第七三回 笑い声
「「「「「ラズエル様っ!?」」」」」
翌日の早朝、商都リンデンネルクの北門付近、俺たちは多くの憲兵たちに見送られる形でリンデンネルクを発とうとしていた。
もうすぐ開門の予定だが、その前にラズエルが憲兵たちの前で別れの挨拶を伝えていた。俺たちについていくというラズエルの発言で、みんなびっくりした様子だ……。
「我はまだまだ力不足だと感じた……。それでこの者たちと修練の旅に出る予定だ。リスティア、それにお前たち、あとは頼んだぞ」
「は、はい。お姉様」
「「「「「はっ!」」」」」
とても優秀で、自分より少し力が劣る程度という、副隊長の妹に治安維持の全権を委ねる形になったらしい。青いロングヘアの彼女は、全面的にここを任される嬉しさを隠せないのか、敬礼している間も目は涙ぐんでるのに口元は笑っていた。憲兵たちの周りには、野次馬も続々と集まってきている。
「あっ、見て見て、ブルーオーガだぁ」
「ホントだー」
「あの傲慢なブルーオーガちゃんが修行だってよ」
「へー!」
「あらまあ、ブルーオーガ様がかい? 末恐ろしいねぇ」
「一体何があったんでしょうねえ、ブルーオーガさんに……」
「……」
風に乗って周りから色んな声が聞こえてくるが、ブルーオーガについてのものがほとんどだった。彼女がいかに有名な存在であるかがわかる。
確かに、呪殺の神殿に行く前のブルーオーガと今の彼女を比べたら、口調が同じであるだけで別人としか思えないしな……。
「あいつはブルーオーガじゃなくてブルーフェイスよっ。ただの臆病者っ」
「……むっ!?」
ラズエルが怒った様子でキョロキョロしてるが、発言主は人が多すぎて見つかりそうにない。多分、シャイルがどこかに隠れてるんだろうが、俺でもわからない……。
「ど、どこだ! 不届き者め!」
「黙りなちゃい! 魔女の前で青い顔で命乞いした、尻も青いブルーフェイス!」
しばらくどよめきが起こっていたが、やがて失笑に変わっていった。
「つ、作り話だっ! 我は魔女にすら劣らぬブルーオーガだ! 決してブルーフェイスなどではない!」
「魔女に屈辱を受けたから修行の旅に出るんでしょ! あんたなんかブルーフェイスで充分だわっ」
「ぬぐぐっ……どこだ! どこだあぁ!」
「あんたのお得意のバリアで防いでみなさいっ。ブルーフェイス!」
「我はブルーオーガだあぁぁ!」
漫才でも見てるような感覚なのか、周囲から次々と大きな笑い声が上がる。シャイル、ここぞとばかりに今までの恨みを晴らしてるな。まあ今まで散々ヘイトを集めたんだし、しょうがない……。
……ん? 向こうのほうに停めてあった馬車が横転した。何かあったんだろうか……。
◆ ◆ ◆
「ねえ、なんか憲兵たちがいっぱいいるんだけど、ナニコレ……」
馬車の中で身を隠すように、セリアはそっと窓の外を見ていた。
「またブルーオーガのやつが誰か捕まえたんじゃね? それも有名なやつをさ。あんなのに目をつけられたら厄介だし、とっととこんなところからおさらばしてえな……」
窓から渋い顔を出したロエルだったが、門はまだ閉まっていた。
「ですねえ。物騒ですう――」
「――ふわあ……」
弱り顔でロエルに同意するミリムの隣で、ほぼ同時に欠伸する雄士。
「……おいユージ、ちったあ空気読めよお前……」
「読めですう」
「だ、だって、昨日はずっとレベル上げしてたんだからしょうがないじゃないかぁ!」
「はあ? お前手伝ってもらってただけだろ。突っ立って魔法撃ってただけのくせに偉そうに言ってんじゃねえぞ、おい!」
「う……」
「子守りみたいなものですしねえ。口答えするのは百年早いですよお」
「ぐ、ぐぐっ……」
「もー、みんなユージ様をいじめるのはやめてよ。これから王都を目指して出発するのにこの落ち着きぶりは、真の勇者に相応しいでしょ?」
「何が真の勇者だ、アホか。セリアが甘やかすから、こんな甘ったれた勇者になったんだろうが」
「ロエルさんの言う通りですう。たまには叱ってあげることも大事ですよお」
「……んー、そうねえ。まあ一理あるんだけど、叱るのはいきすぎだと思うから、お説教でいくわっ」
「「はあ……」」
ロエルとミリムの溜息が、馬車を少しだけ重くする。
「あのね、ユージ様」
「え、うん。なあに……って、近寄らないでよ……」
「大丈夫よ。これくらいなら体が当たることはないわっ」
四つん這いで雄士を見上げる格好になるセリア。その輝いた瞳はしっとりと濡れていた。
「……ひいっ……」
「……おいセリア、真面目にやれ」
「そうですう」
「ご、ごめん。コホンッ……いい? ユージ様、これからあたしたちは真の勇者に選ばれるために王都を目指すの。だから、最初の気持ちが肝心……」
「「「「「プハハッ……」」」」」
「……」
外から場違いな笑い声が聞こえてきたため、額に青筋を浮かせるセリアだったが、雄士が目の前にいることもあってなんとか耐えた。
「だからね、疲れてるのはわかるけど、ここはぐっと気を引き締めるべきだと思うの……」
「「「「「アハハッ!」」」」」」
「……ち……小さなことの積み重ねが、運命につながると思うから……」
「「「「「ギャハハッ!」」」」」
「……こんの……ざけんじゃねえよオラァ……」
瞬く間に鬼の顔になるセリア。
「……しぇ、しぇりあ、おちちゅいて……」
涙目でガクガク震えながらもセリアを宥める雄士だったが、その声はもう彼女に届いていなかった。
「タイミングよく、それもいちいちきったねえ笑い声挟んでくるんじゃねえよ。クソッタレのゴミカスどもがあああぁぁぁっ!」
「お、おい、セリア落ち着け!」
「落ち着いてくださいですううぅ!」
「全員死ねやオラアアアアアアアアッ!」
「「「ギャアアア!」」」
馬車が派手に転倒したのは、それからまもなくのことだった……。




