めた農家だけなんだよ。もちろん、収穫したハチミツにはきっちり税がかかる……ま、都会育ちのお嬢さまはご存知ない話でしょうがね──」
「ああぁっ!」
出し抜けにイリスが叫んで、ダヴィは飛び上がった。
「そうだ、蜜蝋っ……!」
「なっ、なんだよっ」
「前に、ウーゴ爺が分けてくれたことがあるんです。蜜蝋って、ハチミツを採ったあとのミツバチの巣を煮て、上澄みを固めて作るんですけど……その煮汁をきれいに漉すと、ドロッとした甘い蜜が残るんですよっ」
ミトは、期待のこもった目でエリアスを見た。
「その煮汁というのは、領主さまや教会の税がかかる品物なのでしょうか?」
「いや……養蜂係の裁量で好きにしていると思いますよ。搾りかすを畑の肥料にしているのも見たことがありますし、問題ないのではないかと」
キラキラと瞳を輝かせるミトに、眉間にシワを寄せたダヴィが訊ねる。
「で……? あんたいったい、何を作ろうってんだ?」
「黄金色の、ポリポリするものです」
「へっ──?」
数日後の昼下がり──
入り江の救貧院の食堂は、走り回る子供たちの声でガヤガヤとざわついていた。
前に立ったイリスは、パンパンと手を叩く。
「はーい、みなさーん! ちゅうもーく!」
「「「はい、シスター・イリス」」」
合唱するように子供たちが返事をする。
「今日はぁ、ミトお姉さんから、みなさんに、特別なプレゼントがありまーす」
「プレゼントー?」「なにー?」
「では、さっそく登場していただきましょー、どうぞぉ!」
バスケットを抱えたミトが戸口に姿を見せると、小さい子供たちはわぁと声をあげ、年かさの子供たちはシュンと口をつぐんだ。
あんなちょっとのプレゼントなら、自分たちは我慢しないと……そんな子供たちを見て、ミトはあわてて振り返る。
「ダヴィさん……ほら、早くっ」
「チェッ……なんでオレまで──」
はにかんだダヴィがぶつくさ言いながら入ってくると、丸メガネのエリアス、ニカニカ笑顔を見せるスキュラとカクタスが、バスケットを手に続々と入ってきた。
ミトは、バスケットから麻の小袋をひとつ取り上げて、口紐を開く。
「今日は、みなさんにおやつを持ってきました」
おぉぉ……と子供たちがどよめく。
「中身は、これですっ!」
袋から取り出したのは……濃いアメ色に輝く、細長いスティック──。
子供たちは、目を丸くして顔を見合わせる。
「なんだよ、それっ……?」
前に訪れたとき、カクタスと剣術ごっこをしてたガキ大将の男の子が、立ち上がって不審そうな顔をする。
ミトはニッコリ微笑むと、男の子前にツカツカと歩み寄った。
「はい、あーん」
「なっ……」
「あーん」
「くっ……バ、バカにしやがってっ」
「あら、じゃあ、最初の一口は他の子に──」
「たっ、食べるよっ、食べりゃいいんだろっ」
ポリッ……
ミトの持っていたスティックに噛みついた男の子は、黙りこくってボリボリと口を動かす。
固唾を飲んで見守る子供たちの前で、少年の肩がプルプルと震えた。
「うっ……うっ……」
「う……?」
「うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! なんだこれぇっ!」
銀髪の少女は、ふっふっふ、と誇らしげに笑ってみせる。
「これはねぇ、芋けんぴっていうのよ──」
しばらくして──
救貧院の敷地を出る門の前で、シスター・イリスがふいにミトを呼び止めた。
「ミトさま……本当に、ほんとうにありがとうございました」
「イリスさん……?」
「子供たちもあんなによろこんで……あのイモを育てるのは簡単だってウーゴ爺は言っていたし、調理法を工夫すれば、子供たちが食事に困ることもなくなると思いますっ」
目をうるませるイリスを前に、ミトは冷静な声で言った。
「うーん……それは、ちょっと気が早いと思うわ」
「えっ──」
「サツマイモも、ミツバチの巣も、年中収穫できるわけじゃないでしょう……冬越しの時期になったら、また食糧が足りなくなることがあるはず。それに、子供たちが丈夫な身体を作るには、もっとお肉も食べないと」
「まさか、他にも何か──?」
ニッコリ笑ったミトの銀色の髪が、海風になびいてきらめいた。
「商隊で聞いたことがあるの。よい売り子の条件は、その商品を買ったら、どれだけいいことがあるかを、ちゃんとお客に伝えられることなんですって」
「ええっと……?」
「シスター・イリス……今度は、わたしたちと遠足に行きましょ」
いたずらに微笑むミトを、イリスはキツネにつままれたような顔で見つめた──