5. プエラの面影
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「何をしても許すんだよな、ライアン」
ノウムは苦笑いを浮かべて操縦桿を握り直す。
輸送船の墜落時間を遅らせるために思いついた策は単純なこと。しかしそれは自殺行為にしか見えない行動だ。きっとライアンは怒るに違いない。
だが今はその方法しか思いつかないのも事実。ライアンがノウムを信じているように、ノウムもライアンを信じている。ライアンが十二秒の時間が欲しいと言うのであれば、それは十二秒以内でなんとかできるという自信があるからなのだ。
だからノウムは十二秒という時間を稼ぐことに集中する。
「いくぞッ!」
気合いの息吹を吐いたノウムはネオネモを急降下させ、ぐんぐんと高度を下げている輸送船の下に潜り込ませた。
そしてその小さな船体で輸送船を支える。だが輸送船の重みはネオネモの上部を押し潰してくる。それはネオネモの操縦室も例外ではない。
鳴り響く警告音と計器から飛び散る火花にノウムは歯を食いしばった。
「くッ! さすがにきつかったかぁ?」
ネオネモでこの輸送船を支えきれないことはわかりきっている。だが十二秒支えるだけならと思っていたのだが、想像以上の負荷にネオネモの船体が悲鳴を上げている。
「もう少し……もう少しだけもちこたえろ!」
視界に映る地表が見る間に大きくなってきた。
あと数秒ももちそうにない。その時--
≪よっしゃ! 切離し成功っ!≫
ライアンの明るい声に、ノウムはネオネモを輸送船から離脱させた。
尻に火がつく輸送船はそのまま落下して地表に激突。大爆発を起こす。
「ふぅ。間一髪、だったな」
ネオネモを上昇させたノウムは切り取ったロフト部を抱えるダルマンに親指を立てた。
ライアンもかなり無理な事をしたのだろう。ダルマンの左腕が力なく垂れ下がっている。ロフト部を吊っているワイヤー三本が切れているのは、無理やり引き離した時のものだと容易に推測できた。
「うるさいな。もう黙っててくれ」
今だ鳴り響く警告音に顔をしかめ、ノウムは音を止めた。
通信を知らせるノイズが走る。
聞こえてきたのはライアンの怒号だった。
≪こらノウムッ! 天板ぺちゃんこにしやがって! 誰が直すと思ってんだッ!≫
「なにをしても許すって言っただろ?」
通信から顔をそむけ、ノウムは指を耳に入れる。
≪バカヤロウッ! 修理するのだってタダじゃないんだぞ!≫
「だったら、乗組員をベルファクトに送った時に謝礼を貰うか?」
≪アホ! 空での助け合いに金なんか貰えるか! 流儀に反する!≫
空で助け合うのは当然のこと。困っていれば無償で助け合うのが空に生きる者たちの流儀である。
ノウムやライアンも、見ず知らずの空挺乗りに助けられたことは一度や二度ではない。
「だったら過ぎたことを言うなよな。みんな助かったんだからそれでいいじゃないか。なんでそんなに怒るんだよ」
≪これで貯金が無くなるんだぞ! 怒らないと俺の気が晴れないだろうが!≫
「それは困ったな。ライアン、お前は今日からしばらく、メシはパンだけだぞ。スープは無しだからな」
≪お前もだよ!≫
こんなやり取りが可笑しかったのか、通信に女の子と思えるクスクスとした笑い声が混ざる。
声の主は切り離したロフト部にいるのだろう。ダルマンとはワイヤーで繋がっているため、触れ合い回線で聞こえていたらしい。
≪そらみろ、笑われちまったじゃないか≫
「誰のせいだよ?」
≪それ本気で言ってるのか?≫
「お前のせいだろ?」
≪お前だよ! もういいから早く格納庫を開いてくれ。こんな不毛なやり取りは好かん≫
「同感だ。それじゃ……あれ?」
≪どした?≫
ノウムはライアンの声を耳に入れながらスイッチを入れるのだが、格納庫の扉が反応しない。
「今度は本当に電気系統がやられたみたいだ。格納庫が開かない」
≪なにおぅ!?≫
「まあ待て。自動操縦に切り替えて格納庫に降りてみる。損傷具合はわからんが、手動なら何とかなるだろ」
再びライアンの怒号が聞こえる前に通信を切り、ネオネモを自動操縦に切り替えたノウムは格納庫へと降りていく。
「扉がひん曲がってなきゃいいんだがな」
格納庫に降りたノウムは扉の傍にある開閉スイッチを確認した。
「あらら。さっきの衝撃でショートしたか」
スイッチ部からは細い煙が上がっていた。なかの配線が焼けてしまったようだ。
「仕方がない。がんばるか」
ノウムは鼻から気合の息を吐き、袖口のボタンを外して腕を捲った。
腰のベルトからワイヤーを引っ張り出して壁からコの字に突き出ている鉄枠に固定。安全帯である。
壁にある半透明のシャッターを上げるとそこにはハンドルがあり、そのハンドルから取っ手を倒して回し始めると、ゆっくりと格納庫の扉が開き始めた。
「んぐっ……くっ……くっ……」
全身を使ってハンドルを回す速度を上げると、扉もそれに呼応する。
扉が全開するまで三十秒ほどしかかからなかった。
≪よお、おつかれさん≫
肩で息をするノウムの横をダルマンが抜けて行き、ゆっくりとロフト部を船内に降ろした。
ヘリコプターのようにまわっていたプロペラは回っていない。
それが気になったのか、ロフト部から出て来た白衣の老人がダルマンに話しかけた。
「羽が回っておらんのになぜ飛べるのだ?」
通信していた人物と同じ声。この老人がスキーレ博士だ。
ダルマンがスキーレへと向く。
≪不思議かい? 実はさ……ちょっと待ってな……≫
ライアンは言葉を止め、まだ少し浮かせていたダルマンを着船させる。そして胸のハッチを開いた。
「実はさ、ダルマン自身に反重力装置が取り付けてあるんだ」
ライアンは自慢顔でダルマンから飛び降りるが、老人は首を傾げて納得しかねている。
「では、なぜプロペラを?」
その質問が聞こえたノウムはプッと笑って顔をそむけた。
ダルマン完成の時に同じ質問をした記憶が甦ったのだ。
そしてライアンはその時と同じ、よくぞ聞いてくれたという顔で答える。
「カッコいいからだ」
「――は?」
老人の目がテンになった。
だがライアンに気にする様子はない。
「このダルマンの造形美は言うまでもないが、このままの姿で空を飛ぶには何かが足りない気がしてね。かといって翼をつけたら造形的なバランスが崩れてしまう。しかしプロペラをつけた姿ならどうだ――」
ライアンが手でダルマンを指した。
「空を飛ぶソキウスのなかでも一番美しくてカッコいいだろ」
「はあ……」
スキーレの口は開いたまま。高笑いするライアンになんと言葉を返してよいのかわからない様が見て取れる。
安全帯を外したノウムはそんなスキーレに近づき、ライアンに聞こえないように耳打ちする。
「気にしないでください。あいつの美的センスは常人には計り知れないので」
「そ、そのようじゃの……」
「それより、あなたがスキーレ博士ですね。発砲を止めてくれて助かりました」
「なんの、礼を言わねばならんのはこっちじゃ。おかげで命拾いしたわい。お前さん方の名を聞いてもいいかの?」
名を聞かれたノウムは一瞬言葉を詰まらせた。
「え……と、ノウムです。あそこのサングラスはライアンといいます」
それを聞いたスキーレは驚きの表情で目を開く。
「ノウムにライアン?……もしや、リベラティオ戦役の英雄か?」
このリベルタス共和国どころか、ノウムとライアンはストゥル帝国にまで名を轟かせた有名人。本人たちの希望で顔は公表されていないが、その名を知らない者の方が少ない。リベラティオ戦役を経験した者ならなおさらである。
自分を助けてくれたのがそんな有名人だと知り驚くスキーレに、ノウムは心底嫌な顔で視線を逸らす。
「その呼び名は好きじゃない。今はただの運送屋ですよ」
ノウムとライアンにとって、今はリベルタス共和国の首相となっている当時の領主をストゥル帝国から救出したのは偶然にすぎない。さらわれてしまった妹を助けるついでに救出した人々のなかに領主がいたというだけのこと。
その妹も幼い命を落とし、帰ってきてからは軍部によって民衆を奮起させるためのプロパガンダにその名を使われた。
二人にとってリベラティオ戦役の英雄という呼び名は、人々を戦地へと赴かせ、多くの命を散らせた忌まわしい呼び名でしかない。
気を取り直すように息を吐いたノウムはスキーレに視線を戻す。
「見たところ大きな怪我はないようですが、他の人は? 誰か怪我をしているのなら応急処置くらいはしますよ」
そう言いながらロフト部へ向かうノウム。それに対し、ロフト部から出て来た兵士が腰から銃を抜く。
「近づくんじゃないッ!」
大きな声でノウムを威圧して銃口を向けた。
「な、なんだぁ!?」
驚きの声を上げたのはライアン。まさか助けた人物に銃を向けられるとは思いもしなかったのだろう。
それはノウムも同じ。足を止め、驚きの表情で兵士を見ている。
スキーレがノウムの前に出た。
「これこれ、助けてくれた恩人に銃など向けるでない。そんな物騒なものはしまいなさい」
好々爺とした表情に兵士は戸惑う。
「しかしスキーレ博士……」
「しまえと言っておる」
スキーレが間髪入れずに放った二度目の言葉は刺々しかった。
あまりの豹変ぶりに兵士は押し黙り、渋々と銃を腰に戻す。
ノウムとライアンがホッと息を吐いたその時、この隙を窺っていたかのようにロフト部から少女が飛び出してきた。
「お、おい、待てッ!」
少女を追って飛び出てきた兵士が声を上げるが少女は止まらない。
走っているわけではない。下半身の尾びれで跳ね上がり、今だ開いている格納庫の扉から船外へ飛び出そうという動きである。
「に、人魚!?」
思わずノウムは声を上げた。
長い水色の髪の少女は、上半身は人間、下半身は魚という人魚だったのだ。
「これッ、どこへ行くッ! ええぃ! はやくその娘を捕まえぬかッ!」
怒号に似たスキーレの声。
皆が呆気にとられるなか、反応したのはノウムだった。
スキーレに言われたからではない。ここは飛行中の船内。外へ飛び出せば地上まで真っ逆さまである。
必死に逃げようとする少女にそれがわかっているとは思えなかった。
「そっちはダメだッ! ここは空なんだぞ!」
外へ向かう少女を追うノウム。
その後ろからライアンが声を張り上げた。
「ノウムッ、これを使えッ!」
振り向いたノウムに投げ渡されたのは細いワイヤー。それはダルマンに繋がっている。
このまま追っても間に合わないと悟ったライアンの好判断だ。
ハッチから外へと飛び出してしまった少女。
ノウムは迷うことなく船内から身を投げ出して少女を追った。
空中でワイヤーを腰のベルトに括り付け、混乱して叫ぶ少女に近づいていく。
「舌を噛むから口を閉じるんだ!」
ノウムは叫ぶが、きりもみ状態の少女に聞こえているとは思えなかった。
そして少女の動きが止まる。気を失ったのだろう。
「もう少し……よし、つかまえたっ!」
なんとか少女の腕を掴んだノウムは、その華奢な体をぐっと引き寄せた。
そして少女を抱いたままネオネモに向かって手を振ると、数秒後にゆっくりと落下速度が落ちる。
様子を見ていたライアンがダルマンを操作してワイヤーに抵抗をかけたのだ。
ノウムたちの落下が止まると、今度はゆっくりと引き上げられていく。
空中で釣糸の先に仕掛けられた餌のようになっているノウムと少女。
気絶している少女はすやすやと寝息を立てている。水色の髪が垂れているので表情はわからないが、まるで昼寝をしているかのようだ。
そんな少女にノウムは呆れ顔で笑みを浮かべ、少女の額の髪に触れた。
「まったく、とんでもないお嬢さんだ。しっかし人魚族とは珍しいな。海洋汚染のせいでこの辺りにはもう住んでいないと聞いていたが……な!?」
少女の髪をかき上げたノウムは驚きの声を発した。
顔を見てみようと思ったのは興味本位からだった。人魚族は出生率の悪さからその個体数は多くない。その代りともいうべきか、人間ならば致命傷となるような傷も人魚族ならば三日もあれば傷跡すら残らないという驚異的な回復力があり、寿命も数百年あるともいわれている。
人間と関わることを嫌う人魚族は滅多に人前に姿を見せる事はない。人間からみれば伝説的な生き物だ。
そんな種族を見ることができたというだけで驚きだったのだが、ノウムが驚いたのはこの少女の顔を見たからだ。
「プ、プエラ……?」
ノウムは目を丸くし、信じられないという顔で少女を見つめた。
この少女はリベラティオ戦役時に亡くなったノウムの妹、プエラに瓜二つ――いや、正確にいえば少し違う。八才で亡くなったプエラが、おそらく十五か十六才くらいであろうこの人魚の少女くらいまで成長したのであれば同じような顔つきになっていたに違いないというくらい似ている。
揺れるワイヤー先端。ノウムは腕に抱く人魚の少女から目を離すことが出来ないままぶら下がっていた。
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