ひとりめ
ここは共和国の闘技場、いわずとしれた腕に自信のある猛者たちが集まり肉体と技をぶつけ合う神聖な場所だ。半径50メートルほどの舞台袖、長い廊下の奥にある控え室で本日の代表戦手「超者」アルバートは頭を抱えていた。原因は手に握っている台本。すでに何度も読み込まれた形跡があり、彼の生真面目な性格がうかがえる。
「これ……どうするかなぁ……」
呟いた言葉は誰にも拾われることなく床に落ちる。アルバートは腰を丸め、もう一度台本に目を通した。ダメだ、どう見ても同じ事が書いてある。アルバートは体も大きく筋肉もある。そんな男が小さく丸まって冊子を見ているなんて、滑稽以外の何物でも無いだろう。でも今回はしょうがない。ほんとに、今回は。
「やっぱりこれだけしか書いてないよなぁ」
冊子の裏や隅っこ、もしやあぶり出しかと思って火にも当てて見たが、少し焦げただけで何の文字も現れなかった。つまり、本当に脚本はこれだけしかないということだ。
アルバートはもう一度冊子に目を通す。泣いても笑っても、本日が本番。この際、徹底的にたたき込んで本番に備えなければ。
そう本番。
これからアルバートは「本番」に向かう。つまり、戦闘をおこなうのだ。
ハイリレン共和国とフレスベルク王国、この二つは長らく仮想敵国であり、大きな戦争こそなかったものの冷戦状態に陥っていた。それが二年前、友好条約が結ばれやっと両国間の関係は雪解けを迎えた、とされる。される、と書いたのはやはりそう簡単に事は進まなかったからだ。まず双方敵対した時間が長すぎた。実際なにかされたという訳ではなく、長きに間つもった思想、もやもやとした嫌悪感は、1日や2日では消えないということである。昨日まで敵だと冷ややかな目を向けるように言われていた相手に「ハイ! ケンカはもうおわり。今日から仲良くしましょうね!」と言われても戸惑うばかりである。よって両国民に近寄りがたい雰囲気が流れ、冷戦が終わったのに冷戦、ハリネズミのジレンマに陥ってしまった。一応、両国民とも仲良くしたいという気持ちはあったのである。でも素直になれないというか、とにかくきっかけがなかった。長きにわたる協議の末、導き出された結論が両国揚げてのエンターテイメント事業。「二国合同の大武闘会」である。
武闘、といっても本気で殺し合いをするわけではない。いや厳密にいうと殺し合うのだが「殺さない」。つまりは全てフリ、お芝居、悪い言い方をすると「やらせ」という訳だ。
アルバートはその武闘会にて共和国の代表選手として出場し、王国側の選手と対戦する。いま読んでいるのはその「脚本」であった。通常、脚本には戦闘の順序や、運び、どこを盛り上げてどこでやられるかなどが細かく書いてある。
「まずその一、双方によるマイクパフォーマンス」
口に出して確認してみる。もう一度言うがアルバートは本当に真面目な男なのだ。
これはわかる、とアルバートは思う。マイクパフォーマンスは大事だ。客席を盛り上げたり、自分の士気向上にも繋がる。でもこれはやりすぎじゃなかろうか。
紙を捲ると【マイクパフォーマンス資料】というページがある。そこには対戦相手の個人情報やコンプレックスがびっしりと並んでいた。アルバートは首を振る。いくらなんでもやり過ぎではないだろうか、大体こんな酷いこと自分が言えるか? そこまで考えてパンパンと頬を叩く。ダメだ! そんなことを考えちゃダメだ! これは仕事なんだ! 真面目なアルバートは真面目に悪口を考える。考えているとこれと同じ物が相手にも届いているんだよな、という事に気がついたのだがこれも忘れることにする、
「その二、魔術による小手調べの中距離戦」
一通り悪口のレパートリーを考えた後に次の項目を口に出す。まぁこちらも妥当か。向こうは魔法を得意とする魔族なので、少し心配だがまぁ最初だし相手もそこまで飛ばさないだろう。
「その三、武器を用いた高速戦闘」
ふむ、こちらには自分に分があるかもしれない。そう思って傍らの大剣に少し手を触れた、昨日研ぎ直し、最高の状態にしている。この時は相手を必要以上に傷つけないように注意しないといけないなぁと思った。
「その四、『覇王』が武器を捨てて挑発するので徒手格闘戦。追い詰められた覇王が毒霧で目つぶしをして仕切り直し」
「覇王」とは王国側代表選手の通り名だ。アルバートの「超者」とおなじである。
「その五、『覇王』の大魔術『暗黒破壊波』を真正面から直撃で受ける。『超者』*アルバートの代名詞『聖光天城』で『覇王』を吹き飛ばして決着ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ?」
ここでいつもアルバートはひっくり返ってしまう。いやマジで? 僕が倒すの? 覇王を?
ここ国立で完全アウェーなのに?
おかしい、やはり間違いがあるのかもしれない。それでもどう考えても、覇王を倒すと書いてある。完全に書いてある。間違いなく書いてある。これは覇王を倒すしかない。
「大丈夫かな……」
やはり声は誰にも拾われない。アルバートは大剣を手に、一人部屋を出た。
***
『ハイリレン共和国代表! 「超者・アルバート」!』
大きな歓声に包まれ、アルバートは登壇する。笑顔が引きつっていないか若干心配だ、どうやらかなり緊張しているらしい。
『対戦相手はご存じ、我がフレスベルク王国首「覇王・リリアナ・フレスベルク」様!』
突き上がるような歓声と共に、「覇王」が登壇する。アルバートは拳を握りしめた。長身でほどよく引き締まった体躯、人間離れした美貌はやはり魔族だからか。褐色の肌がその長い銀髪の美しさを更に引き立てている。想像していたがやはり女性だ。アルバートは心の中で「ごめんなさい」とつぶやいた。
『両者見合って! まずは意気込みをどうぞ』
目の前にマイクが渡される。うぅ、やはりこの時が来てしまった。正直やりたくない、でもこれは仕事だ、仕事なんだ。ぎゅっ、とマイクを握りしめてアルバートは息を吸う。
「やっと出てきたか、親の七光りが」
早速の言葉にリリアナの笑顔がピクリ、と反応する。
「大人しく玉座に座って居ればいいものを。羽ペンの持ち方ならが教えてやるから今度家庭教師に雇ってくれよ」
その言葉に観客の何人かから失笑が起きた。リリアナが在位してまだ間もない頃、羽ペンの使い方がわからず傍らのものに「これ、インクが切れているわ」と話しかけたのだ。
「そもそも玉座に座ってるかどうかも怪しいな。あの椅子、そんなに居心地が悪いのか? それともお前の家の床が極上の寝心地なのかどっちなんだ?」
「ゆ、床でなんて寝てないわよ」
初めてリリアナが口を開く。
「ホントか? よく酒瓶もってひっくり返ってるって聞くぜ? 赤い流星はお嬢さんにはキツすぎるから注意しろよ」
赤い流星はリリアナが一度、調子に乗って一気飲みして酷い目にあった酒だ。資料の中に書いてあった。
リリアナは静止している。おや、どうしたのだろうか、そこまでキツいことは言ってないはずだが。そう思っていると、リリアナが大きく息を吸った。
「黙って聞いていれば偉そうなことを! 私を誰だと思っているの、このデカいだけの、コンコンチキのおたんこなすが! 絶対ぎったんぎったんのばったんばったんにしてやるんだから!」
「コンコンチキ……? ぎったんぎったん?」
リリアナの端正な顔からは想像できないような単語が飛びだして混乱するアルバート。
「バーカ!」
最終的に語彙力の0パーセントの捨て台詞で去って行くリリアナ。一応観客は大盛り上がりなのでよしとしよう。しかし、あんなんでいいのか。なら僕が悩んだのはなんだったんだ。少し放心してしまうアルバート。
『さぁ両者、パフォーマンスを終えていよいよ戦闘に移ります』
アナウンスの声に正気を戻して、アルバートも戦闘準備に入る。
大剣を構えると気力が充実していた。相手のリリアナもかなり気合いが入っているようだ。かなり、いや相当、いや殺す気で? アルバートは眉を顰めた。どうかんがえてもリリアナが自分に向ける気がまがまがしすぎる気がする。気のせいだ、気のせいと思いたい。
『それでは、戦闘初め!』
高らかな宣言と共にアルバートは飛びだした。まずは魔法の中距離戦……と、え?
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
死ねって言った? この人死ねって言った?
戸惑いと共に放たれた魔法を避けると、アルバートが立っていた場所に大きな穴が出来ている。いや、ナニコレ。最初は小手調べって書いてあったじゃん。それとも魔族ってこのレベルで小手調べなの? いや、これ当たると死んじゃうじゃん。
様々な思いを胸に顔を上げるとリリアナが「チッ」と舌打ちをしていた。
いや、「チッ」て何。
「まだまだ行くわよ」
次々と放たれる砲撃。まずい、一つでも喰らえば重傷は免れない。しかしアルバートもそこは「超者」簡単には捕まらない。時に跳ね、時に受け流す。しかしこれでは反撃ができない。観客も避けてばかりではつまらないだろう。
(そうだ)
アルバートは大剣を持つ位置を変え、横に振りかぶる。リリアナが放った砲撃をタイミングをはかって――跳ね返した。
『おぉっと! 超者・アルバート選手、相手の魔法を跳ね返して反撃した!リリアナ選手、自らの魔法を利用されて驚いています。こんな戦い方は見たことがない、流石パフォーマーだ!』
観客の歓声が一気に多くなる。ブーイングが多いかとも思ったが違ったらしい。ここの国民はあまり気にしていないのかもしれない。
砲撃を次々と跳ね返し、リリアナはわなわなと震えている。一応、中距離の攻撃だ。自分の魔法ではないので脚本とは少し違うかも知れないがよしとしたい。
次の瞬間、リリアナが急に距離を詰めて突っ込んできた。アルバートとは真逆の細くて軽そうな剣を所持している。
「ちょこまかと……!」
避けるとヒュン――! といった空を切る音がする。アルバートより数段早い。髪が何束か持って行かれた。一度距離をとらないとまずい。大剣を一度大きく振って隙を作る。後方に飛んで助走を付けると、また突っ込んだ。力ではアルバートの方が上、のはずだ。ここから押し切って少し傷を負わせる。
「残念ね」
ふわっ、とリリアナの体が浮かぶ。いや、浮かんだのではない。跳んだ――? 明らかに人間がなしえる技ではない。彼女はアルバートを踏み台にして、そのまま背中を切りつける。肉の切れる鋭い痛み。喉の奥から出るグッ、という音を抑えて後方へ切りつけるも手応えがない。
「貴方の踏み心地最悪だわ、これじゃ私の椅子係にはなれないわね」
リリアナの言葉にアルバートは笑って返す。
「俺は当分、職には困ってないんでね。あんたの椅子係に立候補する気はないよ」
「どこまで大口叩いてられるか、見物ね」
リリアナがほぅと息を吐く。辺りに立ちこめる毒々しい緑色の霧。
「ば、馬鹿な……ッ! 毒霧を使うのは、君が武器を捨てて挑発し、徒手格闘戦にもつれこんでからのはず!」
「何言ってんのあんた」
リリアナが剣を構える。
アルバートも慌てて剣を構えた。いや、ここは目つぶしをされなきゃいけないので構えない方がいいのか? 色々と混乱しつつ立ち上がる。でも観客が盛り上がっている。盛り上がっているからいい、のか?
「受けなさい、『終焉連鎖』!」
見たこともない構えを見せるリリアナ。アルバートの肌がピリピリとしたエネルギーの脈を感じ取る。砂埃が大きく立つ、踏ん張っていないと飛ばされそうだ。光と共にアルバートは考えた。これはまずい、かなりまずい! リリアナはたぶん、超者は普通の人間ではないと勘違いしているのだ。正直、超者という通り名があっても中身は強いだけの普通の人間。切られれば痛いし、砲撃を受けたら血がでる。リリアナを見ると少し驚いた顔をしていた。もしや、今更気がついたのか。
まずい、アルバートは大剣を握りしめた。これは跳ね返すしかない。
「うぉぉ! 脚本とは違うが許してくれ-!『聖光天塔』!」
リリアナが発した紫の光線と、アルバートが発した白の光線がぶつかる。一瞬のうちに辺りは無音になり、刹那すさまじい爆音と衝撃が辺りを覆った。
数分後、砂埃がなくなった後立っていたのは「超者・アルバート」。
リリアナは場外にうずくまっている。
大きな歓声の中、アルバートは力なく拳をあげた。
***
アルバートの肩にかかっているのは「二国間統一王者」と記されたベルト。正直立っているのがやっとなので、あまりインタビューには答えられない。
「お前!」
リリアナがつかつかと前に押し出てきた。インタビュアーを押しのけてアルバートの前に立つ。
「最後、手加減をしただろ。一体何のつもりだ」
「え?」
「……正直、返されるのは予想していなかった。その」
一度リリアナは言葉を切り、そしてアルバートへ指を指す。
「お前はすごく強かったから、あの、今度会ったらただじゃおかないってことだ! 覚えておけ!」
セリフだけ切り取れば、それは敵に対する挑戦状だろう。しかしこのときのリリアナは戦闘を終えたばかりで頬に紅が差しており、また負けるつもりのなかった相手に飛ばされたことへの混乱が相まっていた。つまり、なんだか素直じゃない乙女が頑張って喋ってますといった風に見えたのである。
「素直じゃないんだから」
「そうだ、素直じゃないんだから」
うんうん、とうなずき始める周囲。
「なんだお前ら。素直じゃないってなんだ! 写真を撮るな! メモをとるな! やめろ!そのにやにやした顔をやめろ!」また盛り上がる記者たちにただアルバートは「帰りたい」とだけ思った。
正解発表です!
ひとりめを書いたのはカガニさんでした!
苦労人気質っぽいアルバートがとても良いですよねぇ。生真面目で苦労人。よきかな……




