5.強火力すぎませんか
一か月の離別のあとの一週間の再会を喜びあったのち、両親は飛竜にのって帰っていった。
滞在中の一週間はそれはすばらしいものだった。王都や名勝地の観光日程がすでに手配されており、ヴィオヘルム様が直々に案内してくださった。
そしてその最終日、城の最上部に設けられた発着場で行きの旅程がよみがえったのか遠い目をする両親に、ヴィオヘルム様は厚みのある封筒を差し出した。
「これは……?」
「貴国の埋蔵資源の分布予想図および、貴国の貴族の中であやしげな動きをしている者たちのリストです」
「……は? あっ、いえ、失礼いたしました……!」
またもやさらりと告げられた衝撃の事実にわたくしはようやく一週間前のヴィオヘルム様のお言葉を思い出した。
そういえば、わたくしを迎えるために国内の危険因子を一掃したとおっしゃっていた。
我に返ったお父様が無礼な態度をとってしまったと慌てているけれど、ヴィオヘルム様は気にした様子もない。
「貴国に何かあればエリュシオーネ姫が心配するであろう。できうる限り早く国力を強化し、不穏の種はとり除いていただきたい。そのための情報です」
「はぁ……」
一週間、起きているあいだのほとんどの時間をともにすごしたとしてもヴィオヘルム様の思考は理解できない。
いえ、厳密には考えていらっしゃること自体は理解できる。ご本人がおっしゃるように、わたくしエリュシオーネの平穏と幸福を第一に行動していただいているに違いない。
……ただ、その実現方法があまりにも力技なので、常人の頭脳では理解が追いつかないのよ。
「あの、どこでこれを……?」
機密だろうかと思いつつ尋ねてみる。お父様とお母様はあまりにもショッキングな情報を手にしてしまったことで放心状態に陥っていた。
無理もない、わたくしはこの場に留まり、封筒の中身を目にすることもないけれど、お父様とお母様はこれからハイエルンへ戻るのだから。
「あぁ、ハイエルン国にもラヴィッド商会があるだろう、あれは我が国の探査機関なのだ」
「ラヴィッド商会が……」
国家機密であろう情報すらヴィオヘルム様はなんなく口にする。
それはわたくしたちを信じてくださっているためでもあるが、知られたところで何かできるはずもないからだ。
思い返してみればラヴィッド商会が最初に我が国を訪れたのは六年前、わたくしが突然決まった婚約に打ちひしがれていたころだった。見たこともない異国の宝石や硝子細工は、弱った心をなごませてくれた。
商隊が各地をまわって買い付けをしているという品ぞろえは年に数回変わり、この二・三年はつとにわたくし好みの品物が多かった。あれはもしかして……。
「……何か、悪いことを言ってしまったか?」
黙りこんでしまったわたくしたちにヴィオヘルム様は眉を寄せた。怒っているようにも見える表情に両親が息をのんで青ざめる。
ただ、二人以上にヴィオヘルム様と接してきたわたくしには、一応それが怒りの表現ではないということがわかった。
「いいえ、何も」
「そうか、ならばよいのだが」
否定すればヴィオヘルム様は探るようなことはせず、すぐに引く。ヴィオヘルム様はわたくしの言葉を疑わない……その信頼はこのやりすぎな感のある密偵商会の派遣と根っこを同じくする。
つまり、わたくしのことが……好きだから、なのだ。
やっとのことで放心状態を抜けだしたお父様が書類を抱きしめるように懐へと押しこんだ。
「ちょ、頂戴いたします」
「役立ててくだされば嬉しい」
今度こそ飛竜の背に据えつけられた箱へと乗りこみ、お父様とお母様は別れの挨拶をした。
ようやく血の気の戻ってきた二人は最後にしっかりとわたくしを抱きしめてくれた。
その瞳に宿る希望を見て、わたくしも思った。
わたくしはこの国で、幸せになるのかもしれない――。
ヴィオヘルム様の愛が重すぎて怖いような気もするのだけれど。
***
半年後、故郷から届いた手紙には、新たな鉱脈を発見したこと、貴族の数人が不正を働き領民から違法な税を取り立てていたこと、その金で武器を買っていたこと、彼らを逮捕したことで周辺国の態度が目に見えて軟化したこと……などが書かれていた。
使者から届けられた同じ内容の国書に目を通し、ヴィオヘルム様はやはり無表情だった。
けれども一言、
「これで義父上殿、義母上殿もご安心であろう」
と呟かれた。
国を出る前に固めていた決意――ヴィオヘルム様の寵愛を受け、ハイエルンへの庇護をいただくこと――がすでに達成されたのだと、わたくしは知った。