第八九回 情
「さ、食べてくれ!」
これでもかと並んだ大きな皿から今にも零れそうなご馳走がなんとも凄い。ヒカリの嘘が誠になってしまったようだ。
「「「「「わー!」」」」」
俺たちは生き残った子供たちを呼んで食卓を囲んでいたが、それでも食べきれないほどの量があった。
「ねえ魔女のおじさん、これ本物なの?」
シャイルが訊ねるのも無理はない。なんせ、この家どころか町自体が幻なのだからな……。
「本物だ! って、私はまだおじさんって年齢じゃない! まだ382歳だ!」
「……」
みんな静まり返ってしまった。きっと魔女の間では若いほうなんだろう……。
「いだだきますのだー!」
あ、ヤファがフライングして食べ始めてしまった。
「ちょ……負けられませんわっ……!」
「あたちもっ!」
「あっしも!」
「自分もっ!」
「我も……!」
みんな凄い勢いで食べてる。アトリだけ元気ないが……。
「アトリ、折角のご馳走なんだから少しくらい食べてくれ……」
「……はい。私が悪かったんです。子供染みてて……でも、止まらなくて……」
「……感情が高ぶったんだろうから仕方ない。どっちにも不幸な事件だったんだよ……」
「……アトリとやら、どうか妹を許してやってくれ。あの子は、かつては人間のことが大好きな子だったのだ……」
ルド神父の言葉に驚かされる。あれだけ人間を毛嫌いしているリュカが……。
「元々、リュカは召喚師だった。魔女の中でも特に人間が大好きで、魔王討伐に貢献するためにと、勇者を召喚しようとしていた。十年ほど前だから、つい最近のようにも感じるが……」
「……」
そういや、リュカも魔術師になったのは最近とか言ってたな。十年というのは長命な魔女にとって大した時間じゃないのだろう。
「そして遂に勇者召喚に成功したんだが、呼び出された青年は元の世界にとても帰りたがっていたらしい。そんな彼を、リュカは必死に宥めたのだそうだ。その甲斐あって、青年はこの世界に馴染み始めたのだが……とある少女と仲良くなってね。人間の子と……」
「……魔女と仲良くならずに?」
「リュカとも上手くいっていたようだが、それはあくまでもささやかな友情だった。長命な魔女と人間ではそれも当然の成り行きだろう」
「なるほど……って、魔女の町に、勇者のほかに人間が?」
「当時、この村には人間の子がいたが、村を襲ってきた人間の子供ということで牢屋の中に入っていたのだ。人質としてな」
「魔女が人質なんて……」
「穏便にことを済ませるためだ。この村の誰も、人間と全面的に争うことは望んでいなかった。自分たちに力があるのは知っていたが、それは村のしきたりとして、古くから不幸の元として教えられていたのだ。だから、召喚師になったリュカは稀有な存在だった……」
「……」
あくまでもこの村の魔女たちは平和主義だったんだな。
「その人質と、召喚された勇者は日を追うごとに仲良くなっていったそうだ。おそらく、これは私の推測ではあるが、勇者の青年はその少女に対して、召喚されて独りぼっちになった自分と重ね合わせていたのではないだろうか……」
俺はうなずいていた。多分、ルド神父の考えは合っていると思う。お互いに同情することで絆が深まっていったんだろう……。
「だが、少女は両足を切断される運命となった。人質を奪還するべく村を再び襲ってきた人間たちがいて、その際に村人が一人殺されてな。その報復として……」
「じゃあ、人質の少女は足を……?」
「いや、勇者の青年がその前に少女を助け出し、故郷の町まで送り届けた。リュカはこのことを事前に知っていたが、青年の少女に対する思いを知っていたし、人間のことが好きで処分に反対していたからスルーしたのだ。これが悲劇の始まりとも知らずにな……」
「……ってことは、まさか……」
「もちろん、魔女狩りが始まった。唯一の懸念材料だった人質がいなくなったわけだからな。ほとんどの魔女が殺された。小さな子供を何人も串刺しにして笑う人間もいた。地獄絵図だった……」
「……うー……」
気が付くと、ヤファでさえ食べるのを止めて聞き入っている様子だった。
「当時、私の村ではジョブを持っている魔女などほとんどいなかったが、リュカは違った。怒り狂った妹は、皮肉にも人間を救おうとして就いた召喚師というジョブで、攻めてきた人間たちを皆殺しにすることになったのだ。さらに勇者と少女が逃げた町まで襲ってしまった。その結果少女が亡くなり、勇者だけが生き残った……」
「……その勇者だけ殺せなかったんだな」
「そうだ……。そしてそれがさらなる悲劇を生んだ。彼は数年後に呪術師となって村に戻ってくると、リュカに様々な呪いをかけた。視力が悪くなる呪い、徐々に痛みが大きくなる呪い、自分の顔や声を忘れさせる呪い……。私が知ってるだけでもこれだけの呪いをかけている。それで二人は憎しみ合う結果になったのだ……」
「……」
そうだったんだな。俺は遠く感じていたリュカのあの寂しげな顔に、やっとほんの少しだけ近付けたような気がしていた……。




