決心
「おわっ!なにここ、牧場?」
魂の波長を合わせ、一緒に移動する練習で、病院と私の家を往復してコツを掴むと
「どこまで飛ぶかわかんないけど…
一ヶ所だけ俺が行きたいとこに飛んでもいいか?」
それがココ?
移動先は、いきなり羊の群れの中。
羊が目的な訳ないし、誰に会いたかったの?
「……」
黙って立ち尽くしている、お兄ちゃんの視線の先を見ると、羊にエサをあげてる女の人。
目的はあの人?
あ…当時付き合ってた彼女?
名前なんだっけ…
首を傾げながらお兄ちゃんの方を向くと、特攻服の腕の刺繍に目が止まった。
「…奈津子?」
「え!!なんで分かったんだよ!」
私は腕の刺繍を指さした。
[ 我命有限奈津子愛死天流 ]
一目瞭然です。
「中学から付き合ってた人だよね。
でも、奈津子さんお葬式には来てなかったような…。
いつ別れたの?」
お兄ちゃんの顔が急に険しくなる。
「言いたくない。」
だって…。
お兄ちゃんには言えないけど、『奈津子が裏切った』とか、敵対してる族に『売った』とか、信じられないような噂飛び交ってたし、
そのあとの族葬はもちろん、集会にいっても奈津子さん見ること無くなったから…。
だから…
お兄ちゃんの死と、もしかしたら関係があるのかもしれないって、ずっと思ってきたんだもん。
でも、そんなわかりやすい態度とられたら、無関係ではないって思っちゃうよ。
「ねぇ、やっぱりお兄ちゃんが死んじゃったことと、奈津子さんは関係してるの?」
「しつけえよっ。
俺は誰にも言わねぇって決めたのっ。
このことは黙って墓に持ってくんだよっ!」
「もう墓にはいってんじゃん。」
あ、そうか!ポン。
と、私を指差し笑いだすお兄ちゃんを見て、私もつられて笑いだしちゃった。
「ねぇ、もう昔の話なんだし、時効なんじゃないの?」
一息ついたとこで私が声をかけると、お兄ちゃんが目を見開いて返してきた。
「美咲にとったら昔の話かもしれないけど、俺にとったらまだ1週間くらい前の話だしー。」
え??
意味がよくわかりません。
「お兄ちゃん、“死んでからしばらくは自由に動けた”とかって言ってたよね?
そのあとは、どこにいたの?
…やっぱり地獄?」
このやろー。とばかりに頭を叩くふりをしながら
「地獄とは失礼なやつだな。
だけど、実際はどこにも行ってない。
一週間くらい飛び回って、奈津子や仲間や、もちろん美咲んとこも行ったよ。
そのあと神様から もう時間だって言われて…その後は記憶がない。
そしたら、また呼んでるから何かと思えば
、ババア幽霊になった美咲の子守りをしろって言われたんだよ。」
「はぁ!?」
「あはは。最後のは冗談だけど、寝て起きたら美咲はババアになってた、みたいな。」
つまり死んだら一定期間のあとは[ 無 ]の状態ってことで、いわゆる幽霊でいるのは死後1週間程度ってこと?
「でも…あれから36年たってるなんて、やっぱりまだ嘘みたいで…
今回、俺は自由行動禁止らしいけど、どうしても奈津子に会いたくて。
だから一緒にきてもらったんだ。
でも、ここにいたのは俺の知ってる奈津子じゃなかった。
俺の時間だけが止まってるんだって…
急にこれが現実なんだと実感わいてきたよ。」
確かに、常に私にくっついてなきゃいけないって言ってた。
それは好きなとこには行けないってことなんだぁ。
「でも…美咲、ありがとうな。
お前が、俺のこと忘れないで、でもって、会いたいって思ってくれたから、俺が今ここにいれるんだし。
まぁ…顔見て話してると、美咲のお母ちゃんと話してるみたいで変な感じもするけどさ。
だけどホントにありがとう!」
ババア、ババアと言われてあんまり気分良くはないけど…
事実だから仕方ないし、それ以上に、お兄ちゃんの虚しさが伝わってきて、今は余計なチャチャ入れられないワ。
「お兄ちゃんには、死んでから神様に終わりって言われるまでの間、誰か側にいてくれたの?」
「俺?俺はずっと一人だったよ。
普通に死ぬ場合はそうみたい。
そういや、知らないヤツには何回か遭遇したけど、恐がってるのか近づいてこないでやんのっ。」
その姿じゃそうだろうね…。
「でも…。
俺にはつい最近のことだけど、美咲には昔のことなんだろ。
んー、まだ迷いがあるけど…
俺や奈津子のことを知っていて、
今の俺と会話が出来る相手なんて、この先もう会えないだろうって考えると……
今が話す時なんじゃないかと思えてきたのも事実だ。」
長い沈黙。
そして、息を吸い込み、何かを言いかけては口を閉じ…と、いう動作を何度か繰り返しやっとお兄ちゃんが言葉を発した。
「美咲、あの日のこと、聞いてくれるか?」
「もちろん!
でも、どうせなら場所変えない?」
周りを羊がウロウロしまくってる場所じゃ、話に集中できそうもありません。苦笑