第八十回 無邪気
「――こういうわけなのっ」
シャイルは身振り手振りを交えて、アトリたちに今までの経緯を説明していた。
「……そうだったんですね。シャイル……ご苦労様。コーゾー様には、私たちは元気にしてますと伝えてください」
「うん。わかった……。それじゃ、あたちはそろそろ行くねっ」
「……そうですね。正直シャイルがいなくて寂しいですけど、あまり長話すると見張りに怪しまれるでしょうし……」
「……うん」
「……ちょっとシャイル、もう行っちゃいますの……?」
「寂しいのだ……!」
リーゼとヤファが沈痛な表情でシャイルに歩み寄る。
「……り、リーゼ、ヤファ……あたちも寂しい……。今まで意地悪ばかりしてごめんなちゃい……」
「「なんちゃって!」」
「……えぇっ?」
「プッ……今の間抜け面、最高でしたわ……」
「最高なのだー」
「……ちねっ!」
「「ひー!」」
激怒したシャイルが周辺の影を小さな落とし穴に変えつつ、リーゼとヤファをじわじわと追い込んでいく。
「……ふふっ」
「アハハッ……」
「ププッ……」
シャイルたちの激しい追いかけっこを見て、アトリ、ラズエル、ターニャの三人は口を閉じつつ噴き出すように笑っていた。
◆ ◆ ◆
「――お、戻ってきたかシャイル、おかえり」
「おかえりっす」
「うんっ。ただいま。マスター……ちゅっ」
戻ってきてすぐ、俺の肩まで登ってきて頬にキスしてくるシャイル。この様子だと心配はなさそうだな。
「アトリたちは元気にしてたか?」
「うん、すっごく。でね、そう伝えてってアトリが言ってたよ」
「そうか……」
体は元気でも精神状態が心配だが、そういうのを口にするタイプじゃないからな、アトリは……。
「シャイルちゃーん、あっしの頬っぺたにもチューがほしいかなあなんて……」
「……ソースケ。あんたにキスするくらいなら、壁にしたほうがマシよっ」
「ちぇっ……」
ソースケのやつ、シャイルにぞっこんの様子だが報われそうにないな。ただ、名前で呼ばれてるし嫌われてるわけでもなさそうだ……っと、それどころじゃなかった。
「シャイル。アトリたちのいる場所についてはわかるよな?」
「うん。バッチリッ」
「よしよし……。あと、見張りの様子はどうだった?」
「あのね、見張りが三人も立ってたよ。ここよりずうっと厳重だった……」
「……なるほど」
なんせ勇者を取引する時刻が迫ってるから、向こうもより必死なわけだ。一人だけが交代で見張ってるここと比べて厳重なのは、それだけ人質の数が多いために人員を余計に使ってるということだろう。
「とりあえず、ここにいるみんなのロープを解いて自由にしてやろう。素の風魔法ですぐ解けるからな。それから起こして事情を説明してやればいい」
「ちょっ……兄貴、そんなことしたら……」
「もう時間がない。それに人質がいる場所はシャイルがわかってるわけだし、一直線で行ける。この子は方角で吉凶もわかるから、危険なら回り込めばいい。その上で、向こうの見張りに連絡がいかないように一人ずつ仕留めてやるつもりだ」
「な、なるほどっす……。あ、でも仕留めるっつったって、《忠心の刻印》が……」
「大丈夫だ。俺に考えがある」
「ええっ……兄貴、策士っすね……」
俺自身は耐性があるから《忠心の刻印》に関しては平気だが、もし見張りに攻撃すれば《因縁の刻印》によって仲間が苦しむことになるのはわかってる。それでも、この状況を打破できる方法がたった一つだけあるんだ……。
「――あのっ、僕も一緒に行っていいかな?」
「「あ……」」
またしても、いつの間にかヒカリが俺たちのすぐ近くに立っていた。眠れなかっただけかもしれないが、まさか起こす前に起きるとは……。
「……ま、マスター、この子を連れていっちゃダメッ」
シャイルが耳打ちで抗議してくる。
「いや、シャイル。解放した勇者全員を連れていくわけで、一人だけ仲間外れにするわけにもいかないだろ……」
「でも……」
「大丈夫だって。仲間にしてずっと連れ歩くわけじゃないし……」
「……そ、それならいいけど……」
「ダメー?」
ヒカリが俺の顔を覗き込んできて飛び上がりそうになる。
「……あ、いや、構わないよ。というか、ここにいるみんなも連れて行こう」
「行こうっす」
「わーいっ。ありがとー、コーゾー君っ、ソースケ君っ、それにシャイルさんっ」
笑顔で飛び跳ねるヒカリ。既に隠れてしまったシャイルを疑うわけじゃないが、無邪気ないい子にしか見えないな……。




