3. ソキウス
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遅いぞッ、と苛立つ係員たちに愛想笑いを浮かべながらペコペコと謝り、二人は貨物室のシャッターを開いた。
小型船といえどもその貨物室はそれなりに広い。戦車も二台積み重ねれば四台は収納出来る広さである。その中央にポツンと固定されてある木箱。小型車一台分ほどの大きさがあるのだが、貨物室のがらんとしたなかにあるそれは小さく見える。
「よし、ソキウスを中に入れろ」
タラップが降りたのを確認した係員のひとりがそう言うと、傍で待機していた四本足に腕もついている蜘蛛のような作業用ロボットが動き出した。
「あ、降ろすのはうちのソキウスでも出来ますけど? 車輪付きの方が安定するだろうし」
ライアンが親指で貨物室の奥を指す。そこには赤色に塗装されているダルマの体に、先端が三本指になっている腕をつけ、足の代わりに四本のタイヤがあるソキウスがあった。
ソキウスは、操作するのに有人・無人を問わないロボットの総称である。相棒の意味を持つそれは、今も上空でネオネモの離陸を待つ人工知能を持ったアウィスにも用いられている。
「あんなブサイクなソキウスに運ばせられるか。――おい、早くアレを運び出せ」
ライアンへ馬鹿にした笑みを浮かべ、係員は四本足の操縦士に指示を出した。
「ぶ、ブサイクだとぉぉぉ。俺が作ったダルマンは万能型ソキウスだぞ……」
拳を震わせるライアン。
「ま、見た目だけを言えば――おっと……」
係員に同意しかけたノウムだが、ライアンの厳しい視線を受けて口をつぐむ。
サングラスをかけているものの、怒っているのが容易にわかる表情をしているのだ。
「見た目が何だって?」
「いや、なんでもない……」
ノウムは頬を掻きながらライアンから視線をそらした。
四本足のソキウスは貨物室に入ったのだが、その動きはぎこちない。
操縦者が不慣れなのかと心配になるリベルとライアン。素人操縦で船に傷でもつけられてはたまらないのだ。
木箱を上手く掴めないその様子に係員は青筋を立てる。
「なにをやっているんだッ、さっさと運び出せッ」
≪駆動系の調子が悪いんですよッ、文句なら俺にじゃなくて整備士に言ってください!≫
スピーカーからの声が貨物室に響く。操縦士もかなり苛立っているのだろう。
そのせいなのか、再びつかみ損ねた操縦士が木箱の一部を破損させてしまった。
「おいおいおいおい。やっぱり俺がやるから、あんたたちは下がっていてくれ」
たまらずライアンが貨物室に入り、木箱の奥にあるダルマンへと向かって行く。
「積み荷に傷をつけて困るのはお互いさまだろ? ここはプロに任せてほしい」
ノウムに下がるように言われた係員は、舌打ちをして操縦者にも下がるように命じた。
貨物室に入ったノウムは四本足のソキウスとすれ違って木箱へ向かう。積み荷が何なのかは知らないが、もし破損していた場合、その責任を問われてしまうことを危惧したのである。
「派手に壊しちゃって。中身は大丈夫だろうな……」
破損した部分から中をのぞき込む。
暗くてよくわからないが、水槽のようなものがあり水も張られているらしい。幸いなことに木箱と水槽との間には緩衝材があり破損はしていないようだ。
ノウムが安堵の息を吐き、ダルマンからの「壊れてないかぁ?」というライアンの声に指で輪を作った。
ライアンの操縦は見事だった。
三本指の関節を器用に操って木箱を持ち上げ、安定した四本のタイヤで揺らすことなく外へと搬送。そして音を立てることなく木箱を降ろした。
一見すると簡単そうに見える作業だったが、その巧みさは蜘蛛のソキウスの操縦者から感嘆の口笛が鳴るほど丁寧で迅速な動きであった。
「では、受領書にサインをお願いし……」
ノウムが係員にサインを求めた時である。突如ベルフェクトに警報音が鳴り響いた。
そしてスピーカーから管制官の慌ただしい声。
≪204輸送船が被弾した状態でこちらに向かっており、13番デッキに着陸させる。係の者は準備されたし。繰り返す――≫
管制官の声に係員は舌打ちをする。
「204輸送船って、実験動物を捕獲しに行ったとかいう……。なんで被弾しているのをここに来させるかなぁ。5番デッキの方が近いだろうに……」
苛立たしげに頭を掻いた係員は、大声で消火剤の準備をするよう命令しながら場を離れようとする。
「あの、すみません」
「なんだッ!」
ノウムに止められ、係員が声を荒げて振り返った。
「受領書にサインをお願いします」
ノウムの営業用スマイル。
緊急事態なのは理解しているが、今の係員には自分にかまっている暇などないということも理解している。
この笑顔は嫌がらせ以外の何物でもない。
「まだいたのか、さっさと帰れッ!」
係員は文字になっていないサインを書いて乱暴にノウムへと突き返す。
そして蜘蛛のソキウスを指差した。
「おいお前ッ! はやく木箱を中へ運べよッ! 行動が遅いんだよッ!」
この言い草に操縦士は舌打ちを返した。
「なんだ今の舌打ちはッ!」
≪やべッ≫
蜘蛛のソキウスからスピーカーを切る音。
操縦者はスピーカーを切るのを忘れていたらしい。
そんなやり取りの間にライアンはダルマンをしまって格納庫の扉を閉めていた。
「なんか嫌な雰囲気だねぇ。ノウム、はやくおいとましようや」
ライアンが歩み寄ってきたノウムにそう言うと、ノウムもすぐさま同意。
「だな。厄介事を作っても巻き込まれるなってのが信条だし」
その言葉にライアンがニヤつく。
「そゆこと」
二人は足早にネオネモへと乗り込んで離陸させた。
警報が鳴りやまないベルフェクトから離れるネオネモ。
追尾してきたアウィスが去ってからも荒野を飛行し、長く続く山の渓谷を抜けると細々とした水が流れる川が見えた。
そしてその向うには海も見える。
広げた扇を逆さまにしたような湾。左手には半島がある。その半島を境にしてストゥル帝国との軍事境界線があった。
その軍事境界線はストゥル帝国とリベルタス共和国が互いに領土だといって譲らない土地である。よって大きな戦闘はないものの、終戦して十年経った今でも軍事的な小競り合いが絶えない。
「おいライアン。あれがベルフェクトで言ってた輸送船らしいぞ」
「んあ?」
ノウムの声に、背もたれを倒して寝ていたライアンが頭を起こす。
ネオネモより二回り大きな輸送船。
所々被弾しており、黒煙の尾を引きながらおぼつかない飛行をしていた。
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