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8.その一歩を、踏みだして

 ヴィオヘルム様は、日中は王太子としての政務をこなし、それが終われば一直線にわたくしの元を訪れる、らしい。ニコラウス様が教えてくださった。

 

 けれどおとないは日に日に早くなった。最初は宵のうちだったのが、日暮れになり、いまでは日の沈みはじめるころにはヴィオヘルム様のお顔を見ることができる。

 日がのびているのかしらと思ったけれども、半月もたたないあいだの変化なのでそうではないだろう。実際にヴィオヘルム様がお仕事を切りあげる時刻が早くなっているのだ。……大丈夫なのかしら。

 

 まだ明るさを残す庭園を散歩するだけの余裕もできた。

 二人で花を眺めながら小径を歩く。この城は植物にあふれていて、外に出れば吹きぬける風には緑の匂いがある。蝶や蜂などの虫も、小鳥や、どこからまぎれたのかウサギやリスも住んでいる。巨大な建造物にも関わらず自然を感じさせる不思議な場所であることを、わたくしは知りつつあった。

 

 涼しくなりはじめた風がヴィオヘルム様の青灰の髪を撫で、それからわたくしにも手をのばした。結われていない金の髪が巻きあげられ、夕日に染まって火花のように輝く。

 ヴィオヘルム様は眩しげに目を細めてわたくしを見つめ、ぽつりと呟いた。

 

「このところ、あなたのおかげで仕事の効率もあがった」

「わたくしは何もしておりませんわ」

 

 それが逢瀬の時刻の早まった理由なのかと思うものの、自らの言動に覚えはない。

 

「あなたがいると思うだけで力がわいてくるのだ。あなたを迎えるために諸々の()()をしていたときも、恋の力とは凄まじいものだと感心したが、実際にあなたを目の前にするとそれ以上だった」

 

 ――そう言われて、いったいどんな顔をすればよいというのか。

 ヴィオヘルム様はわたくしを見据えたまま淡々と言葉を紡いだ。その表情には照れもなければご機嫌をとろうという期待も見当たらなかった。

 きっと、ローエン家の方々から、自分の想いをきちんと言葉にしろとお叱りを受けたから。ヴィオヘルム様は理由も合点のいかぬままに、粛々と指示に従っているだけ。わたくしの推測は的を射ているだろう。

 でも、だからこそ。

 だからこそ、告げられたことがこの方にとって()()()()()なのだと思い知らされる。

 

 つまり――つまり、ヴィオヘルム様はわたくしに会いたい一心で、日ごとに政務にかける時間を短縮しているのだ。

 そしてそれを他人事のように感心している。

 恋の力はすごいものだと。

 

「~~~~……!!」

「どうした、具合が悪いのか」

 

 思わず腰が抜けそうになったわたくしをヴィオヘルム様の腕が支えた。ふらつくわたくしの身体をすぐにひきもどす、力強い腕だった。

 予想外の接触に心臓が早鐘を打つ。エスコートされることすら緊張したのに、これは。

 頬が火に触れたように熱くなっていくのがわかる。

 硬直するわたくしに気づいたヴィオヘルム様は、一人で立てることをたしかめるとすぐに身をひいた。

 

「あ、ありがとうございます……」

「……すまない、私のせいだな」

「いえ、そのようなことは……」

「あなたをこうして畏縮させてしまうこと、とても歯がゆいのだ。せめて笑いかけることができればよいのだが」

「いえ……!!」

 

 倒れそうになったのは無自覚であるがゆえに熱烈すぎる告白のせいだ。けれどそれはヴィオヘルム様には絶対に理解できないという強い確信があった。

 わたくしの困惑が別の感情として受けとられてしまえば、ヴィオヘルム様がご自身の感情を口にすることはなくなってしまうだろう。そんなのは悲しい。

 それに……言ってくださるのならば、わたくしはもっと聞きたいのだ。ヴィオヘルム様のお気持ちを。

 

「怖いわけではないのです。は、恥ずかしいのです。これは、夕日のせいではありません」

 

 顔をあげてヴィオヘルム様を見た。

 政略結婚だと思いこんでいたわたくしの心はやはりまだ状況をすべて受け入れられたわけではない。

 けれども、何かが変わる予感だけはしっかりと根付いている。

 

 ヴィオヘルム様がわたくしのために努力なさっているのならば。

 わたくしも、ヴィオヘルム様のために、変わる努力を。

 

「ご覧ください。わ、わたくしの頬が、赤らんでいるのです。これは……ヴィオヘルム様のお気持ちが、わたくしに伝わったからです」

「そうなのか」

 

 ばっくんばっくんととんでもない音を立てる心臓を押さえながら告げた気持ちは、あっさりとした一言に迎え討たれた。

 ヴィオヘルム様は首をかしげている。……おそらく、「なぜあの説明だけで気持ちが伝わったのだろうか」と考えていらっしゃるに違いなかった。

 

 国にいたころのわたくしなら、冷たい態度だとうなだれただろう。

 実際、ヴィオヘルム様のお手紙は終始このような反応だった。

 

 しかしいまのわたくしは違う。

 

「僭越ながら、ヴィオヘルム様」

「なんだろうか」

「また、聞かせていただきとうございます。わたくしへの気持ちを……こうして、二人でお会いしながら」

「聞きたいのか?」

「はい」

 

 きっと、内心では不思議に思っているだろう。

 けれどヴィオヘルム様はすぐにうなずいてくださった。

 

「あなたがそう言うのなら、もちろんだ」

「――あ」

「どうした?」

「いえ、なんでもございません」

 

 声をあげたわたくしにヴィオヘルム様が問う。失礼いたしました、と頭を下げてから、わたくしはそっとヴィオヘルム様の表情をうかがい見た。

 

 相かわらずの無表情、に見える。

 けれど先ほど、あの瞬間。

 ほんのわずかに細められた目は、きっとヴィオヘルム様の笑顔だったのだろうと思う。

 それは口元には現れぬ、小さな小さな微笑だった。けれどもたしかに、ゆるりとたわんだ目じりは、その奥にある瞳の色を変えさせた。

 

 なぜだろう。

 先ほどよりもよほど、鼓動の音がうるさいのは。

 

「おや、もう日が沈んだな」

 

 ヴィオヘルム様はやっぱりご自分の与えた影響などには気がつかず、踵を返した。

 手袋をした手がわたくしにむかって差しだされる。

 

「腕ではなく、手を組もう」

「……それは、手をつなごうと言うのですよ」

「そうなのか。では、手をつなごう」

「はい」

 

 自分のものよりも二回りも大きく見える手に手を重ね、わたくしはヴィオヘルム様の隣に並んだ。

 宮殿へと続く小径は短く、二人のあいだにもう会話はなかったけれど、それはとても満ちたりた時間だった。

 

 

***

 

 

 ちなみに、翌日の昼、

 

「『いい雰囲気』になったら手をつなげって、オレがヴィオ兄に教えたんだぜーっ!!」

 

 と手柄を自慢するミヒャエル様と、

 

「どうです、兄上のポンコツぶりがわかったでしょう? いつでもぼくのところへおいでなさい」

 

 とにこやかにほほえむニクラウス様、

 

「レオンもエルとあくしゅーっ!!」

 

 と両手を振りまわすレオンハルト様に囲まれ。

 

 そんな暴露ネタばらしを受けても収まらない胸のときめきに、わたくしは苦笑いを浮かべるしかなかった。

ここでいったん区切りとなり、毎日投稿分は終了です。お付き合いいただきありがとうございました。

ヴィオヘルム視点とか、エリュシオーネを狙って他国が参戦(そしてあっさり返り討ち)とか、ネタはあるのでぼちぼち書いていければと思います。

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