7.弟君たちからの歓迎
王妃様から飛竜をいただいた次の日。
わたくしの部屋を訪れたのは、三人の王子様たちだった。
取り次いだアンリが緊張の面持ちでもてなしのための用意をしている。
連日のヴィオヘルム様、昨日の王妃様ももちろんだけれども、王子が三人というのはとても……とても緊張感がある。
お三方とも、ヴィオヘルム様に似て美形だ。……いえ、ヴィオヘルム様を含め、四人の王子様たちが国王王妃両陛下に似ていらっしゃるということだ。皆様わたくしより年下とはいえ、そろって並ばれると美形の圧を感じる。
そのうえ、弟君様たちはそれぞれが奔放な性格であらせられた。
「いかがですか、義姉上様。暮らしには慣れられましたか」
第二王子ニクラウス様が、アンリの淹れた紅茶をとりながらおっしゃる。
「ここの暮らしに十日で慣れるなんて無理だろ。昨日母上が飛竜を贈ったそうだぞ。離縁を考えないように頼みこむのが先じゃないか」
「そんな、皆様大変によくしてくださいます。離縁などありえません」
ニクラウス様の質問に答えないうちに、第三王子ミヒャエル様が辛辣なお言葉を返す。ミヒャエル様は飛竜を見たときのわたくしの困惑を完璧に推察したようだ。
わたくしはあえて前半部分にはふれず笑顔で首をふった。
ニクラウス様とミヒャエル様はほっとしたような表情を見せる。
「いつでも実家に帰れるのを喜ぶよりも、価値観の違いが大きすぎて逃げだしたくなるのが先だろう」
「我が家は男ばかりなので、母上も男勝りなのです。本人は気づいていないようですが」
「ははうえさまは、かっこいいんだよー! ぼくもおとなになったらドラゴンほしいなぁ」
「大人になったらお前にも母上がぶっ飛んでるってことがわかるぞ、レオンハルト」
なるほど……とうなずきそうになった首をかしげて曖昧にほほえんだ。
王妃様は美しく凛としたお方だ。
「兄上も、父上も母上もどこか常識が外れています。何か困ったことがあればぼくへ」
ニクラウス様が真剣なまなざしで見つめてくる。深く、それでいて先の読めない濃灰の、ヴィオヘルム様と同じ目だった。
髪色こそ少し違えど、ニクラウス様の顔立ちはヴィオヘルム様に似ている。常に笑顔をたたえる口元が印象をまるきり変えているが、こうして真剣な顔をなさるとやはりご兄弟なのだわ。
なら、ヴィオヘルム様も笑えばこのようなお顔かしら。
「なにも困ったことなどありませんわ。わたくしの身にはもったいないほどの厚遇です」
そう返すと、なぜかニクラウス様はがっくりとうなだれてしまった。どうしたのかしら。
なんと言葉をかけるべきか悩んでいるところへ、前のめりになったミヒャエル様がひょいと割りこむ。
「ニコ兄はヴィオ兄をこえたくて仕方ないんだよなー。昔、同じお姫様に一目惚れしちゃって」
「まぁ」
「なんだと? ぼくがいつそんなことを言った」
それでニクラウス様がヴィオヘルム様に対してひときわ辛辣な理由がわかった。
と納得しているうちにニクラウス様とミヒャエル様のあいだの空気は険悪になっていた。睨みあうお二方。
ミヒャエル様も子供らしい陽気な態度を脱ぎ捨てれば今度は逆に子供とは思えぬほどの容姿であることに気づかされる。
急速に増す美形圧。怯えるアンリ……。
しかし理由のわからぬ一触即発の空気をやぶったのは、第四王子レオンハルト様だった。
ニクラウス様とミヒャエル様の眼前に、ぴょこん、とまだ丸さを残すほっぺたが割りこんでくる。
「あにうえ、りえんとはなんですか?」
「いまそこの話題に追いついたのか? 結婚をやめて家に帰るってことだ」
「ええぇ、エるシオーネ、おうちにかえっちゃうの?」
「帰りませんよ。ここにいます」
レオンハルト様が泣きそうになるのを、そう言ってなだめた。レオンハルト様はすぐに涙をとめ、にぱっと笑う。
と、その頬をみにょんとひっぱってミヒャエル様が眉を寄せた。
「エリュシオーネ姫だ。エ、リュ、シ、オー、ネ」
「エ、る、シ、オー、ネ」
「言えてない。名前くらいきちんと言えるようになれ」
「エ、る、シ、オー、ネ!」
「あの、エルと呼んでくださいませ。わたくしの弟たちもそう呼んでおりました」
また泣きそうになるレオンハルト様に慌てて言えば、三人の王子様はそろってわたくしを見た。
それから、にぱあぁっと満面の笑みを浮かべる。
な、なんでしょう。
「エルですね。わかりました」
「弟君たちと同じか。いいな」
「エルー!」
「はい、なんでしょう」
喜ぶレオンハルト様を見ているとこちらまで嬉しくなってしまう。不自然な沈黙は気にしないことにして、わたくしはすっかりご機嫌を戻された三王子様とおしゃべりに興じた。
それからはお三方はおだやかな時をすごされ、帰り際までエル、エルとわたくしの愛称を呼んでくださった。
よかったわ……と思ったのもつかの間。
弟君たちが戻られたのと入れ違いのようにヴィオヘルム様がお越しになり、
「弟たちだけに特別な愛称を許したのか?」
と三王子が束になってかかっても敵わないような圧で問いただされ。
どこからどこまでが、いったい誰の計画だったのかしらと、わたくしは悩んでしまったのだった。