第七五回 雨
「――むむぅっ……!」
「見えてきたか?」
「はいっ。見えてきましたぁ……」
ターニャは鑑定中、今までのように難しそうな顔じゃなくて、わかったことの喜びに満ち溢れた表情をしていた。自信がついてきて、その分鑑定する楽しさのほうが上回ってきたんだろう。
「術名は……ズバリ、《スペルレイン》です!」
《スペルレイン》……ってことは、直訳すると呪文の雨か。水が関係するのは、水魔法のレベルを上げることで覚えた術だからだろうな。気になるのはやはりその効果だ。
「それで、どういう術なんだ?」
「えっと……雨です!」
「……」
いや、それはわかるが……。
「どんな雨かな?」
「……え、えとえっと……」
考え込んだ様子のターニャ。術によって鑑定の難易度もやはり違うのだろう。
「……ゆっくりでいいから、落ち着いて鑑定してくれ」
「は、はいっ!」
「……シャイル、リーゼ、ヤファ、じっと近くでターニャを見ないように」
「「「はーい……」」」
ターニャをからかうためだろうが、シャイルたちは彼女の周りで思いっ切りプレッシャーをかけてたからな。さすがのターニャも弱り顔だった。
「……ぐー……」
「……」
弱ってるように見えて、眠たかっただけらしい……。相変わらず天然な子だ。ここで寝られると困るので、もう一度顔に水をぶっかけてやった。拷問みたいで若干気が引けるが……。
「……ぷはっ……あ、わかりました!」
「お、どんな術だ?」
「……えっと……自分を中心とした狭い範囲に、呪文の雨を降らせて……範囲系の術の効果を、少しの間共有できちゃうそうですっ!」
「おお……」
ってことは、《ダークフォレスト》とセットで使えば、みんなが暗い森の中で迷うこともなくなるってわけだな。これもかなり良い術だ……。
「ありがとう、ターニャ。もう寝ていいぞ」
「どういたしましてっ! ……ぐー……」
「……」
あっという間に寝てしまった……。それにしても、少々時間はかかったものの具体的に術の効果を言ってくれたし、ターニャもかなり上達してるのがわかる。おそらく《精霊言語》のレベルが一つ上がったんだろう。
「コーゾー様……誰もなったことがない反魔師というジョブなだけあって、個性的な術ばかり覚えますね」
「ああ。わからないことばかりだが、今はそれが楽しいよ」
「ふふっ……羨ましいです。私も一つくらい魔法が使えたらよかったんですけど……」
「騎士にも羨ましい術はあるけどな。《マインドウォーク》とか……」
「でも、あれ結構精神力を消費しちゃうんですよ。……なので、今は私もターニャのように……とても眠く、て……」
「あ、アトリ……?」
とか言ってるうちに眠ってしまった。こりゃ相当我慢してたんだろうな……って、やたらと静かだったからもしやと思って周りを見ると、ターニャはもちろん、ラズエルもシャイルたちもみんな寝てしまっていた。術の効果を試そうとしてたのに、起きてるのが俺だけになるなんてな……。
とはいえ、せっかくなので馬車の窓から杖だけを出して、外に呪文の雨を降らせてみることにした。
「《スペルレイン》」
……お、ポツポツと水色の雨が周囲に落ち始めた。近くに寄ってきた火の魔物たちも、すぐには死なないがしばらくすると魔法の雫によって露骨に弱っていた。普通に攻撃魔法としても使えるってわけだ。しかも、割と広い範囲だから便利だ……。
「……う……」
気が付くと、俺は首を横に振る回数が多くなっていた。めっちゃ眠い……。みんなおやすみ中なんだし、俺も少しだけ寝ちゃおうかな……。
「――ぬおっ……!」
急に馬車が揺れ出したと思って目を開けると、浮いたような感覚とともに視界が大きく傾いて投げ出される格好になった。……な、何かにぶつかったのか……?
「全員捕えろ!」
「大人しくしろ、お前たち!」
「逃げようなんて考えるなよ! 痛い目に遭うぞ!」
……どうやら何者かに襲われて馬車が横転したらしい。盗賊かなんかだろうか? それなら相手を間違えてるな。俺は魔法に強い反魔師だし、物理職最強の騎士アトリや結界術師のラズエルだっているんだ……。
「こっちには人質がいる! 少しでも抵抗したら命はないと思え!」
「……」
その言葉で、俺はかなり厄介なことに巻き込まれてしまったのだと確信せざるを得なかった……。




