さんにんめ
「『混沌の闇へ愚者を誘え 終焉の歌と共に眠れ』くたばれェェェェッ! ──『終焉連鎖』!」
銀髪の美女リリアナから放たれたのは、その外見からはおおよそ見当もつかないような禍々しい、そして強大な魔術だった。
それをアルバートは冷や汗をかきながらも正面から受け止めようとしていた。
絶対にこれが魅せ技で間違いない。こんなに全力で殺しにかかってくるとは思っても見なかったが、これが台本にあった技に違いない。だからここはしっかりと直撃して、その後で派手な決め技をお返しすれば良い。
そんなことを頭の中で繰り返して、アルバートはうっすら口元に笑みすら浮かべて、そしてリリアナの繰り出した魔術にぶち当たった。
放った当の本人、リリアナはまさか本当にアルバートが正面からこれを受け止めるとは思っていなかったらしく、呆けた顔でアルバートの方を眺めるのだった。
ハイリレン共和国とフレスベルク王国は長年の間仮想敵国であったが、二年ほど前に友好条約が結ばれた。
それを祝して、二国合同の大武闘会が開催された。
今日はそのメインイベント、ハイリレン共和国の『超者』とフレスベルク王国の『覇王』による試合が行われる。
試合と言っても実のところ脚本が存在しており、本気で闘って勝敗を決める訳ではない。脚本に既にどちらが負けるか迄書かれているのだ。
だから今日はそれに則って、出来る限り最高のパフォーマンスで観客を楽しませつつ進行すれば良いと、『超者』ことアルバートは大味な脚本に不安を抱きつつもこの試合に臨んでいた。
『超者』なんていう称号を与えられているが、アルバートはパフォーマーとしての気質の方が強い。だから全力で観客を喜ばせようと考えるし、与えられた脚本には可能な限り応え、ベストを尽くすつもりであった。
実際、脚本通りにマイクパフォーマンスも上手く煽り合ってつつがなく終えたし、魔術による小手調べの中距離戦も、武器を用いた高速戦闘も、その後の肉弾戦もなんとかやってのけた。しかし問題なのはそこからだ。
ラスト、花形となる何でもありのド派手な大立ち回りでのリリアナの決め技が分からないのだ。
脚本には、『覇王』の大魔術を『超者』が真正面から受けると書いてある。一応術名も書かれてはいるのだが、あくまでも暫定である為信用できない。困ったことに、この大魔術を受け止めた後に『超者』が決め技で『覇王』を吹き飛ばさなければならないのだ。
これまでリリアナが放ってきた術は幾度となく受け止めてきた。もしかしたらこの中に決め技があったのかもしれない。だが、受け切ってしまった以上はもっと威力の大きなものを所望する。
大魔術を正面から受け止めるということは、大ダメージながらもギリギリのところで立ち上がるという展開を期待されているはずなのだから。
「ッ、ぶね……ぐあァッ!?」
考えていると、大剣を持ったリリアナが斬撃を飛ばしてきた。なんとかそれをギリギリのところで回避したのだが、それはフェイントの一撃だったようで本命の一撃が肩口に直撃した。派手に血が舞い、辺りを赤く濡らす。だがこれじゃない。武器ではなく魔術での決め技が来るはずだ。
勿論、試合前にリリアナも同じ脚本を読んでいるはずなのだ。だからこの後どういう試合運びをすれば良いかは分かっているはず。だとすれば、中途半端なところで切り上げるわけにはいかないのだ。
いくらダメージを受け、痛みと恐怖の中意識が飛びそうになったとしても、最後までアルバートは耐え続けなければならない。
「っは、あ……まだまだ、こんなもんじゃねぇだろ? 覇王サマ」
このまま無言で戦い続けるわけにもいかない。
ある程度距離を取ったところで、挑発するように言いながら暗に『決め技を出してくれ』と訴える。勿論余裕たっぷりにニヤリと笑うのも忘れない。女性客がきっと喜ぶはずだ。
「ええ。ええ! そうね、まだまだこんなものじゃないわ!」
対してリリアナはそう言いながら右手を天に向けた。そして頭上に魔力を溜めていく。大魔術の準備だろう。
それにしても素晴らしい迫真の演技だ、とアルバートは内心でリリアナに拍手を送っていた。誰がどう見ても本気で怒り、殺意をぶつけ、本気で戦っているように見える。戦っているアルバートですらそう思うのだ。素晴らしい演技力である。
「来いよ。覇王サマの全力、俺が受け止めてみせる!」
最後の挑発。
正直なところ、これまでの魔術の威力を思い出して足が震えそうだ。もしかしたら体がボロボロになりすぎて足が震えそうなのかもしれないが。
「『混沌の闇へ愚者を誘え 終焉の歌と共に眠れ』くたばれェェェェッ! ──『終焉連鎖』!」
リリアナの頭上にあった魔力の塊が最大になると、リリアナの大魔術がまっすぐアルバートへ放たれる。
「──ガッ、ぐ、……ああああああああああああああああああああああああッ!!」
それを文字通り正面から受け止めたアルバートは、自分の身体が蒸発するような痛みに全身を焼かれた。呻きが絶叫となり闘技場に響き渡る。
自分の身体はとっくに消滅してるんじゃなかろうか。それならば痛みも一緒に消えてくれないだろうか。終わらない激痛の中アルバートはそんなことを考える。
いや、しかし流石にこれはまずくないだろうか。リリアナは本気で自分を殺そうとしているんじゃなかろうか。そんなことも考える。
まず、こんなものアルバート以外の者が生身で受け止めたら間違いなく死ぬ筈だ。そんなに身体の頑丈さを高く買っていただいているのかと、アルバートは自分の情報を恨めしく思った。
やがて、永遠にも思われたリリアナの大魔術が終わる。
そこでやっと、アルバートは自分の身体が無様にその場に倒れているのを知った。観客席はリリアナの余りの本気の一撃にどよめいている。喜ぶどころじゃあ、ない。アルバートがこのまま動かなくなってしまえば、ハイリレン共和国とフレスベルク王国の関係にヒビが入ってしまうだろう。
そんなこと、許されるわけがない。
「う、お、おお、おおおおぉぉぉぉッ!」
雄叫び。
自身を奮い立たせながら、根性でアルバートは立ち上がる。
立ち上がると、正面に自身がしたこととアルバートがしたことに動揺し呆けているリリアナが目に入った。今が絶好のチャンスのようだ。
「受け止めたぜェ、覇王サマ! じゃあ、次は俺の番──」
「は? えッ!? 貴様、何故まだ立てるッ!?」
「食らいなァ! 俺の新・必殺『聖光無滅剣』ッ!」
立ち上がったアルバートにリリアナが驚愕するも、意識が吹っ飛ぶ手前ギリギリのアルバートにはそんな言葉届かない。
普段の剣から放つ必殺技を意識したのか、アルバートは魔力で剣のような物を形作ると、それを振り抜き真っ白な光線をリリアナへ放った。
反応の遅れたリリアナはそれを回避することができず直撃。想像を遥かに超える威力で、リリアナは場外へ吹っ飛ばされた。
「あいたたた……って、あれ……?」
ゆっくりと起き上がりながらリリアナは嘆く。だがよく良く考えてみれば、直撃したにもかかわらず身体はどこも痛くなかった。傷らしきものも負ってない。強いて言えば、吹っ飛ばされて地面に落ちた時の衝撃が痛かったぐらいだ。
そう。全くリリアナがダメージを受けないように計算した上で、アルバートが放ったのだ。
『そこまで! 勝者、ハイリレン共和国『超者』アルバートォ!」
それに気付きアルバートに文句を言おうとした時には遅く、アナウンスがアルバートの勝利を告げ、闘技場は歓声に包まれていた。
一方アルバートといえば、立った状態で気絶しており、この後の展開を何一つとして知ることなく翌日の朝を迎えることになるのであった。
そしてそしてさんにんめ。
これを書いたのは私こと千虎でした。
隠す気は皆無です。
ただただ苦しむアルバートを書きたかっただけなのでした。




