表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

1.どうやら歓迎されているようです(前編)

 わたくしが生まれたとき、臣下たちは喜び、両親は嘆いた。

 生まれたての赤子とは思えぬ光り輝くような美しさは、常に侵略の危機に怯える小国ハイエルンにとって非常に利用価値の高いものだったからだ。

 透きとおる肌に、薔薇色の頬と、吸いこまれそうな黄金花マリーゴールドの瞳。長い睫毛も柔らかな髪も太陽の暖かさをそのまま染みわたらせたかのような赤みがかった金ストロベリーブロンドに輝いていた。

 

 鮮やかな黄金の色彩は、幸運を呼ぶしるし。

 これほどまで濃く、瞳まで金に染まることはめずらしい。

 口には出さないが誰も感じたはずだ、これは他国からも熱望される容姿だと。

 

 両親はわたくしを大切に育ててくれた。周囲の期待を追いはらうかのように、政略結婚の道具ではないと知らしめるかのように。わたくしは両親の愛情に満たされ、小国の姫にふさわしい教育を受けて成長した。

 

 それでも、大人たちの思惑は伝わるものだ。

 十をすぎるころには、わたくしは自分の価値と寄せられる期待を完璧に理解していた。いずれ大国に嫁ぎ、ハイエルンへの援助を願わねばならない。わたくしと引き換えにハイエルンは庇護者を手に入れる。

 忠実な臣下たちは国を守るため、外交先で相手を物色した。強い国の、わたくしと同じ歳ごろの王子たちの名が、ひそやかに囁きかわされた。

 

 そして兄たちの遊学の名目で訪れたグリスウォルド国にて。

 第一王子の一言が、わたくしの運命を決定的にした。

 

 

「なんと美しい姫だ。ぜひ彼女を妻としたい」

 

 

 通訳の者を介して伝えられたその言葉に、わたくしだけでなく兄までもが目を見開いた。

 ヴィオヘルム・ローエン殿下は青みがかった暗灰色ダークグレーの瞳をわたくしにじっと向けていたが、その口元にはわずかなほほえみすら見当たらない。

 射抜く視線で見下ろされ、わたくしは悟った。

 これは命令だ、と。

 

 泣きくずれそうになるわたくしを兄たちが慰めてくれた。

 それでもハイエルンに否はない。すぐさま使者が立てられ、わたくしが十六を迎えたあかつきにはヴィオヘルム殿下へ嫁がせる旨、誓約が交わされた。

 あっけなく決まってしまった未来にわたくしはしばらく呆然とした――もしかしたら両親の望むように、自らの意志で結婚相手を決めることができるかもしれない。そんな夢を見ていたのだとようやく気づいた。

 

 複雑な表情を浮かべる両親を前に、わたくしは精いっぱいほほえんだ。

 

「お祝いしてくださいませ、お父様、お母様。グリスウォルドは大国、ヴィオヘルム様は王太子の身にあらせられます。きっとわたくしを大切にしてくださいますわ。そしてわたくしもこの国に恩返しができることを嬉しく思いますわ」

 

 それは誰の耳にも明らかな嘘だった。

 小国は周囲に怯えて暮らすが、大国は内部に怯えて暮らす。王太子の妃ともなれば様々な陰謀に巻きこまれるであろう。

 言葉も通じぬ相手を選んだのなら、求められたのは美貌。それは世継ぎを産ませるためにほかならない。引く手あまたな王太子に、両親のような愛を貫く気持ちはあるだろうか。

 小国からやってきた妃を、グリスウォルドの人々は受け入れてくれるだろうか。

 わたくしはヴィオヘルム殿下の寵愛を得、ハイエルンへの支援を勝ちとらねばならない。

 

 涙をこらえる両親に抱きしめられながら、わたくしは笑顔をくずさなかった。

 

 嘆いている暇はない。この国のために、できるだけのことをしなければ。

 

 

***

 

 

 それから六年。

 迎えの使者は突然に来た。それはあと三日で十六歳になろうという日だった。

 これまでのやりとりは年に一度の手紙だけ。そのくせこんな、急きたてるような時期に現れて、嫁ぐ支度をしろだなんて。

 きっともうわたくしは、故郷の土を踏めないだろうというのに。

 贈り物だという宝石の数々を眺めながら、あふれてくる悔しさに唇を噛んだ。

 

 誕生日の当日、城でささやかな祝いの席がもうけられた。

 十六歳、本来ならば社交界へのお披露目となり盛大な祝宴の催される歳だ。けれどもその日は親族だけの簡単なもので、おまけに別れに曇る心は喜びとはほど遠かった。

 午後には会を切りあげて、わたくしは城をあとにせねばならなかった。

 

 

 グリスウォルド国章のついた四頭立て馬車コーチに乗り、一か月近くにおよぶ旅路の果て、わたくしはようやく王都へと足を踏みいれた。

 そっとのぞいた都はハイエルンとは比べ物にならないほど栄えていた。隊列を成して空をゆくのは、飛竜ではないか。一頭を養うにも莫大な費用のかかる生き物。圧倒的な国力の差にいまさらおじけづきそうになる。

 幼いころからの侍女アンリが、震える手を握ってくれた。

 

 王都と同じく、城もまた故郷のそれよりはるかに大きかった。

 たくさんの使用人たちがやってきて輿入れの荷物が運ばれていく。

 出迎えた家令に案内されて、わたくしとアンリは城の中を歩いていった。

 ハイエルン城の数倍もある広い廊下には絨毯が敷かれ、そびえ立つ壁には天井との交差に様々な彫刻が施されている。こんなときでなければうっとりと眺めてしまったであろう豪奢さは、いまは威圧的にしか感じられない。

 それこそ竜の腹に食われていくような。

 

 やがてわたくしたちは金細工に縁どられた大理石の前へ立った。それが部屋の入り口だと気づいたのは家令が姿勢を正したからだ。

 そうでなければ壁かと見間違えるほど大きな扉だった。

 

「ハイエルン国より、エリュシオーネ姫、参られました」

 

 響いたのはハイエルンの言葉だった。驚く暇も与えられず、その声にあわせ、音もなく白亜の扉が開く。

 隙間から漏れでるのは、無数の輝き。

 

 光の洪水が瞳を刺した。

 あまりのまばゆさに目がくらむ。よろめきそうになったわたくしの耳を、今度は重厚な音色が襲った。一流の音楽家の手になるとわかる、美しい音楽。

 しかしその旋律は、どこかで聞き覚えのあるもので――。

 

 

「おたんじょ~び、おめでと~!♪ おたんじょ~び、おめでと~!!♪♪」

 

 

 想定外すぎる歌とともに廊下へと躍りでてきた方々を見て、わたくしの魂はハイエルンまで飛んで帰りそうになった。

 

「おたんじょ~び、おめでと~!♪ エリュシオーネ姫~~!!♪♪」

 

 そんなお祝いの歌を合唱ハモりながら現れたのは。

 

 わたくしの婚約者である、ヴィオヘルム王太子殿下。六年の歳月が流れてはいるが顔立ちは変わっていない。わたくしをまっすぐに見つめる、青灰色の視線も。

 相かわらずの無表情だけれど、他の方々とともに小さく歌を口ずさんでいらっしゃる。

 

 その右斜め後ろには頭上に燦然と王冠の輝く壮年の紳士――どう考えても国王陛下。

 さらに左斜め後ろにはティアラを震わせ美しいソプラノを披露されている貴婦人――同じく、どう考えても王妃陛下。

 ということは、満面の笑みで顔をのぞかせている、お二人の面影のある少年たちは――第二王子ニクラウス様、第三王子ミヒャエル様、第四王子レオンハルト様ということになる。

 

「おたんじょ~び~、おめでと~~~!!♪♪」

 

 しかも、グリスウォルド王家の皆様の隣には、お父様とお母様が所在なさげに、けれども一か月前に別れたときと同じほほえみを浮かべて立っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ