妻の手料理
ここ最近、妻がやたらと機嫌がいい。
妻は機嫌がいいと鼻歌混じりに料理を作っていることが多い。だがそれは、あくまで機嫌がいい時だけだ。
今日もキッチンに立つ妻は歌のリズムに乗りながら、料理を作っている。
ソファーに座り、その様子を気づかれないようにみている僕は、その姿が不思議でしかない。
何故か?
それは僕たちがもうすぐ離婚をするからだ。
離婚の話を切り出したのは僕からだった。仕事の忙しさ、それと他に会社で好きな人ができたからである。
離婚届とその話を聞いた妻は大号泣していた。
「ごめん。」ただその一言しか言えない。泣いている姿を見ても、僕の意思は揺らぐことはない。これはもう決めたことなのだから。
そう。離婚するんだ。なのに、、、、。
あれだけ泣いていた妻が今目の前で上機嫌で料理を作っている。
こんなにおかしなことはない。僕はその疑念を持ちながらも料理が出てくるのを待っていた。
「できたわよ。」妻はそう言って、テーブルに出来立ての料理を並べていた。
「僕も手伝うよ。」キッチンからテーブルへと並べ終わると、2人で向かい合うように席につく。
あの時と同じ、離婚を切り出した時と同じ並びだ。
「いただきます。」2人で一緒に手を合わせ、食べ始める。
今日の料理は僕の好物のハンバーグ。ここ最近、僕の好物ばかりが食卓に並ぶ。麻婆豆腐、唐揚げ、ハンバーグもそうだ。数え出したらキリがない。
妻が機嫌がいいときに作ってくれていた料理がここ毎日のように出てくる。
これもおかしなことなのだ。なにかがおかしい、、。
離婚を切り出されて、こんなにも機嫌が良くなる人間は例外を除いていないはずだ。
「ご飯、美味しい?」自分の中の疑念をまとめようと必死に考えていると、ふいに妻がそう聞いてきた。
「あ、ああ。美味しいよ。」急揃えの営業スマイル。それを妻に向けながら、愛想のいい答えを返した。
返事を聞いて、妻は無邪気な笑顔でハンバーグを頬張る。
僕にとってはこの無邪気な笑顔も何故か疑い深くなってくる。相変わらずの営業スマイルで返事をし、再びハンバーグを口にする。
それにしても、最近の妻の料理はやたら美味い。
元々料理は得意な方で、これまで食べてきたものも美味かったが、機嫌が良くなってからの料理はもっと美味いものになっている。
何故なんだ、、、、?
「最近のご飯、美味しいでしょ?色々加えて見てるんだ。」
「色々、、、?」返事を求めてみるが、妻はなにも言わない。まるで僕の存在がなくなってしまったかのように、料理を頬張っている。
この嫌な雰囲気に耐えられなくなった僕も、同じように再び食事を続けた。疑念が頭の中を、どんどんと支配していく。
手前にあるスープを飲み、もう一度ハンバーグに手をやる。すると一瞬だか、口の中に苦いものを感じ、近くにあったティッシュに思わず吐き出した。
なんだこれ、、、、?若干緑色をした何か。小さく色と苦味しかわからないが、なんなんだ、これ、、、。
「あら、バレちゃったのね、、、。」
は?バレた?こいつ。まさか離婚するっていうのを恨んで、何か入れたのか?変な憶測だが、今の状況を考えると疑うほかない。
「まさか、お前、、、、!」
「実はね、今まで作ってきた料理にはあなたの嫌いな野菜を混ぜて作ってたの。小さく刻んだり、調味料で味を変えたりして。」
え、、、?野菜?そう言われて、さっき口から出したものの正体がわかった。あの苦味、緑色。僕の嫌いなピーマンだ。
昔から野菜嫌いで大人になってもそれが克服することはなかった。それは料理上手な妻の料理でも同じだった。はずだった、、、。
「離婚して他人になるのは仕方ないことだけど、どうしてもあなたの野菜嫌いだけは直してあげたいって思ってたの。他にあなたと一緒になる人が困るでしょ?だから、、、。」
「じゃあ!今までなんであんなに上機嫌だったんだよ!お前も離婚してなんだかんだ嬉しいんだろ?!」
自分が知らなかった事実に何故か無意識に腹が立って、つい大きな声をあげてしまった。大きな声が静かな部屋に響く。
妻は涙目で立ち上がると、
「私は!あなたには幸せになってほしいの!私が幸せにできなかったなら、せめて他の人と幸せになってほしい!その時に、あなたの野菜嫌いだけは直してあげようって!ご飯食べてるときのあなたが好きだったから!それで、、、、、。」妻の目から涙が溢れる。
そこで僕は改めて妻が、僕のためにそんなことまで考えて、この料理を作ってくれていたんだと知った。
胸が熱くなって、仕方がない。締め付けられて苦しい。心が罪悪感でいっぱいになった。
「お前、、、、そんなこと考えてくれてたんだな、、、。」思わず僕の目にも涙が溢れた。そして久しぶりに僕は妻を思いっきり抱きしめた。
ごめん。ただそれしか言えない自分が恥ずかしい。その気持ちを身体で伝えるように思いっきり。
「わかってくれたのね、、、。私もごめんなさい。
ありがとう、、、。」妻も抱きしめ返してくれたことにまた涙が出る。暫くそうしてると、妻がゆっくりと身体を引き剥がし、ご飯冷めちゃうから食べましょう。と一言。
ティッシュで溢れる涙を拭き取り、大きく頷いて応えた。
「ご飯、温めてくるわね。席について、待ってて。」妻はメインのハンバーグを持って、キッチンに戻って行った。
その様子を見届けると、僕はテーブル近くに置かれた離婚届を手に取った。少ししわがついたそれには、妻の名前などがちゃんと書かれてあった。
テーブルの料理に目をやり、僕を決意し、その離婚届をゴミ箱に入れた。
考え直そう。これからどうすれば妻と幸せになれるのか、ちゃんと話し合おう。
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しょうがないあなた、、、やっぱり最後まで分からないのね。わたしも、、、
あなたをしあわせにするわ。
永遠に、、、、、ね?