83話 天使侵略5日目2
「悪魔が召喚された!!総員陣形を変更し極大神聖魔術の発動を急げ!!」
「下賤なる悪魔に我等で神の裁きを下すのだ!」
「ぎゃああああっ!」
「多少の犠牲は厭うな!神聖魔術の発動を最優先せよ!」
大量の下級天使が捨て身の特攻で悪魔に迫る。だがその全てが悪魔に届く前に爆散し血の雨となる。
「所詮、自由意思を持たない機械的な下級天使の特攻など煩わしいだけですが……儀式魔術ですか。流石にコレを喰らえばひとたまりもありませんね」
その血の雨の中を優雅に進む悪魔は陣を構える天使達を一瞥する。儀式魔術とはその名の通り、儀式を行うことで魔術を行使するものである。儀式には時間がかかるが、その恩恵はとても大きいため戦争などでは戦略魔術と称される程強力な魔術である。その効果は基本的に対軍隊、広域バフ・デバフなどの効果を発揮することが可能で、儀式の規模が大きくなるほど効果も比例して強くなる。
「滅べ!悪魔め!【断罪の神剣】!!」
数々の上位天使が集い進めた儀式から生じた魔術は巨大な剣となって悪魔に振りおろされる。儀式魔術の強みは人数を集めれば際限なく高度な術を展開できることだ。今回天使達が放ったこの術も通常より遥かに巨大だ。神聖な巨剣が悪魔の目前に迫り―――
「―――【劣化】」
砕け散った。上位天使が複数人で構築した魔術がだ。直後、悪魔を中心に大地が枯れ始めた。青々しく豊かだった草原が瞬く間に荒れた大地に変貌していく。荒れた大地が広がる度に大地の、草木の、川の怨念が悪魔に集う。
「―――【怨念変換】、【伝播呪怨・壊死】」
悪魔は凄惨な笑みを浮かべ怨念を他者に振りまいた。この術は呪術の類で自身が受けた怨念を呪力に変換しそれによって伝播する呪いを辺り一帯に振りまいたのだった。一瞬で灰燼と化する天使の軍勢。
その結果天使達は本来悪魔に向かうはずだった怨念をその身に受けている。本来は天使はある程度の呪いなどは寄せ付けないが、ここは天界。天界の自然には多くの精霊が存在するため自然破壊が起きた暁には軽い紛争が起きる程なのだ。そんな中で悪魔は全ての精霊を怨霊に堕とし全てを呪いに変えてしまった。それが何を意味するか。それは火を見るより明らかだった。
「やはり天使共の魂魄は色味が無くて不味いですね。まあ触媒には適していますから後で消費しておきましょう」
悪魔は顔を歪めた。
「まあ、殲滅は終わったので契約はこれまでですかね。さっさと帰ってもっと美味い魂魄を食べに行きましょうか」
そう呟くと悪魔は霞の様に消えてしまった。
※
王城を思わせる場所にて一人の男が玉座に座している。最上級の調度品で彩られたその部屋に相応しい主の顔は歪んでいた。
「糞がっ!!何故たった一体の悪魔如きに我が軍勢が敗れるのだっ!」
持っていたワイングラスを力任せに投げ捨て怨嗟の声を上げる。ガシャンと音を立てて砕け散ったワイングラスは初めからなかったかのように消え去った。
「やはり所詮私の力の上澄みから生じたゴミだ。だがあれ程簡単に敗れる訳はないはずなのだ。まさか悪魔帝の一柱を呼ばれたか?」
爪を噛みながら不機嫌に思案する。
天使と悪魔は対立するものであり常に互いの隙を狙っている。今回闘神が眷属を殺められ行軍した隙を突かれたのだろう。男―――闘神は深くため息を吐いた。
「軽率な行動を起こしてしまった。彼は復活できることを知っていたではないか私は」
額に手を当て先ほどより大きなため息を吐く。過ぎたことは仕方ない。そう気を取り直して闘神はワインをグラスに注ぎ一口口にした。
「どう悪魔帝を対処したものか…………グッ!?」
急に全身を貫く痺れと倦怠感が闘神を襲い膝から崩れ落ちる。信じられないとでも言うように闘神が目を見開く。神の身である闘神には毒など通用しない。ではこの身を蝕むモノは一体何か、闘神は分からなかった。
幸い神の身であるため毒そのものはすぐに分解されたが、短時間であっという間に生命が削られた。
「な、何なのだこの毒物は……!」
「残念だ。死ななかった様だな」
落としてグラスの方を見て闘神が幽霊を見たような顔色で呟く。その途端、若い男の声が掛けられた。
闘神が声のした方へ視線をやれば、スーツを纏った17歳程の青年が立っていた。左手には銃―――SAAを右手には赤黒い刀身を持った刀を握っていた。
その青年は年に見合わぬ鋭い眼光を持つ双眸で闘神を射抜く。それはまるで獲物を逃さぬよう一瞬たりとも気を抜かない獣の目だった。
「貴様の様な虫がこの場に立ち入るなど恥を知れ。貴様は楽には殺さんぞ」
「そうか、俺は羽虫の駆除は早急に終わらせるつもりだ」
刹那、相互共に光のような速さで激突した。