4. 救出作戦
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その黒煙は薄らと半島の方へも伸びている。ストゥル帝国との小競り合いがあったのは間違いないだろう。
「おいおい、あれじゃ墜落しちまうぞ」
ライアンが上体を起こして背もたれを戻す。
輸送船の高度がどんどん下がっている。あれではベルフェクトどころか、渓谷を抜けることも出来そうにない。
「しょうがないな。行くか?」
言葉とは裏腹に、ノウムの目は行く気になっている。
そんなノウムを横目に、ライアンは前のめりになってズレかけたサングラスを直した。
「あたり前だろ。空に生きる者同士、見捨てるなんて出来るか」
「だな。ライアン、ダルマンの出番があるだろうから待機しててくれ」
「あいよっ!」
シートベルトを外し、ライアンが格納庫へと降りていく。
ノウムはネオネモを被弾した輸送船へと向けた。
「間に合ってくれよ」
緊張感のあるつぶやき。
その輸送船はそれほどに不安定な飛行を続けているのだった――。
◇
ネオネモが近づくと、輸送船の前方から火が噴いたように見えた。
機関銃を発砲したのだ。
「なっ!?」
ノウムからみれば予想だにしない攻撃。それでもノウムはネオネモを傾けて銃弾を避ける。
「なんだよ、助けに来てやったってのに」
手早く無線の周波数を合わせて輸送船に話しかけた。
「こちら輸送船ネオネモ。貴船を救助しに来た。発砲を止めていただきたい」
いまだ続く発砲のなか、ノウムは巧みにネオネモを操って銃弾を避けている。
そして銃弾の雨が止んだ。何度かノイズ音が響き、輸送船からの通信。
≪こちらはリベルタス軍部の輸送船である。もうじきベルファクトからの救助が来るはずだ。よって貴船からの救助は必要ない。すぐに立ち去れ≫
ノウムは渋い顔で返答する。
「こちらはそのベルファクトで積み荷を降ろした帰りだ。あちらでは救助ではなく着陸準備をしていたが、貴船はそこまでもつのか? 見たところ、渓谷すら越えられそうにないが」
少しの間を置き、今度は年老いた人物の声で応答があった。
≪儂はスキーレ博士。この輸送船の責任者じゃ。貴船への発砲を許していただきたい。見ての通りストゥル帝国にやられての、皆血気づいておるのじゃ≫
「こちらへの被弾はないし、もう過ぎたことだ。それより、本当に救助の必要はないか?」
≪いや、今すぐの救助を願う。翼の反重力装置がやられての、あと十数分飛ぶのがやっとじゃ。不時着しようにも、反重力装置がこれでは不時着の衝撃に船体はもたんじゃろうしの≫
「了解した。これより貴船の真上につける。連絡を待て」
ノウムは操縦桿を握りなおす。そこへ――
≪おいノウム! 今のはなんだ!?≫
ダルマンからだろう。ライアンの鼻息荒い声が響く。
「なんでもない。歓迎の花火をもらってたんだよ」
≪あ? 歓迎の花火ってなん――≫
ノウムは言葉途中で通信を切った。
銃撃されてたなんて言おうものなら、ライアンならダルマンでやり返しかねないのだ。
「まあ、歓迎……って感じじゃなかったけどな」
ノウムは苦笑いを浮かべる。
もしこの場にライアンがいたら、キレていたのは自分だったであろうという自虐的な笑みだ。
ネオネモは旋回して輸送船の真上を飛行する。
ノウムは通信を開いた。
「こちらネオネモ。聞こえるか?」
応答はすぐにあった。
≪よく聞こえるわい。それで、どうするつもりじゃ? まさか、その小さな輸送船で儂らを引っ張ろうというわけじゃなかろうな≫
「まさか。まず確認したいことが二つある。救助人数は何名だ」
≪全部で四名。それと荷物じゃ≫
「四人? でかいわりにそんなに乗ってないな」
≪襲撃で皆やられての。護衛機も役に立たなかったわい≫
「そうか。では次の質問だ。貴船はM-78型で間違いないか?」
少し間が開く。スキーレが確認を取っているのだろう。
博士ということは軍部の研究者か、とノウムが考えているとスピーカーにノイズが走る。
≪うむ。間違いないそうじゃ≫
スキーレからの返答に、ノウムは記憶からM-78型船の特徴を引っ張り出す。
「たしか、M-78型は格納庫上部の一角が小さなロフトになっていたな。狭いが五、六人くらいなら入れるはずだ。スキーレ博士、かなり不安定になるだろうが、自動操縦に切り替えて乗組員をそこへ集めてくれ」
≪何をするつもりじゃ≫
先の読めない要求に、スキーレは不安げな声を出した。
ノウムはゆっくりとその意図を切り出す。
「乗組員の集合を確認後、こちらのソキウスでその一角を切り取って救助する。その時には火花が出るから気を付けてほしい」
≪作業用ソキウスを着舷させるじゃと? 空中で飛び乗るつもりか? 振り落とされるぞ≫
ベルファクトにあった蜘蛛型のソキウスを思い浮かべたのか、スキーレは悲鳴に近い声を出した。
「大丈夫。こちらのソキウスは、一応飛ぶことも出来るんでね――」
ノウムは涼しげな顔で答え、先を続ける。
「あと、積み荷は諦めてほしい。人命優先で頼む」
≪しかしじゃな……≫
「時間がない。早く行動に移ってくれ。通信終わり」
一方的に通信を切った。輸送船の状態を見る限り、相手の言い分を聞いている暇はないのだ。
「ライアン、準備はいいか?」
ノウムはダルマンへと通信を繋ぐ。ライアンの準備が出来ているかの確認だ。
≪こっちは出待ちしてんだ。さっさと開けろぃ≫
帰ってきたのは気合十分なライアンの声。鼻息が荒いと言った方が正しいかもしれない。
「はいはい。要救助者は四名だ。格納庫上部のロフトになっている一角に集まるよう伝えてある。場所はわかるよな?」
≪M-78型だろ。お前さんより詳しいよ≫
自慢げに鼻を鳴らす音。
飛行船のメンテナンスからソキウスの設計・製作までこなすライアンの頭には、あらゆるデータが詰め込まれている。
「だな。それじゃ、格納庫開くぞ」
ノウムがスイッチを入れると、格納庫の扉が開く音が船内に響いた。
≪よっしゃ! ダルマン、出るぞッ!≫
扉が開き切った時、ライアンの声と共にダルマンが急発進した。
格納庫から空へ飛びだしたダルマンの背から二本の太い棒が突き出る。そしてその棒が傘のように開いたかと思うと、ダルマンはヘリコプターのように空を飛ぶ。
「やっぱり、見た目が悪いんだよなぁ」
モニターでダルマンの飛行を確認したノウムは口先を尖らせた。
出来損ないの団子にプロペラがついているようにしか見えないその姿は、お世辞にも格好良いとはいえない。
ノウムとライアンの役割は、ノウムが操縦でライアンが製作整備が基本である。だが、ダルマンに関してはライアンは操縦を譲らない。
ノウムがそのボテッとした姿に文句を言ったからであった。
とはいってもライアンの操縦技術もかなりのもの。だからこそノウムは安心してダルマンを横目に、M-78型輸送船の動きに集中する事が出来ているのである。
◇
ダルマンが格納庫上部に接舷。
ライアンはモニターの一部を温度センサーに切り替え、ロフト部に乗組員が集まっているかを確認した。
「あれ? 五人いるじゃん。要救助者は四名だって言ってなかったか?」
サーモグラフィーは五人分の熱源を感知している。
≪生きてた乗組員がいたんだろう。それよりどうだ? 切り取れそうか?≫
ノウムからの通信に、ライアンはレバーを入れながら答える。
「幸運と言っていいのか、ちょうどいいところに被弾した穴が開いてるからな。一分以内に切り取ってやるさ」
ダルマンの腹の一部が開いて八本のワイヤーが飛び出す。その先端は杭のように尖っているが、輸送船のロフト部まわりに突き刺さると船内で開いた。
その固定されたワイヤーを巻いて輸送船に接近したダルマン。三本指のついた手のひらから円形のノコギリを出してワイヤーの外周を切り出した。
船内では火花が散っているのだろう。触れ合い回線といわれるワイヤーからの振動を通じた音声で乗組員たちの悲鳴と怒号が聞こえる。
「レーザー使って焼け死ぬよりましだろ。ちったぁ我慢しろい」
軽い火傷をしているかもしれない乗組員たちに同情しつつ、ライアンはノコギリの回転数をさらに上げた。
だがここで後方のエンジン部に爆発が起きる。
激しく揺れる輸送船とダルマン。
「うわっちょちょ! もうちょい、もうちょい待てぃ!」
急降下する機体にライアンが悲鳴を上げた。
まだ完全に切断できてはいないが、ライアンはワイヤーを巻いて強引にロフト部を切り離そうとする。
しかしそれは叶わず、逆にダルマンが船体に引き寄せられてしまった。
「ノウム! あと十二秒だ! なんとかしろ!」
≪なにをしてもいいのか? かなり強引だぞ?≫
間髪入れずノウムからの返答があった。
「許す! なにをしても許すからはやくして!」
≪了解した。なんとかするさ≫
冷静なノウムの声に、ライアンは作業を進めながら口もとを弛める。
どんな策を思いついたのかは知る由もないが、ノウムがなんとかすると言うのであればなんとかなる。それは長年の相棒を信頼する表現だ。
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