5話 新たな彼女の居場所
「ペアになって人相手で訓練してるように見えるけど、あれは試験かなんかなのか?」
「ああ。2年次でやる最後の試験だよ。相手の骨を折ってやれば勝ち、即ち合格だよ」
「負けるとどうなるんだ?」
「治療。その後異形戦闘訓練」
「なにそれ?」
「ウチで捕らえてある割と凶暴な隣の者と戦わせることで緊張感を与えるものだね」
「あ、死ぬな」
隣の者。かつて空想の中でしか存在していなかったと言われていた、実は見えないだけでそこにいつもいた生物達の総称。
恐らく新たな交流を求めてだが、なんらかの目的の為自らを可視化したのだが、人間と相容れることが出来ず、戦争に至ってしまったことがこの滅星獄戦の原因と言われているが本当のことは何なのかと考える暇は正直のところない。文献もない。何故このような呼び名なのかも同様に考えていられない。
とは言ってもあくまで総称なので、当然温厚なヤツから凶暴なヤツまでいる…のだが。
「それ、どこでやんの?」
「模擬決戦場だよ」
「へー。で、ないと思うけどもし死んだらどうなる?」
「後々詳しく言うが、問題ないとだけ教えておこうかな」
「ん?」
「問題ないよ」
「死ぬのに?」
「ああ」
「……まいっか」
頭がバグった雨愛だった。
戦場へ送り出すための学園だ。送り出してあっさり死にました、では絶対ダメなのだろう。
とりあえず食事してるときにベタベタ絡んできたあのクソガキは死ぬ。
そのあと学内を引き続きみて周り、最後に学長室へやってきた。
「さて、一通り見てもらった感想を聞いてもいいかな?」
「そこそこ」
「半ば無理矢理連れてきた感も相まって辛めだね」
「これでも甘く採点したんだけど?」
「辛いね」
学園というものがどういうものなのかというのがイマイチわかっていないが、おそらく早い段階から実戦訓練を行なっているところはここくらいなのだろうと思った。
だが。
「やっぱり、対人で鍛えたところで無意味じゃないか?って思った」
そう。この学園の卒業生が本当に実戦で戦う相手は人間ではない。隣の者という人外の存在だ。
「ココは圧倒的に隣の者との実戦訓練が足りなさすぎるよ。もっと魔物を回収出来ないも学舎として成り立たない」
現状のこの学園で鍛えられるのは対人戦の力なのだろう。そしてそれを自分なりに噛み砕いて対“隣の者”戦に臨むという感じらしい。
だがそれではいけない。なぜなら人間と隣の者は戦う際に決定的な違いがあるからだ。
「純粋かつ強大な殺意を受け止めきれない限りまともに戦えない、その上ほとんどが自分より体格の大きい相手、それが隣の者なんだってことは分かってるはずだと思う」
異形の者である隣の者は戦闘の際に一切雑念を交えることがない。もちろん度合いはあるが、皆決まって敵視した相手を言葉の通じる人間と異なり徹底的に排除或いは殺そうとする。
すなわち、対人と対隣の者では浴びる殺意の量に凄まじい差が存在するのだ。
或部田には雨愛の言う事がよくわかる。しかし、学園側にはどうしても対人でやらなければならない事情があった。それは…。
「確かに君の言う通りだ。けどね。生きたまま鹵獲することの難しさ、君に分かるかい?」
「さあ」
「だろうね。鹵獲、或いは捕獲は討伐より圧倒的に難しいんだ。手加減しなければいけないからね。その過程で死人が出ることはあってはならないんだ。だから思うように増やせない。理解して欲しい」
「まああたしには特に関係ないから理解も何もって感じだけど…」
そういえば捕獲なんてしたことなかったなということを思い出した。いつもいつも相手は殺していた。生きたまま捕まえる意味がないというのもあるが思い返してみれば大体力量調節が上手くいかなくてオーバーキルしていた。
そもそも調節する必要がなかった。
学園には学園の事情がある。それは雨愛も理解した。
さて、気になる事がひとつある。
「あ、そうだ。隣の者による実戦訓練で思い出したけどさ、死んでも問題ないってどういうことなんだ?」
「ああ、そのことか。そろそろ伝えないとね」
いずれ言わなければならないことだね、と或部田は言葉を挟んで、続けた。
「この学園は入学の時点で本人あるいは保護者に“訓練中、又は殺害を同意した上での対人決闘における死亡を許容し、この場合訴訟の類の一切が無効となることに同意する”という同意書にサインをしてもらっているんだ。もちろん退学と共にその同意書は破棄されるけど在学している間は同意しているということになるね」
「…ん?」
雨愛は訳が分からないといった顔をした。
「どっかイカレてる?頭大丈夫?」
「まあそんな反応になるよね。極力犠牲者が出ないようにはするが死んだら自己責任ということにさせてもらっている。ちなみに君も例外ではないよ。ビビった?」
「いや、学舎としては異常だと思ったけど戦場のことを考えれば妥当だと思った」
はあ、とため息をつく。
或部田の言い方からして本当だ。自分も入学すれば同じ境遇になる。
死ねない戦いは雨愛とっては入学しようがしまいが永遠と続くことに変わりがない。
「さて。入学に当たっての最大注意点はそこだけだ。他は他校となんら変わらない」
「よくわからない。学舎に通ってた記憶がほとんどない」
「OK。では解説しよう」
或部田は割と分かりやすく教えてくれた。
いや、そもそも分かりやすくないと行けないのだが或部田は雨愛の想像以上だったのだ。
「これで大丈夫か?」
「大丈夫。要は死ぬかもしれないけど死んだらキミのせいねって学園ということでしょ?」
「その通り。入るかどうかは君次第。だけど断ったら…」
「あたしをスラムとかに売るんだろ?選択肢はないようなもんだろがバカが」
或部田がチロっと舌を出してイタズラしているガキみたいな顔をした。
『せっかく見つけた戦力になりそうな子をなんとしても逃したくない』という心境がよく見える。
「入るよ。あんたの見込み通りあたしはそう簡単には死なないから。生き延びて罪揉み消してもらってここを出るよ」
「期待通りの回答だ。歓迎するよ。ここは2年制だから是非2年間生き延びてウチを卒業してくれ」
こうして雨愛は日本国防衛員養成学園に編入することとなった。
◇
雨愛が編入してから2週間後。
「起きて!!雨愛ちゃん!!」
割り振られた寮で幸か不幸かパートナーに抜擢されてしまった女の子、華奈は最近のルーティンにもなっている相方の起こし作業に手を焼いていた。
基本的にパートナーを置いて単独行動するということは許されていない(許されていないというだけでできないわけではない)。
なので華奈は雨愛を置いて朝食に向かうことができないため意地でも彼女を起こさないといけないのだがここで問題があった。
雨愛という女の子はタチの悪いことに、一度深く眠ると自分の意思で起きるまで何をしても起きないのだ。
叩いても揺すっても呼び掛けても、果ては立派に実った胸を揉んでも微動だにしない。
こんな無防備な子がよく生きて、しかも学園長にスカウトされたなとつくづく不思議に思うレベルだ。
「起きて!!」
正直疲れている。
また食堂で怒られるんだろうな…とちょっと憂鬱にもなっている。
ただなぜか憎めないのは眠っている雨愛の顔が悔しいくらいかわいいからなのだろうか。
そして半ばイライラしつつじっと見ていると時は訪れる。
面倒くさそうに目がゆっくりと開かれ、ぼやけた視界で目の前に華奈の顔を認めるとぴくっと体を震わせるのだ。
「……おはよう。お寝坊さん」
「おはよう。あれ、怒ってる?」
「…」
無言で手刀を頭に当てる。
「あたっ」と言いつつ防御されずに素直に受けるあたり、雨愛も自分の寝坊で迷惑をかけていることを自覚しているのだ。
直すつもりはないが。
「さて、起きるよ。もう遅刻ギリギリなんだから」
「ごめんごめん」
「早めに直してよ?」
「むり〜」
華奈はため息をついた。
雨愛はかなり寝ぼけた様子で起きて身支度をする。
目を半開きにしながら朝に規則正しく起きるということの怠さを感じていた雨愛だった。
5話です。どらっごです。
これは以前に後書きで書いたか忘れましたし、確認するのもめんd……いえなんでもないです。とりあえず書いたか忘れました。
それで何が書きたいのかというと、学園編は多分そんなに長くないです。20話分とか消費しません、多分。
そもそもこの小説自体もしかしたら前作より短く終わる可能性も…?
それではまた次回で。