第六九回 贈り物
『ギッヒェアアアアアアアアァァァッ!』
漆黒の扉の前、物凄い悲鳴が聞こえてきて俺は立ち止まった。様々な種族の悲鳴や笑い声さえも混ざったような、明らかに人間のものではないとわかる気味の悪い声だ。
「……ボスが倒されました」
「……だろうな」
大体想像はついていたが、やはりそうか。先客に倒されたんだ。それもたった一人にやられたわけで、それが誰なのかは俺でも容易にわかる。
まもなく黒塗りの扉がおもむろに開いていく……。
ボスが現れる時間帯に至聖所に入ると、扉は固く閉ざされて一切開かなくなり、倒されるとこうして自動的に開くのだそうだ。アトリが死んだような顔でそう話してくれた。なんていうか、ただの人形が喋ってるような感じで心配になる……。
まもなく、翼の折れた天使を乗せた、棺のような箱が鎮座する空間が姿を現わす。いずれも黄金色で光り輝いていたが、何より目立つのはその前に佇む者だった。背中を向けているが、もう誰なのかはわかっていた。
濃い緑色の髪が特徴の魔女は、少し間を置いて振り返ると薄く笑ってきた。相変わらず視力が悪いのか目の焦点は合ってないが、気配で俺がいるのはわかっているはずだ。
「ま、魔女、魔女めぇ! 下がれっ、下がらぬかあ!」
俺の後方でラズエルが子犬のように吼えるも、あどけない魔女はまったく気にしない様子でゆっくりとこっちに近付いてくる。……何度遭遇しても慣れそうにないな。胸焼けさえ起こしそうな、彼女が持つこの独特の圧迫感には……。
「……コーゾー。ボスを倒しにきたのなら一歩遅かったわね。今さっき私が倒しちゃったわ」
「……なっ、なっ……」
ラズエルが信じられないといった顔で俺と魔女の顔を交互に見ているのがわかる。腰も完全に引けちゃってるし、最早見てて可哀想になってくるレベルだ。
「まさかリュカもここにいるとはな、アトリ……」
「……はい……」
ちらっとアトリのほうに目をやると、じっと下を向いていた。あまり歓迎してない様子だ。やはり、彼女にとって魔女は仇でもあるし複雑な思いがあるんだろう。ずっと浮かない顔をしていたのも、リュカの存在を早くから感知していたからだろうな。
俺と知り合いの魔女であっても、そういった背景があるから避けたいという思いと、俺のレベル上げのために我慢しなければという気持ちがアトリの中でぶつかり合っていたのかもしれない。
「私、レアが出たらコーゾーにプレゼントしてあげようと思ってボスを倒してたのよ」
「……え……」
「冗談。私、実は魔術師になってそんなに経ってないから腕試ししようと思って。倒すのに十分もかかっちゃったけど……」
「……十分……」
魔法職のパーティーが半日でようやく倒せるようなものを、たった十分で、か……。まさに桁外れだな。それも、魔術師になって日が浅いなんて……。
「呆れるわよね。召喚師だった頃は三十秒くらいで倒せたのに……」
「……」
俺だけじゃなく、みんなすっかり黙り込んでしまった。リュカとしては自慢話をしているというより、知り合いに愚痴をぶちまけているという感覚でしかないんだろう。確かに三十秒と十分ではかなり違う。
「あ、コーゾー、ちょっと待ってて。《インヴィジブルボックス》」
「……ひっ……」
リュカが手を上げた途端、ラズエルが敏感に反応してうずくまってしまった。魔女なんて我の前じゃ目じゃないとか言ってたのに、実際に遭遇したことで恐ろしさを思い知ったようだ。
「……あった」
リュカは宙から引き摺り出すように黒い水晶の杖を取り出した。
「これ、あげる」
「えっ……」
「前に倒したときに出たんだけど、私にとっては重いだけだから……」
「……」
魔女から武器まで貰ってしまった。俺も出世したもんだ……。
「ちょっと、コーゾーさん! それ凄いですよ!」
「ターニャ?」
「魔法の立ち上がりが30%も上昇する超レアな杖ですっ!」
「……」
そういや、クリスタルロッドの中で最上位が黒だったっけか。俺の長所の一つである立ち上がりの速さがこれでまた強化されるわけだ。
「こんな凄いものを……本当に貰ってもいいのか?」
「うんっ」
リュカがにこりと笑う。断ったら即座に殺されそうだし、普通にありがたいから受け取らない理由もない。
「ありがとう、リュカ」
「どうしたしまして」
「……今回、昇格はなしか?」
「……すぐ調子に乗るのね。でも、嫌いじゃないわ、コーちゃん」
「……コーちゃん、か。昇格したのか降格したのかよくわからなくなるな……」
「さあ、どっちかしら……ふふっ」
「……」
リュカの機嫌が良さそうだし、一応昇格したと思ってよさそうだな。次はどんな呼び方になるのか想像できないが……。
「……ま、ま、魔女め……貴様はここで終わりだ……!」
「……」
おいおい……何を思ったのか、それまでうずくまっていたラズエルが起き上がってとんでもない台詞を発してしまった。おそらく圧迫されたプライドが爆発した形だろう……。
「……これ、誰? コーちゃんの仲間?」
「……いや、違う。仲間じゃない」
「じゃあなんで一緒に?」
「あたちが説明するっ」
シャイルがリュカの肩に駆けのぼってひそひそと耳打ちしてる。以前なら考えられない光景だ。
「……なるほど、事情はわかったわ。じゃあここで殺しちゃってもいい?」
リュカの目つきが明らかに変わる。俺でも命の危険を感じて一歩下がってしまうほど、凄まじい迫力だった……。




