第九二回 血
「……リュカ、聞いてくれ。俺は、愚かだ……」
「……だから何? 人もそうだから、魔女もそうだって言いたいの……?」
静まり返ったリュカの部屋に、俄かに殺気が籠もるのがわかる。ここで言葉を間違えれば、俺は降格どころか命すらないだろう……。
「……いや、人類の代弁者になるつもりでここに来たわけじゃない。俺個人が愚かだって言いたいんだ」
「……え?」
「でも、だからこそ君は俺を認めてくれた。完全な人間じゃないから。みんながいないと何もできない未熟な人間だったから……」
「……」
今、そこにいるのはリュカだけではなかった。一人の魔女がその背後でじっとこっちを見ていた。久々だな、このプレッシャーは。あの洞窟で会ったとき以来か……。
「……私にどうさせたいの……?」
「少しばかり、俺に気持ちを貸してくれ」
「……え?」
「痛みを共有したいんだ。人間のことが大好きだったリュカが、ここまで嫌いにならなきゃいけなくなるほどの痛みを……。愚かだろうけど、放っておけないんだよ」
「……コーちゃん……」
リュカからプレッシャーが消えた。さっきまでとは偉い違いだ。きっと、リュカが人を好きになった理由は、未熟だからだ。人は未熟だからこそ支え合う。だからそういった部分に惹かれたんだろう。だが、彼女を裏切ったのもまた、そんな未熟さから来るものだ。
だから、彼女はここまでされても人間を憎みきれていない。未熟さを消すことができない……。
「……私、コーちゃんと一緒にいてもいいの……?」
「ああ、一緒に行こう。仇を討つとか、そういうのには協力できないけど、寂しさを紛らわせるくらいはできるだろ?」
「……うん」
俺たちと一緒にいることで、気持ちが解れることもあるかもしれない。その勇者を消すことが彼女にとってどうしても必要だというなら、それは仕方のないことだ。
「ただ、私に呪いをかけた勇者は殺さなきゃいけない。その気持ちに変わりはないから……」
「……そうか」
「たとえ嫌いじゃなくなったとしても、私はあの人を殺さなきゃいけない」
「え……」
「あの人は、私と違ってこの世界そのものを恨んでる。全てを失ったことで、人間も、魔女も、自分自身も、何もかも……」
「……ってことは、まさか……」
「うん。その人が真の勇者に選ばれるようなことがあれば、この世界は間違いなく終わると思うから……」
「……」
リュカの口ぶりから、かなりヤバイ固有能力を持った勇者だとわかる。つまり、それが人類の敵になるかもしれないってわけだ。しかも、魔王の復活も近いっていうのに……。
「じゃあ、リュカはこの世界を救うため……?」
「違う。これは誰のためでもなく、あくまでも自分のため……」
「……そうか……」
もしかしたら、俺と一緒にいることでリュカの勇者に対して憎しみを緩和させることになれば、それが却って彼女を苦しめることになるかもしれないわけだ。
……俺のエゴかもしれない。でも、ただ殺す殺されるの関係で終わるよりはいいはず。その分、彼女の中にある寂しさを少しでも薄めることができるなら、それが一番だと思うしかない……。
「でも、リュカ。そいつの姿形とかわからないわけだろ。これから王都に行って勇者を手あたり次第殺すつもりなのか?」
「……ふふ、そう思う? もしそうなら、まずコーちゃんを殺そっかなあ」
冗談なのはわかるが、リュカの目が怪しく光っていて本当に怖い……。
「姿形、声、名前、ジョブ……そういったものを忘れさせても、私に呪いをかけた勇者を特定できる自信はあるわ」
「えっ……どうやって?」
「何気ない仕草、表情……そういったものほど、私の頭には残ってるの。憎たらしいほどにね」
「……さすがだな」
「あなたのほうこそさすがだと思う。コーちゃん」
「……え?」
なんだか嫌な予感が……。
「ねえコーちゃん、お兄様と戦って勝ったんだから、私と勝負してみない?」
「……」
予感的中だな。魔女とはいえ、神父にも苦戦したのに魔術師の魔女相手って、ムリゲーな気が……。
「……勝ったら昇格か?」
「もちろんっ」
「コーゾー様!?」
「あ、あ、兄貴……!?」
アトリやソースケが叫ぶのもわかる。ほかのみんなも、声すら出せないほど動揺してる様子だ。俺自身、なんでこんな無謀なことを口走ったのかわからない。魔女に気に入られたいというより、妙にテンションが上がってて、自分も戦いたくなったとしか思えない。まさか、俺がこんなにも好戦的なやつだとは思わなかった。もしかしたら、反魔師としての血が騒いでるのかもしれないな……。
「殺す気でやるから、コーちゃんもそのつもりで」
「ああ、俺もそのつもりでやらせてもらう」
不思議と、緊張とかはあまりなかった。魔女の魔術師と戦える嬉しさのほうが上回ってるみたいで、自分でも信じられなかった……。




