2. ノウムとライアン
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何層にも重ねられた巨大な建物。黒く重厚な壁を前にして、小型の輸送船が浮遊している。
船体は丸みを帯びており、まるで海洋生物のフグが威嚇をするために膨らんでいる姿に翼を取り付けたかのようだ。
この飛空船の名は『ネオネモ』。二十代半ばまで成長したノウム・カレッジが操船する貨物船である。そして船内にはノウムと同年齢で親友のライアン・オッシュフォードも同席している。
≪貨物船ネオネモ、当施設への着陸を許可してやる。アウィスが13番デッキへ誘導するから少し待て≫
狭い操舵室にノイズがかった男の声が反響した。
その高圧的な物言いが耳障りだったのか、ノウムの横、シートを倒して横になっているライアンが僅かに眉をしかめる。
「ネオネモ了解。誘導機を待ちます」
ノウムが通信相手に答えると、ほどなくしてネオネモの前に『アウィス』という小鳥の形をした誘導機が現れた。
≪ひひひ、ちゃんとアウィスの誘導についていけよ。下手に航路から外れて、撃墜されても知らねえぞ≫
「はいはい、りょ~かい。心配あんがとね~」
通信相手の馬鹿笑いに、起き上がったライアンが適当に答えて通信を切った。
「寝てたんじゃなかったのか?」
横目で見るノウムに、ライアンは大きなあくびをしてズレかけたサングラスを直す。
頭には緑色のバンダナを巻き、丸いレンズのサングラスをかけている。リベラティオ戦役で負った傷跡を隠すためだ。
一見すると表情が読みにくいようにも見えるが、ライアンは感情を顔に出しやすい。
「嫌な笑い方をする奴は好かん」
口を尖らし、今の通信相手への嫌気がはっきりと出ている。
「……俺もだ」
ノウムも同意しフッと笑みをこぼした。
巨大な建物を左に見ながら、ノウムはアウィスについていく。
航路を外れていないかの確認なのか、小鳥型の誘導機は何度も首を回して貨物船ネオネモへ振り向く。
アウィスは誘導機であると同時に施設のガードロボットでもある。下手に航路から外れようものなら、その紫色の目から出るビームで撃ち堕とされかねない。
「しっかしよ、でっかい軍事施設だな。いったい中で何をしているんだか」
操船していないライアンが暇そうな顔でつぶやいた。
「それよりも、俺は何を運ばされているのかの方が気になるけどな」
ノウムはチラッと視線を後ろへ移した。積み荷が見えるわけではないが、壁ごしの梯子を下りた格納庫には大きな木箱がある。
「まあ、たしかに気にはなるよな。積む時だって軍部関係者だかなんだか、怪しい連中が出張ってきて俺たちには積み荷の固定もさせてくれなかったわけだし……」
言葉とは裏腹に、ライアンは興味なさそうな顔で伝票を取り出した。
そこにはこの施設の住所と『ペルフェクト』という軍事施設名が記載されているだけで、積み荷に関しての記載はどこにもない。
ふたりはフリーの運送業を営んでいる。十代の頃から非合法の運び屋として様々なワケあり貨物を運んでいたが、リベラティオ戦役以降は裏稼業から足を洗い、まっとうな運送業者として生計を立てている。
「軍事関係のものなら軍隊が運びそうなものだけどな……。ま、後ろの積み荷が何であれ、俺たちは運ぶだけ。それももうすぐ終わるんだから関係ないっしょ」
ライアンが伝票を胸ポケットに戻す。
その楽観的な物言いに、ノウムは再び笑みを浮かべた。
「そうだな。考えても無駄なことは考えない。怪しい物なら俺たちには運ばせないだろうし――」
ここでノウムは言葉を止める。そして二人は小さく息を吐き――
「ま、いっか」
「ま、いっか」
同時にそう口にした。
良くも悪くも、ふたりのサッパリとした性格を表す言葉であった。
アウィスという小鳥型の誘導機のスピードが落ちる。
「あそこか……」
円形のなかに13の数字が描かれているデッキを確認すると、ノウムはネオネモのスピードを落とした。
≪反重力レベルを下げて着陸する。サークル内の誘導員は注意されたし≫
外部スピーカーからノウムの声が流れると、デッキの係員が誘導灯を振りながら後ろへ下がっていく。
ネオネモをサークルの真上につけ、ノウムは反重力装置のレベルを下げる。すると翼下部の光が徐々に薄くなった。そしてネオネモは静かにデッキへと着陸する。
≪おい、さっさと貨物室のシャッターを開けるんだ≫
まだシートベルトも外していないというのに、外の係員たちは二人をせっつく。
「せっかちな連中だな……」
怒りっぽいライアンが外部スピーカーのスイッチを入れる。
「すいませんね~、電気系統の調子が悪いようで、こっちからは開けられないんですよ。今そちらへ行きますんで、もう少し待っててくださいな」
そう言ってスイッチを切り、シートにもたれた。
「行くんじゃないのか? それに、電気系統は正常だぞ?」
半身を起こしたノウムに、ライアンはニッと笑って頭の後ろで腕を組む。
「正常なのは当たり前だ。整備してるのは俺だぞ。あいつらの物言いは気に入らないからな、少し待たせてやろうぜ」
「子供みたいな嫌がらせだな……でも、乗った」
イタズラな笑みを浮かべ、ノウムもシートに座り直した。
後方を映すモニター画面には数人の係員の姿がある。
高圧的な係員たちの顔が見る間に強張っていく。少しだけ、ノウムとライアンはその様子を楽しんでから外へと向かった。
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