1. プエラ
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夕日に赤く染まった雲から一隻の飛空船が顔を出す。
その茶色の機体は被弾しており、いくつもの黒煙が空に帯を描いていた。
ストゥル帝国の捕虜収容所からの脱出の際に追撃され、敵機に撃墜されかけたのだ。
幸いにも追っ手を振り切ることは出来たものの船内にはまだ火の手が上がっており、多くの人たちが脱いだ服を叩きつけて消火にあたっている。
怪我人の姿も多い。そして、その貨物室にはまだ幼い少女も横たわっていた。
重度の火傷をしている少女の目はうつろで呼吸が弱い。顔色も悪く、すでに死相が出始めていた。
「お兄ちゃん、どこなの? 暗くて何も見えないの……。お願い、助けて……怖いよ……」
懸命に伸ばされた小さな手。
その様子を見た少年、ライアンが操縦席まで走る。
「ノウムッ、プエラがお前を呼んでいる! 操縦は代わるから早く行ってやれ!」
右眼から頭に向けて斜めに走っている裂傷。その血が止まらない傷を手で押えながら、ライアンは操縦している少年、ノウムの襟を強く引いた。
「プエラが!? ライアン、頼むッ!」
ブリッジの被弾により、割れたガラス片でノウムの額からも血が流れている。肩に刺さるガラス片も痛々しい。
だがそれを気にする余裕はない。愛しい妹が自分を呼んでいる。
しかもライアンの様子からただ事ではないのを察したノウムは顔を青ざめ、慌てて貨物室へと走って行った。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……どこなの……」
弱々しく宙を掴む小さな手。
駆けつけたノウムがプエラの手を掴んだ。
「プエラっ、兄ちゃんはここにいるぞ。追っ手は振り切ったから安心しろ。それにもうすぐ町に着く。そしたら病院に連れて行ってやるから、がんばれプエラ!」
少女の兄であるノウムはその手を握り、幼い妹を励ます。しかし――
「あは、お兄ちゃんの手だ。温かいね」
プエラは安心した顔で微笑み、眠るように息を引き取った。
「プエラ? そんな、うそだろ……」
ノウムは震える声で体を揺するが、それにプエラが応える事はない。
「いやだ……プエラお願いだっ、目を開けてくれよ! もう一度お兄ちゃんって言ってくれよ! プエラっ、プエラぁぁぁぁぁッ!」
小さな体を胸に抱き、ノウムは声が枯れるまで泣き続けた――。
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圧政に耐えきれない民衆の声を受け、地方領主が起こしたストゥル帝国からの独立戦争。
しかしストゥル帝国は大国。大軍を送り込まれ苦しい戦いとなる。だが民衆の士気は高く、その戦いは三年にも渡って続いた。
そして今から十年前、戦争を起こした独立国側の勝利という形で一応の決着をみることとなった。
それには十代半ばの少年たち、ノウムとライアンの活躍があったからこその勝利ともいえる。
一時、領内深くまで攻め込まれた際、町へと逃げ込んだ領主が町の人々ごと捕虜になった。指揮官を失った領主軍は連携が乱れ、敗北寸前まで追い込まれる。
だがノウムとライアンがストゥル帝国の捕虜収容所に潜入し、領主を救出したことで領主軍は息を吹き返した。指揮官が戻った喜びだけではなく、少年たちが命がけで領主を救出したという事実がさらに士気を高めたのだ。
しかしそれは結果論。
ノウムとライアンは領主と共に捕虜となってしまった、ノウムの妹であるプエラの救出しに行ったに過ぎない。領主はついでに救出した人々のひとりであったというだけである。
それでも終戦後、ふたりはリベラティオ戦役の英雄として讃えられた。
ストゥル帝国だった領土は、小国ながらも自由を意味するリベルタス共和国として独立を勝ち取った。
しかし正式には独立を認めていないストゥル帝国は、再び領土を我が物にしようと、その機会を虎視眈々と狙っている。
それに伴い、リベルタス共和国もそれに対抗するため軍備を増強。
終戦から十年経っているものの、小さなキッカケがあれば再び開戦するかもしれないという一触即発の状況が続いている――。
リベルタス共和国は美しい海に面した自然豊かな国であったが、今は荒れた荒野が国土の大半を覆っていた。リベラティオ戦役という独立戦争の爪痕である。
青く澄んだ空の下には水が細々と流れる川があり、上流には入り組んだ渓谷がある。そこを抜けた山間の荒野には重く佇む軍事施設。
その軍事施設に今、一隻の飛空船が連絡を入れた――。
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