第七八回 深い闇
「おそらく、兄貴でノルマ達成だと思うっす……」
「なるほど……」
もう夜になるわけだし、明日の朝には取引が始まるならそうなんだろうな。
「やっぱり買うやつは真の勇者にさせるため?」
「多分……。勇者召喚ガチャを自分でやるより、有能なのを買ったほうが早いって判断っぽいすね……」
「……ってことは、買うのは貴族とか豪商人とか、金をたんまり持ってるやつらか」
「だと思うっす……」
悪党は手っ取り早くまとまった金が欲しいし、金持ちはさらに膨大な富と名誉がほしいっていう構図なわけだ。考えただけで胸糞悪いな……。
「もし取引が成立したら、人質はどうなるんだ?」
「普通に殺されると思うっす。口封じに」
ソースケは軽い口調だったが、それが余計に言葉の重みを感じさせた。考えたくないことだが、この男の言う通りだろう。やつらにとって人質を生かしておくメリットなんてないんだ……。
「そうなると、取引が始まるまでになんとかしないとな……」
「もしかして連れも一緒なんすか?」
「ああ……」
「あっしは一人だからいいすけど、それなら急がないとやべえっす」
「……ん、一人? ソースケの召喚者は?」
「それが……大司教の息子が道楽であっしを召喚したみてえで……でも可愛い女の子じゃねえからって、追い出されちまったんすよ……」
「……そりゃ酷いな」
セリアが俺を召喚したケースの逆パターンみたいなもんか。
「折角、現実で人生初の彼女ができてこれっすよ……」
「……」
辛すぎる……。
「それであっしが怒って殴りかかったら教会に逃げられて、大司教の父親に平謝りされやして。息子と違って人の出来てる方で、最後のほうは逆にあっしのほうが謝ってたほどっすから……」
「なるほどな。じゃあ、結局許したのか」
「へい。終わっちまったことはしょうがねえですから」
ソースケも人が出来ていると感じる。
「それに、忙しくて子供に構ってやれなかったとか、病気で亡くなった妻を看取れなかったとか、色々話を聞いてるとガキの頃に亡くなったあっしの親父みてえに思えて……それで、彼のためにも真の勇者を目指そうってなったっす」
「そうだったのか……。それで、王都を目指してる最中にやつらに掴まった?」
「それが、頼まれやして……」
「……え……」
「……最近、勇者が行方不明になる事件が多いらしくて、それで大司教のオヤジさんに頼まれて潜入調査を試みたらこのザマっす……」
「ちょっと無茶すぎないか……」
「へい……。兄貴だから言うけど、あっしの固有能力は95%の確率で物理、魔法攻撃回避なんすよ」
「おお、凄いなそれは……」
「だから大丈夫だろうと高を括ってたら、一発目で《忠心の刻印》にかかりやして……」
「……不運だったなそりゃ……」
「5%って意外と当たるんすよ……」
ソースケの言ってることはなんとなくわかる気がする。特に当たりたくないときに限って当たるのは、みんな同じようなものかもしれない……。
「おい、てめえら静かにしやがれ! ぶち殺すぞ!」
「「……」」
見張りの男に怒鳴られる。そっくりそのまま返したい気分だが、我慢だ……。
「……ふわあ。あれ、マスター、ここどこ?」
「……お、ようやくお目覚めか」
「うんっ」
足元の影からシャイルが目をこすりながら出てきて、俺の肩に登ってくる。
「お、可愛い妖精っすねえ」
ソースケが興味深そうに覗き込んでくると、シャイルはさっと俺の首の後ろに隠れた。
「あ、逃げたっす……」
「シャイルは闇の妖精でな、気を許すのに時間がかかるタイプなんだ」
「へえー。シャイルちゃんっていうんすね。あっしが触ってもいいかな?」
「……触ったら噛むもん」
ガチガチと歯を鳴らすシャイル。これにはソースケも苦笑していた。
「あっしも妖精欲しいかも……」
「大司教と親しいなら余裕で買えそうだが……」
「金はあるっすけど、どこの妖精屋も売り切れでして……」
「……」
そういや、猫男が経営してた店も残ってたのはシャイルだけだったな……。
「魔王の復活も近いって話で、妖精を捕まえて金稼ぎするやつ自体少ねえらしくて……」
「なるほどな……」
「――ちょっといい?」
「……ん?」
知らない間に、すぐ側に黒いツインテールの少女が笑顔で立っていた。赤いローブを着てるし召喚師っぽいな……。
「妖精さん、可愛いっ。僕、触ってもいい?」
「あ、俺はいいけどシャイルが噛みつくから止めたほうが……」
「シャイルさんっていうんだ! なでなで……」
「えっ……」
あれ……シャイルが普通に撫でられてる。もしかして、妖精がすぐ心を開くような純粋な子なんだろうか。アルプス方面の少女とか風の谷のナントカ的な……。
「いーなあ。さすが召喚師。精霊を召喚するだけあるっす」
「ん、ソースケの知り合いか?」
「へい兄貴。あっしがここに来たときにはもういたやつでして、いつもニコニコだから話しやすくて……」
「なるほど。誰とでも仲良くなれるタイプなのかな」
「そうでもないよー。僕っていつもこんな顔だから、笑ってるつもりがなくても人が寄ってきちゃって……てへっ」
確かに、この子については笑顔しか今のところ見てない。ある意味無表情な子なのかもな……。
「俺はコーゾーっていうんだ。よろしく」
「僕はヒカリ! よろしくぅ。あ、眠いからそろそろ寝るねー。それじゃ、コーゾー君、ソースケ君、おやすみっ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみっす」
なんとも明るい子で、ターニャを思い出す。今頃元気にしてるだろうか……。
「マスター、あの子怖い……」
「……シャイル?」
シャイルの声が震えていた。
「怖すぎて動けなかったの……。あの子には近付かないほうがいいと思う……」
「……」
「しゃ、シャイルちゃん、さすがに気のせいじゃねえっすかね?」
「あたちにはわかるのっ。ずっと闇を見続けてきたから、どれくらいの深さかは……」
「……ああ、わかった。気をつけるよシャイル」
「うん……」
方角で吉凶を判断できる闇の妖精が言うんだから信憑性はあるな。一応警戒しておいたほうがよさそうだ……。




