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明けない夜と夜明けの世界

作者: 来依

——××××××。

ノイズが耳のそばでかき鳴った。ズキズキと痛む頭はアラートを鳴らしている。安全な日々に廃れ切った生存本能が悲鳴を上げている。美しい、まるで幻のような日々。一生に一度だけ見れる幻想。今やその記憶はないけれど、ただ一つ、はっきり覚えていることがある。それはひどく悲しくて、ひどく切ない思いを抱かせたということを。


大学の帰り、友人と帰路を歩く。友人は考え事でもしているのか、さっきから黙ったままだ。沈黙に包まれているせいもありざわざわと周りがうるさい。くだらない日常がさらにつまらないものになっていく。生暖かい風が頬を撫でる。ギラギラと照りつくような熱線が肌を刺した。

——嗚呼、もうじき日が暮れる。どうしたって笑えなくなったのはいつからだっただろうか。日が暮れ始めると、幻想が脳裏から離れなくなる。フラッシュバックなんてものではない。僕はまだ幻想の中で生きているのだ。・・・思考回路がまともに機能していないのは自覚済みだ。一種のトラウマのようなものであることは間違いないが、病院に行く気にもなれない。第一、病院に行ったところでこの幻想は消えないだろう。薬やカウンセリングで消えるようなものなら、僕はこの幻想に囚われ続けたりはしない。

「ヒロ。どうしたの?」

彼女は美しい笑みを浮かべている。何て綺麗なんだろう。どこか儚い雰囲気を漂わせる彼女が僕は好きだった。白いワンピースが彼女の透き通った肌に映えている。そう、いつもと同じ、綺麗な女性だ。彼女は何も変わらない。僕が何も言わずにいると、ニコニコと笑いながら「そうなの。」と彼女は言った。テレパスというわけではない。彼女は自分の問いに答えなど求めていない。いつものことだ。

「・・・なァ、ヒロ。お前、あの魔女と契約したんだろ?」

ふとこっちを見た友人が真剣そうな顔をして言う。魔女。女か男かはわからなかったし、第一、性別なんていう概念が存在するのかも謎だけれど、たしかに魔女というのは一番合っているかもしれない。ありきたりでちんけな表現だけれど、ほかに言葉は見当たらない。ボキャブラリーの少なさに反吐が出そうだった。

「・・・おい、聞いてるか?」

「嗚呼・・・ごめん、考え事。聞いてるよ、契約ね・・・したよ、確かに。この前も、言ったろう?」

ぐしゃりと友人は顔を歪めた。つらそうな表情をしているのは、僕にその魔女のことを話したのが彼だからだ。

——ヒロ、俺、もう見てらんねぇよ、お前のこと。

そう言って、僕に魔女のことを話してくれたのだ。対価を支払えば、自分の思う通りの世界を見せてくれる存在。絶望と悲痛に塗れ、廃人になりかけていた僕に、少しでも希望を与えられたら、とそう願って。

——お前、まさか、契約を・・・? 嘘だろ・・・? そんな、ちょっと気休めにでもなれば、って、それだけだったのに。ごめん、本当に、ごめん・・・。

と顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いて謝られたのは記憶に新しい。ソレが何だっていうんだろう。何を謝る必要があるのかと僕は不思議に思ったものだった。

「・・・魔女との契約を破棄する方法、無いのか?」

「——なに、突然。何で、そんな・・・。」

「何ってお前、知ってんだろ?! ヒロ、お前、このままじゃ、カラダ乗っ取られて・・・自分を保てなくなって、死ぬんだぞ?!」

周囲の人がなんだなんだと怪訝そうな視線を向けてくる。視線に気づいた友人は僕の手首を掴んで走り出した。彼女は綺麗な笑みを浮かべたまま、僕の後ろについてきた。優雅に歩いたままで。数分もたたぬ間に友人の家につき、半場強引に家に押し込められた。彼女はするりと家に入り込んだ。カーペットの上で胡坐をかく。コップが二つテーブルに置かれ、友人はどさりと座り込んだ。

「・・・なァ、ヒロ。俺の名前、わかるか。」

「・・・え?」

「わかるよな? 幼馴染なんだから。・・・それとも、幼馴染ってことも忘れてるのか。」

僕は何も言えなかった。ぐるぐると思考が回る。幼馴染? そんなこと、僕は知らない。名前だって知らない。僕が知っているのは、目の前にいる同い年の男が友人だという事実のみだった。

「そっか・・・忘れちまったのか、畜生・・・ッ! どこまでも、アレは、人間を馬鹿にしてやがるッ!」

ダンッと友人・・・幼馴染はテーブルに拳をたたきつけた。彼女はにこにこと笑っている。ぶんぶんと頭を振った幼馴染はお茶をぐびぐびと飲み干してからふーっと息を吐き、僕を見た。

「ヒロ、いいや、タカムラヒロキ。俺はアマツカタクミ。タクミでいい。」

「タクミ・・・わかった。」

少し悲しそうにした後、タクミはカバンからノート、筆箱からシャーペンを取り出した。

「アレと・・・魔女と契約したとき、何か言われなかったか? 何か・・・読んだとかでもいい。何でもいい、書いてくれ。」

その顔がやけに真剣だったものだから、僕は少し気圧された。シャーペンを手に取り、何を書こうかと考える。ちら、と彼女を見てみた。相変わらずの笑顔のままこちらを見ているものだから、なぜか少しつまらなく感じてしまった。好きな笑顔のはずなのに、何故だろうか。その答えが導き出される前に、ふと契約の条文を思い出した。

「・・・いいの? 書いてしまって。」

「・・・嫌なのか?」

「いいえ。私は嫌じゃない。嫌なのはアナタ。そうでしょう?」

彼女はすべて見透かしたようにそう言った。僕は感じた違和感に気づかなかったフリをした。

「アナタは契約を破棄したくないはずよ・・・絶対にね。」

必死に聞こえないフリをする。聞きたくないと何故か思ってしまう。そうこうしているうちに、僕は思考の渦に飲み込まれていった。


「やあ、タカムラヒロキくん。来ると思っていたよ。」

僕はあの時、気づけば魔女の前にいて、どうやって来たのかは一切覚えていなかった。古ぼけたローブのようなものを着ている、女とも男とも言えない曖昧な存在。一目見てすぐに胡散臭いと思った。顔も声もどんなものかはわからない。認識できないといった方が正しいだろう。説明しようとしても何も出てこないのだ。まるで魔法にでもかかっているように。

「・・・何故? ×とアナタは会ったことはないはずだ。」

しばらく飲まず食わずだったにもかかわらず声はかすれることもなくいつも通りでたし、眩暈や頭痛もしない。今思えばおかしすぎる状況だったのに、そのときの僕は何も思わなかった。エネルギー不足による思考能力の低下によるもの、といえばその通りだと思うけれど、そんなことが原因ではないような気がした。

「ここには、契約の意思がある者しか訪れない。とはいえ、迷い込んでしまっただけという可能性も0.1%未満、まあ実際にはもっと少ないんだけど、あるといえばある。ゆえに、僕は君に契約の意思があるかを再確認しないといけない。」

「質問には、答えないのか?・・・いや、違うな。×がアナタに会った会っていないは関係がない、ということか。」

「そういうことだ。賢いボウヤは嫌いじゃないよ。」

ボウヤなんて歳じゃない、と若干イラついたのはここだけの話だ。

「では確認しよう。君に契約の意思はあるのかな。」

「・・・ある。」

にやりと魔女が笑い、口角が大きく上がったと共に、ぐにゃりと時空が歪んだような感覚に襲われる。立っていられなくなってその場に座り込んだ。いつの間にか、じっとりと冷や汗をかいていた。身の丈に合わない禁忌を犯してしまったと僕は悟った。アンティーク調の不気味な部屋がぐるぐると回っている。アンティークドールがケタケタと笑っている。床のないぽっかりと浮かんだ異空間に僕はいた。いっそ幻であれと、どれほど願ったことだろう?そんな僕の思いなど全く気づいていないという風に、魔女は黄金の契約書を取り出した。重力を無視して、契約書は僕の前に浮かんでいる。

「前言撤回はできない! 契約の条文を読み上げよう! 

一、××と契約できるのは魂一つにつき一回きりである。

一、××と契約する者は対価を支払わなければならない。

一、対価は××と契約者の両者が納得できるものでなければならない。

一、対価が支払われた瞬間に××は契約者の望む世界を提供する。

一、提供される世界の効力は契約者が死亡するまで持続する。

一、契約者の死をもって契約の終了とする。

一、契約における公平性が無くなった場合、契約は破棄される。

一、契約の終了と共に××に支払ったモノは契約者に返還される。

一、契約が終了する前に契約者の自我が消失した場合、××に支払ったモノは返還されない。

・・・さあ、君の望む世界は何だい? それを聞いてから対価を決めるとしよう!」

もう後戻り何てできないのだと現実をたたきつけられた。僕の望む世界なんて、そんなもの、一つしかない。がくがくと震えるカラダを押さえつけ、僕は——。

「へえ・・・なるほど。いいだろう! 僕の望む対価はただ一つ! 君の笑顔を、対価として差し出しておくれ。」

そんなものでいいのかと僕は拍子抜けした。

「わかった。」

僕の返答を聞き、あはははと魔女は心底楽しいという風に高笑いをした。ペンも何も使っていないのに、契約書に名前が書かれていく。ルインという名前だったのかと僕はぼんやりと考えていた。

「本当に、人間は愚かな生き物だね。」

魔女は馬鹿にするように言った。その声はひどく冷たかった。魔女の瞳が僕を捉えた瞬間、心臓の辺りに激痛が走った。思わず悲鳴を上げ、魔女を睨みつける。魔女の瞳は綺麗な琥珀色をしていて、ギラギラと光っていた。魔女は僕に手を伸ばし、何かを掴んで僕の中から引きずり出した。ソレは青い幻想的な光を発していた。魔女はそれを飲み込み、にやりと笑った。

「契約は成った。」

ふっと意識が遠くなる中で、僕は夜の中に立っている白いワンピースを着た女性を見た。


「・・・ヒロ? どうしたんだ?」

心配そうにしているタクミの顔はすっかり青ざめていた。

「・・・何でもないよ。はい、書けた。」

「この××ってのは何だ?」

「なんか・・・思い出せないんだ。いや・・・認識できてないって方が正しいんだろうね。聞こえたことはわかっているのに、何を言われたかはわからない。」

タクミは何か考え込んでいるようだった。何を考えているのかは大体察せられるというものだ。そもそもの話、僕は契約破棄を望んでなどいないのだけれど。

「・・・一つ、書かなかったのね。どうして?」

「僕は、契約破棄なんて・・・望んでいない。」

ノートをまるで親の仇かといった顔で睨めつけるように見ていたタクミがバッと顔を上げた。信じられないと言わんばかりだった。はくはくと口を開けては閉じを繰り返している。言葉が出てこないのだろう。しばらくしてがっくりと首を落とした。

「そりゃ、お前はそうなのかもしれねえけど・・・気づいてないのか? 自分の姿が変わっていってること。」

スマホの電源を入れたタクミは少し操作したあと、画面を僕に見せてきた。そこに写っているのは少し窶れている僕の姿。違和感があるのは、目が琥珀色に染まりつつあるからだろう。琥珀色は魔女の色だ。

「気づいているよ。これが自我の消失に値することも、このままでは僕は死ぬ・・・いや、消えるということも。」

「なら、なんで!」

ギリッと歯を噛み締めた音がした。

「契約を破棄して、僕に残されるのは何。またあの暗闇に逆戻りだ。・・・そんなのは、望んでいない。ずっと苦しいままなんだ。どうしてあの子は死んだ? 僕のせいだ、そうだろう?!」

「そんなわけないだろ! あれは仕方ないことだった、お前は何も悪くない! 車が信号を無視して突っ込んできて、それで・・・。」

「あの子は僕を庇って死んだ。それが全てだ。」

ぼろぼろと涙があふれてきた。大粒の涙が頬を伝い、テーブルへ落ちていく。拭う気になんてなれなかった。

車が猛スピードで突っ込んでくるのが見えた彼女は、気づかずに横断歩道を歩く僕を歩道へ引っ張った。華奢な体格の割に力のある女性だった。そして、勢いを殺しきれず車道に飛び出してしまった彼女が撥ねられたのだ。今でも鮮明に覚えている。撥ねた車はそのまま逃走し、彼女の体からは血がどくどくとあふれ出して・・・。救急車は間に合わなかった。打ちどころが悪かったのか、ほぼ即死だったと聞かされた。痛みをほぼ感じずに逝けたのならそれだけはいいことだったのかもしれない。壊れた僕の頭はそんな考えをたたき出した。——時間が止まったままだとはよく聞くフレーズだが、その通りだった。

車の運転手は酒を飲んでいたらしい。覚えてませんと裁判では連呼し、罪の意識などさらさらないといった様子だった。アイツを殺せば彼女は戻ってくるだろうかと馬鹿げたことを考えた。戻ってくるはずがないというのに。

「なァ、ヒロ。よく考えてみろよ。アイツはこんなこと望まない。幻想に囚われて自分を消しちまいそうな男にアイツは惚れたりしない。」

「・・・そうだろうね。僕もそう思う。」

舌打ちをしたタクミは僕の胸倉を掴み揺さぶった。

「死んだアイツに顔向けできないようなこと、してんじゃねぇよ! いい加減現実を受け止めやがれ! いつまでも自分を責めて・・・それじゃなにも変わらないだろ?!」

「・・・タクミの言う通りよ、ヒロ。私が生きているホンモノなら、きっと失望したことでしょう。」

タクミは悲しそうだった。涙の膜がタクミの瞳を覆っていた。涙で歪んだ視界でもわかるほどにタクミは苦しんでいた。

彼女はもう笑っていなかった。冷たい視線が僕を刺した。

「ヒロの思考回路は、魔女の思考回路の浸食を受けている。まともな判断はできやしない。だからアナタは条文を一つ教えなかったのよ。アナタにしてみれば、タクミの存在は予定外もいいところ。契約が破棄される可能性は一つでも潰しておきたいはずだもの。」

彼女は少し悲しそうにした。彼女の言うことが真実なら、自我の消失は僕が思っていたより早く訪れそうだった。

僕は嬉しいことだと思った。——××。

僕は早く消えてしまいたかった。——×××××。

ノイズが耳元で鳴っている。不快な音ばかりだ。聞きたくない。最近、ノイズが頻繁に聞こえるのは何故だろう。幸せな幻想のなかにいるはずなのに、不快なことばかりだ。彼女は笑顔を浮かべていない。彼女の笑顔が見たいのに、もう見られないのだろうか。

笑顔じゃない彼女なんて、イラナイでしょう? ずっと幸せでいたいでしょう? 美しい星空の下で笑ってくれた彼女みたいに、笑ってくれる彼女は好きでしょう?

——嗚呼、頭が痛い。ぼんやりとして何も考えられなくなっていく感覚がした。

「私は幸せな幻想であれと作られた。私はヒロの望む幸せの象徴だった。——だからこそ、私は今のヒロの思考回路がおかしいってわかるのよ。」

彼女は涙を流していた。透明感のある白い肌にはヒビが入り、四肢の先から徐々に剥離していく。

「今の状況のままでは、ヒロは不幸になってしまう。自我を乗っ取られることを、契約時のヒロは望んでいなかった。少しの間、ホンモノの私が生きていた未来を見たいと願っただけだった。」

「あの子が、生きていた未来・・・?」

「・・・ヒロ? ヒロ! どうしたんだ、おい! しっかりしろ!」

気が遠くなる。タクミがどこかへ電話している。僕は訪れる睡魔に身を任せ、そのまま目を閉じた。


目を開けた僕が見たのは、あの子とその隣で笑っている自分の姿だった。

あの子は包帯を身体中に巻いていて、片足片手はギブスに包まれていた。病院のベッドに横たわる彼女は相変わらず美しかった。そうこうしているうちにタクミやあの子の友人たちが見舞いにきて病室は賑やかになった。

「それにしても、ほんと、生きててよかったよな。」

「ちょっ・・・縁起でもないこと言わないでよ。」

あの子が好きだからというのもあるのだろうが、彼らが食べたかったから選ばれたであろう見舞い品のケーキを取り分けていた女性がしかめっ面をした。

「いや、悪い悪い。卒業までもう少しだし、数年以内には結婚確実で幸せ真っただ中って感じなのに、お前が死んでたら・・・想像したくもないけど、ほんと、よかったよ。」

想像したくもないと言われた場合の末路は見ての通りだ。妙な契約をして挙句の果てには自我まで失いかけているというのだから笑えない。ほんとねー、などと女性は同調している。想像しただけでやばかったわ、などと盛り上がっている彼らでもこうなっているとは思いもしないだろう。

「な、どう思う? 自分が死んでたら、なんて気分のいいもんじゃないだろうけど。」

取り分けられたケーキを頬張っていたあの子は少し考えたあと、口を開いた。

「自殺するとは思えないけど、抜け殻にはなっているでしょうね。数年は立ち直れないんじゃないかしら。自分のせいだ、とか言ってふさぎ込んでいると思うわよ。」

なかなか的を得ているのがぞっとしない。聞いた彼らも空笑いをしている。

「・・・もしそうなっていたら、私は成仏したくてもできないでしょうね。」

「心配してくれてるのか。」

「ええ。当たり前でしょう? あなたが新しい幸せを見つけるか、立ち直れるまで、ずっとあなたに憑いていてあげるわよ。——それなら寂しくないでしょう?」

「・・・嗚呼、そうだな。」

彼らは砂糖を口に詰め込まれたような顔をした。我ながら甘ったるい空気を醸し出しているものだと、僕も胸焼けしたような感覚を覚えた。

その数秒後、ぶつん、とデータが途切れたように目の前の光景は掻き消えた。


「・・・どう? あなたの望んだ本当の世界は。」

僕は何も答えられなかった。

「まだ自我をなくすことを望んでる?」

これからどうするとか、戻ったところで何になるとか、そんなことはどうだってよかった。

「君がいないとつまらない。・・・君がいないと、きっと何かをするのにも尻込みして、くだらない日常をくだらないままに過ごすことになる。」

「・・・そうね。」

いつの間にか頬には涙が伝っていた。ずっと見て見ぬフリを続けてきた。ずっと逃げてきた。もう遅いかもしれない。——それでも、俺は。

「もう、終わりにする。死者にいつまでも執着するのはやめる。もう成仏させてやらないといけない。・・・そうだろ?」

「・・・ええ、そうね。」

彼女は泣いていた。嗚咽を漏らすこともなく涙を流していた。

「消えてなくなってしまっても、愛し続けるのは許してくれ——サラ。」

「ほんとうに、ばかなひと・・・。」

——あいしてるわ。

鈴のようなその声は、掠れて、静かに消えて逝った。


目を覚ましたとき、俺は病室にいた。ベッド横の椅子には眠っている拓海がいる。カーテンの奥がじんわりと明るくなってきていた。夜が明けたのだとぼんやりと考えた。身じろぎをしていると、物音で拓海が目を覚ました。俺の顔を見た拓海はぼろぼろと涙をこぼし、寝起きとは思えないほど強く抱きしめてきた。何が悲しくて男に抱きしめられないといけないのか、と一瞬思ったけれど、俺は甘んじて受け入れた。

「なあ、行きたいところがあるんだ。ついてきてくれるか。」

「・・・どこにだよ?」

ようやく離してくれた拓海に俺は言う。

「——サラの、墓参りに。」


かなり駆け足になってしまったような気もします。

ハッピーエンドと取るか、バッドエンドと取るか・・・それは読者の皆様次第だと考えています。

最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました。

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