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劇場に舞い散る桜吹雪

「おいっ、最初はお前だ。来いっ」


大男がアマンダの腕をつかむ。アマンダはキッと男を(にら)んで啖呵(たんか)を切った。


「いったいわねぇ。あたいたちは大切な商品なんだろっ? この柔肌(やわはだ)に、あんたの手形がついたら、どうしてくれんのさっ」

「くっ……うるせぇ、このすれっからしが。さっさと舞台にあがんなっ」


ツンと顔を(そむ)けたアマンダは、堂々と胸を張って舞台に出ていく。


「さあ、最初の商品はこちら……ご覧ください、このスラリと長い脚、抜群のスタイル! それもそのはず、彼女はあのローラン歌劇団に彗星(すいせい)のごとく現れた、若手ナンバーワンの踊り子なのですっ! では通例通り、100万からまいりましょう。300万、はい500万……ありがとうございます。おっと、600万、800万もいただきました。850……900……1000万。1100万。はい、1500万……1500万以上の方はいらっしゃいますか?」

「2000万」


会場から、若い男の声がした。

場内がざわつく。


「2000万っ! なんと、いっきに2000万ですっ! 2000万以上の方はいらっしゃいますか? いらっしゃらない? はい、では55番のお客さま、落札とさせていただきますっ」


カンカンッと木槌(きづち)を叩く音。場内にパラパラと拍手が起こる。

舞台袖に戻ってきたアマンダは、ミトと目が合うと、なぜかパチリと目配せをした。


《……?》


しばらくすると、男たちのヒソヒソ話が聞こえてきた。


「おい、どうなってんだ……」「こんなことあるのか?」


何かしら……ミトは会場の様子に意識を集中させる。


「3000万」

「2500万」

「4000万」


ミトはハッとした。どの被害者も、落札しているのは同じ声の人物だ。

若い男は毎回、突拍子もない金額をあげて、次々と競り勝っていく。


いよいよ、ミトの番が回ってきた。

素足で踏む舞台の床面は、照明の熱気でほんのりと温かい。

心臓が恐怖と不安でドキドキ高鳴る……それでも、ミトは凛として前を向いた。

皇宮の広間で、皇太子に断罪されたときのことを考えれば、こんな舞台くらい……。


「さあ、いよいよ本日最後の商品ですっ! いかがですか、この楚々(そそ)とした美しさ! 照り輝くような銀の髪! 北部の商家の箱入り娘とのことですが、王侯貴族にも引けを取らない逸品ですっ! それでは、100万から──」

「1000万っ!」


司会者が言い終わらないうちに、青年が叫んだ。

照明がまぶしくて姿は見えないけれど、ミトにはピンときた。

今のは、カタリーナたちとお茶を飲んでいるときにやってきた、ウラッハ伯爵の感じの悪い息子……たしか、名前はアグネス。

勢い込んで高値をつけてきたところを見ると、ミトの誘拐を依頼したのは、あのドラ息子──。


「ええ、いきなりの1000万ですが、1000万以上の方はいらっしゃいますか。はい、1500、2000、2500……3500、ありがとうございます。ええ、4000ですね。4500。これは激しい争いだ。5500。ええ、本日最高額でしょうか。5500、いかがでしょう、5500以上の方は?」

「ろっ、6000万っ!」


アグネスが必死になって声をあげる。


「6000万いただきました、6000万以上の方、いらっしゃいますか? ……はい、55番のお客さま、えー、今度はおいくらを──」

「1億」

「なっ……バカなっ!」


司会が何か言うより先に、アグネスが絶叫した。

55番と呼ばれている男は、冷ややかな声で言った。


「では、10億」

「じゅっ……じゅうおく……!?」

「ええ、た、大変失礼ですが……それは、お支払い能力を超えていらっしゃるということはないでしょうか──?」


司会が言うと、55番の男はフッと吐き捨てるように笑った。


「バカを言うな。10億ごとき、我が大公家にとっては痛くも(かゆ)くもない」

「なっ……たっ、大公家──!?」

「むしろ、6000万で我が妹を買おうとするは片腹痛い……ミトが欲しくば、世界のすべての富のうえに、さらに金塊の山でも積んで持ってこい!」


55番の男は立ち上がると、顔を隠していたマスクと帽子をかなぐり捨てた。

輝く銀髪に、(いど)みかかるような青い瞳……。

ようやく照明に目が慣れたミトは、目を丸くした。


「ミ、ミゲルお兄さまっ!?」

「者ども、出あえ! こやつらの身柄を差し押さえよ! ひとりも逃すなっ!」


バタンと劇場の扉が一斉に開くと、雪崩を打って兵士たちが駆け込んでくる。

オークション会場は、一瞬にして大混乱に陥った。

悲鳴や怒号が響く中、舞台の上で立ち尽くしているミトの手首を誰かがつかんだ。


「お前は俺のものだっ、来いっ!」


目を血走らせたアグネスが、猛犬のような顔で叫んだ。


「ミトちゃんっ、伏せてっ」


ミトがとっさに身をかがめると、頭の上を長い脚がブンッと通過してアグネスの顔面を蹴り飛ばす。

ハガッ……と情けない声をあげて、アグネスは昏倒(こんとう)した。


「へへん、どうだい」

「アマンダさん……すごい!」


華麗な回し蹴りを決めたアマンダは、いたずらな顔でウインクしてみせる。


「ミトさま!」「お怪我はっ!?」


兵士たちに混じって突入してきたカクタスとスキュラが、舞台の上に駆け登ってきた。


「ふたりとも、わたしは大丈夫よ」

「我らがついていながら、この失態……ここを出たら、どうか厳しいご処分を──」


カクタスが思い詰めた様子で言うと、スキュラがグッと奥歯を噛み締める。


「そんな、処分なんて──」

「いいや、彼らの言う通りだよ、ミト。今回の件で、ふたりの騎士としての怠慢(たいまん)は目に余るものがある。この際、護衛の任を解いて、謹慎処分にしたらどうかな?」


舞台にあがってきたミゲルは、世間話でもするような調子で言った。


「お兄さま……」

「ああ、するとミトの護衛がいなくなるわけだが……さすがに、それは心配だなぁ。ならばこの際、ボクと一緒に皇都に帰るというのが最善の選択だろう。そうは思わないかい?」


ミトはプクッと頬をふくらませた。


「何度もお手紙でお返事した通り、皇都に戻るつもりはありませんっ。そんなイジワルをおっしゃるなら、お兄さまにはもうお手紙差し上げないんですからっ」

「むっ……それは困った。今回みたいな長期の出張では、ミトの手紙だけが心の支えなのに」


2番目の兄であるミゲルは、ライニー侯爵の爵位を持っていたけれど、領地経営は人に任せて内務省の仕事に情熱を傾けているのだった。帝国の各地を飛び回っては、治安維持のための活動に励んでいるらしい。


「ライニー卿! ご指示通り、連行してまいりましたっ」


兵士たちがミゲルの前に、ふたりの男を引っ立ててきた。

ひとりは、見覚えのないガラの悪そうな男。もうひとりは、フェアディナント──。


黙ってうつむくフェアディナントとは正反対に、ガラの悪そうな男はミゲルに訴えかける。


旦那(だんな)! お助けくだせぇ! あっしはもともと、ただのしがねえ興行屋(こうぎょうや)でして……グラン・パレのステージでかかる芝居の仕事を請け負っただけなんで! 悪いと言やぁ、このフェアディナントの旦那だ。この若旦那に(おど)されて、あっしは仕方なくオークションの手伝いを……支配人がホテルの客を売り飛ばすなんざぁ、世も末だぜ。ね、旦那もそうお思いになられるでやしょ──」

「……黙って聞いてりゃ、ガタガタガタガタ、うるせぇなぁ」


紳士然としたミゲルが、突然べらんめえな口調で言うと、男は驚いて絶句した。


「お前が支配人を脅して、この大仕掛けを動かしていたことは調べがついている。このオークションの利益も、ホテルには金貨一枚、入ってはいない……しかもお前は、一度でも誘拐を頼んだ客にはヒルのように喰いついていく、ゆすりたかりの常習犯だ」

「ぐっ──」

「カジノにカネを持ってこさせれば、多額の現金が消えてもギャンブルでスったと言い訳させることができる。もちろん、被害者は弱みを握られているから、官憲に訴え出ることもできない……そういう汚ない算段をつけていたのは、すべてお前のほうではないか」

「なっ、なんの証拠があって……」

「見苦しいぞ、人さらい。それなら証拠を見せてやる……やい、てめぇに、そこの踊り子をさらえと頼んだのは、どんなやつだった」

「そっ、それは、遊び人のキーンとかいう、妙な男で……いっつも、ド派手な花柄のネッカチーフを巻いていやがる、キザな野郎でござんしたが……」

「おうよ。そのキーンさんの桜吹雪(さくらふぶき)──」


ミゲルは、襟元(えりもと)を乱暴に緩めた。


「まさか見忘れたとは、言わせねぇぜっ」


抜き取られたアスコットタイが、ヒラリと宙にはためいた。

表面は落ち着いたワインレッド……しかし裏面には、見事に舞い散る桜の花が一面に織り込まれている。


「ゲッ、まさかてめぇっ」

「わたしのところにもお前の手下が、ご丁寧にカネをゆすりに来た。今頃、牢にぶちこまれているだろうが、そいつがこの汚い商売のカラクリを洗いざらい吐いたのさ」

「ちっ、ちくしょうっ……やろう、覚えてろっ──」

「断るね。お前の顔など、覚えていたいとも思わん。さあ、さっさと連れていけ」


男が兵士たちに引きずられていくのを見送って、ミゲルはニヤリと笑ってみせた。


「昔、ミトがおもしろおかしく語ってくれた、潜入捜査官の話があっただろう……()()()()()()()()()。ありがたく、使わせてもらっているよ」

「やっぱり、あれはお兄さまだったのね。でも、髪の色が……」

「ああ、金髪だったろう。最近、魔法省と共同開発した技術でね。機会があったら、今度教えてあげるよ」


さて……とミゲルは、うなだれたままのフェアディナントを見すえた。


「支配人。あなたにはここで、真実を語っていただきたい。取調室でもあらためて聴取はするが、妹にはあなたの話を聞く権利があると思ってね──」

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