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第八八回 怒り


「《インヴィジブルゲート》」


 魔女のリュカが高々と手を掲げたかと思うと、その周囲に一メートルほどの亀裂が入るのがわかった。


「どっこいしょっと……。コーちゃん、私たちのあとについてきて」


「……あ、ああ。わかった……」


 その中によじ登るようにして入っていったリュカと兄のルドを追いかける。


「――……おおっ……」


 これまでいた荒野とは打って変わって、亀裂の中には華やかな町が広がっていた。


 色とりどりの風船が、三角屋根の立ち並ぶ家々から覗くことができる。弦楽器で音楽を鳴らす者、叩き売りをする行商人、一筋の風と共に駆け抜ける子供たち……。髪の色が濃い緑色なだけで、そこには普通の街並みがあった。


「凄いな……。町を丸ごと隠せるなんて……」


「……そうですね、コーゾー様……」


 アトリはなんとも複雑そうだ。この町のどこかに、彼女からかつて全てを奪った魔女がいるかもしれないわけだからな……。


「兄貴ぃ、どこ見ても魔女ばっかりすねえ。こいつらで世界を滅ぼせるんじゃないっすか……?」


 ソースケが苦笑しながら言うも、リュカに睨まれて青い顔で俺の後ろに隠れた。なんで俺を盾にするんだと……。


「人間と比べないで頂戴。魔女にそんな野望などありはしない」


「お、怒らないで……。兄貴、助けてっす……」


「ソースケは悪気があって言ったわけじゃないんだ。すまんな、リュカ。どうか怒りを鎮めてくれ……」


「……コーちゃん、私は怒ってないわ。言い返しただけ。もし私が少しでも怒ってたら、その男はとっくに死んでる」


「……ひ……」


 お調子者のソースケが涙目になってる。魔女のプレッシャーは半端ないからな……。


「リュカ、あんまり言ってやるな。一応歓迎会なのだからな……」


「ルドお兄様は黙ってて」


「……は、はい……」


 ルド神父も涙目だから笑いそうになってしまう。同じ魔女でも、こうも存在感というか迫力が違ってくるものなんだな……。


「――わ、人間だ!」


「獣人とか、変な妖精とか人形もいる!」


 子供たちが周りに集まってきた。みんな、当然だが魔女の特徴である濃い緑色の髪をしている。見た目はリュカと変わらない幼さだが、歳はそれよりずっと若そうだ。


「変な妖精だなんて、いくら魔女でも失礼よっ。あたちは闇の妖精――」


「――わたくしの子分が失礼を……」


「ちょっと! いつあんたなんかの子分になったのよ!」


「あらあら、ずっとですわよ? オーッホッホッホ……いたたっ! 髪を引っ張らないでくださいまし!」


「よく聞くのだ! あたいは獣人じゃなくて、亜人なのだあっ!」


「「「わーわー!」」」


「……」


 シャイルたちはすっかり打ち解けてるな。ラズエルなんて、真っ青になってキョロキョロしてるのに。背中で寝ちゃってるターニャが起きれば少しは違うんだろうけど……。




「さ、着いたぞ」


「……ここが……」


 ルドとリュカに案内された場所は、まさにお屋敷といったところだった。よく手入れされた広い庭があり、神殿で見たような列柱を持つ建物が聳え立っていた。


「リュカって、金持ちなんだな……」


「……ププッ……」


「……」


 笑われた。なんでだ?


「コーちゃん、ここは私の家じゃないの」


「え?」


「というか、この町の住人なんてほとんどいない。9割幻覚だから……」


「……どういうことだ?」


「かつて、ここには普通の村があった。森に囲まれた豊かな村……。ある日人間に焼き払われて、住人のほとんどが捕まり、殺されたわ」


「……魔女狩りってやつか……」


「本当に生きてるのはあの子供たちくらいで、見かけた人はみんな幻。この家も、本当は廃墟なんだけど、装飾魔法が施された魔道具で綺麗に見えるだけ」


「……そうだったのか。じゃあ借り物みたいなもんなんだな」


「うん。私の、一番の友達だった子が住んでたの。人間によって首だけにされちゃったけど……」


「……」


 俺がやったわけでもないのになんとも気まずい。


「……だからって……」


「……アトリ?」


 それまでほとんど喋らなかったアトリが、うつむいたまま声を発した。


「だからって、人間の住む都を滅ぼした魔女を正当化することはできません。魔女だけが被害者みたいに言わないでください……」


「あ、アトリ、やめてくれ……」


「……コーちゃん、ごめん」


「……え?」


「私、そいつを殺さないといけない……」


「リュカ、やめてくれ――」


「――じゃあ殺してください。コーゾー様がきっと私の仇を取ってくださるでしょう……」


 アトリは微笑んでいたが、何故だかとても怖かった……。


「……言わせておけば……。私が本当に手を出さないとでも思ってるのか……」


 だ、ダメだ。このままじゃアトリが殺されてしまう……。


「リュカ!」


 俺は自分でも信じられない行動を取っていた。リュカの頬を思いっ切り張っていたのだ。


「……ご、ごめん……」


「……こ、この……。くうぅぅっ!」


 リュカが物凄い勢いで屋敷の中に飛び込んでいった。本当に、俺はもう死んでいてもおかしくないのに、とんでもないことをしてしまった。ただ、ああしないとアトリが死んでしまう気がしたんだ。未だに手が震えてるし、頭もごちゃごちゃになってる……。


「……コーゾーとかいったか。お前凄いな。兄の私でも妹の頬を打ったことはないのに……」


「……」


「しかし、驚いた。リュカにあんなことをして無事でいる者がいるとは。もし私がやったら、少なくとも半殺しの目に遭っていただろう……」


「……ひっく……。ごめんなさい、コーゾー様……」


 アトリも両手で顔を覆って泣き崩れちゃってるし、色々と大変だなこりゃ……。

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