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第九一回 勇気


 あれから俺たちは、腰が引けたルド神父の背中についていく形で螺旋階段を上がり、リュカの部屋まで案内してもらっていた。結局全員で行くことになったわけだ。


「――……わ、私の妹は、ああ見えて泣き虫なのだ。で、決まってそういうときは――」


 二階の奥にある扉の前、ガシャンと何かが割れる音が響く。その際、兄の縮こまった肩がガタガタと震え始めたのが印象的だった。


「……と、こ、こういう具合にだね……とても暴力的になるのだ……。では、私はこれで失礼する。気を付けて……」


「……」


 俺はルド神父が小さくなって逃げる様子を呆然と見ていた。肉親でさえこの怯えようなんだから、俺たちが今どれだけ危険な状態にいるのかがわかるな……。


「おっと、そうはいかないっすよ」


「ひっ……」


 気付けばラズエルが兄に続こうとしていたが、弟分のソースケが捕まえてくれた。


「ラズエル、どこに行くつもりだ?」


「こ、コーゾーどの、我はお腹を壊したので、もうこれ以上は……」


「嘘はいけないっす、ラズエルちゃん。それまで腹を押さえる素振りは一切なかったっすよ……」


「うぐぐ……でも、本当に痛くなってきたので……」


「ちょっとの辛抱なんだから我慢してくれ、ラズエル」


「は、はい……」


 怖いのはラズエルだけじゃないからな。俺だって正直恐ろしくて二の足を踏んでいる。コーちゃんと呼ばれるまで昇格したとはいえ、俺はリュカの身内でもなんでもないんだ。しかもかなり強く叩いちゃったから、きっとまだ怒ってるだろう。


「すー、はー……」


 何度か深呼吸して心を落ち着かせたあと、しばらくしてから扉をノックする。


「――リュカ。俺だ、開けてくれ……」


「……開いてる」


「……」


 とても冷たい声だったが、入ってもいいサインだと受け取って俺はそっと扉を開けた。


「……え……」


 あれ? 室内は割れた瓶とかが散乱してるのかと思いきや、全然そんなことはなかった。むしろ綺麗に片付いてて、その片隅にある小さなベッドにリュカはぽつんと人形のように微動だにせず座っていた。


「……し、心配したよ、リュカ。何か割れる音がしたし……」


「これのことかしら?」


 リュカが片手を広げると、煌めく透明な砂のようなものがベッドに落ちていった。


「これね、私が気に入ってたクリスタル製のコップ。今さっき、むしゃくしゃして弄ってたらいつの間にか粉々になっちゃったけど……」


「……」


 後ろからラズエルの押し殺すような悲鳴が聞こえてくる。魔法さえ使わずに、苛立ちだけであそこまでバラバラにしてしまったっていうのか。さすが魔女。やることのスケールが違うな……。


「どうかご無礼をお許し下さい、リュカ様……」


 アトリが前に出てきたかと思うとひざまずいた。


「……アトリ……」


 俺だったらどうなんだろうか……。彼女は子供染みていたと反省してたが、大切な人たちを魔女に皆殺しにされてるわけで、もしアトリたちが殺されても、俺にこんなことが容易にできるとは思えない。言うのは簡単だが、実際にやるのは難しいんだ。それはきっとどの世界でも同じことなはずだ。


「私のことはリュカでいい」


「はい」


 俺は二つの勇気に脱帽していた。それ以降、部屋が破裂しそうなほどの異様な緊張感ゆえか誰も一言も発しなかった。こういうときに言葉を紡ぐのは勇気がいるが、一歩を踏み出せないなら何も変わらない。


「リュカ、君の過去のことを兄から聞かせてもらったよ」


「……私に内緒で聞いたの?」


「……ああ、悪いな。リュカが人間を……その中でも勇者を憎む理由が少しだけ理解できた気がするよ」


「……憎んではいない。ただ、大嫌いなだけ……」


 リュカは俺のほうを向くと、赤い目を擦った。ずっと泣いてたんだろうか。


「じゃあ、俺のことは?」


「……」


 反応がないので、まずいことを言ってしまったんじゃないかとビクビクしてしまう……。


「コーちゃん」


「あ、ああ」


 よかった。呼び方が変わってないし、降格まではいかなかったようだ。


「そんなことを言いにきたんじゃないわよね。あなた、何が言いたいの……?」


「……」


 今のリュカ、静かな物言いだったが物凄い迫力だった。距離があるのに、すぐ目の前でじっと見つめられてるような感覚……。ここはしっかり自分の意見を言わないと、死を避けることはできないと確信してしまうほどだった。


 兄のルド神父があそこまで恐れるのも、リュカの信念というものがたやすく踏み込めないくらい強いものだからだろう。俺も相応の勇気をもって接しなきゃいけない……。

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