序 この紋章が目に入らぬか
ザザザッ……
長剣を手にした衛兵たちが、あたりを取り囲む。
ゆらめく篝火に照らされた城。
その暗い石壁を背にした領主は、ギリリと歯軋りをして、銀髪の少女に剣を向けた。
「たかだか商家の娘の分際で、このわたしを告発しようというのかっ。多少は可愛げがあると、もてなしてやったものを、ツケあがりおって──」
少女のかぼそい身体をかばうように、鎖帷子を帯びた剣士が歩み出る。
「領主殿、控えられよっ。この指輪の紋章が目に入らぬかっ」
剣士の大音声にあわせて、少女はスッと右手を掲げる。
その指にはめられた金の指輪は小さすぎて、領主は戸惑ったように目を細めた。
「……なにやら、よくは見えぬが……」
「ええい不遜なっ……こちらにおわすお方を、どなたと心得るっ!」
「なにぃ?」
「畏れ多くも、さきの皇帝陛下のご皇孫にして、ギュアスタラ大公が姫君マリア・アントーニアさまにあらせられるぞ」
「馬鹿なことをっ。そやつは北部の織物問屋の娘、ミトとか申しておったではないか──」
あまりにとっぴな話に領主が笑うと、年かさの従者がおずおずと耳打ちをした。
「領主さま……ミトとは、マリア・アントーニアさまの愛称かと……大公殿下の姫君が皇都を離れ、諸国漫遊の旅にお出になられたのも知る人ぞ知る話なれば……」
「なんだと!? なぜそれをさっさと言わぬっ!?」
少女の脇に立つ、双剣を構えた女騎士が凛とした声で言った。
「一同っ! 姫さまの御前である。頭が高いっ、控えおろう!」
衛兵たちは、顔を見合わせた。
「ひっ、控えるって、どうすりゃいいんだ?」
「とっ、とりあえず、ひざまづくか……」
兵たちが膝をつくと、少女は旅装のマントを翻して言った。
「アンペール卿。畏れ多くも皇帝陛下がお定めになった免税の時限法を民に隠し、不作に苦しむ村々から苛烈な取り立てを行なった罪、よもや知らぬとは言わせません。あなたにこの地を任せた侯爵家には、すでに書状を送ってあります。いさぎよく、罰を受けなさいっ」
「くっ──黙れ黙れっ」
領主は、いさぎよさのカケラもなく反駁する。
「このようなところに、皇孫殿下がおいでになるはずがないっ。ものどもっ、こやつは大公の姫君を騙る不届きものだっ。手下もろとも、叩き切って野犬の餌にしてしまえっ」
「領主さま、しかし──」
年かさの従者が口を挟もうとすると、領主はさらに激したように叫んだ。
「どうしたっ、貴様らは我が城の兵ではないのかっ。立てっ、立って剣をとれっ!」
ノロノロと衛兵たちが立ち上がる。
その様子を見て、銀髪の少女は深く溜め息を吐いた。
「仕方がありません……カクタス、スキュラ、こらしめてやりなさい」
「はっ」「御意にっ」
「でも……ほどほどにね」
困ったような顔で微笑む少女を見て、ふたりの剣士はニヤリと笑った──。
「はつサポ!」など、他作品も連載中ですっ。twitterは @RanMizuha でやってます。
ほのぼの、微妙にサスペンスくらいの路線で書いてみたいなーと思って、はじめました。
この作品には、あんまり、きつい表現は入れないつもりです! よろしくお願いしますっ!