第六六回 光と影
「――来ます」
「……あ……」
アトリが鋭い声を発してまもなく、接近してきた影が人型になって立ち上がり、掲げた杖らしきものから闇の球体が現れてこっちに向かってきた。
「……ふっ」
ラズエルが立ち止まってすぐ、その周囲に半透明の暗いバリアが出現し、ぶつかった黒い球体は溶けるようにして消えてしまった。ハイドマンはそれを見届けると、また影と化して離れていった。
おそらくあれは闇の結界で闇魔法を防いだ形だろう。相手の魔法に応じて結界の種類も変わるんだな。《オートマティックバリア》、恐るべし……。ラズエルは得意げに前髪を掻き分けている。
「今起きたことを我が説明してやろう……。ありがたく聞けっ」
まーた始まった……。
「ハイドマンが我に放ってきたのは、《呪縛の刻印》という呪術の一種だ。少しの間動きを止める効果がある。やつのはレベル5だから、食らってしまえば五秒間はじっとしていなければならない上、動けないと判断したやつが寄ってきて杖でボコボコにされるだろう。我の闇の結界で無効化してやったがな。ちなみに、やつに物理攻撃はほぼ通用しない。どうしてもというなら光属性の武器で殴るしかないが、一匹を倒すだけでも相当な時間がかかるはずだ。ま、我にはどう足掻いても勝てないわけだが……」
「……なるほど」
……っと、話してる間にまたハイドマンが迫ってきて、同じように呪術が込められた闇の球体を放ってきた。そこで《マジックキャンセル》を試してやろうと思ったが、ラズエルが俺の前に立ち塞がった。
「貴様は下がってろ」
「……」
また例の結界が張られて魔物の呪術が無効化される。
「あれ? ラズエル、俺の術のレベル上げを手伝ってくれるんじゃ……?」
「ふむ? まだ我の説明が終わってないし、未熟者はまず場の空気に慣れてからがいいと思ってな」
「そ、そうか……」
「うむ……」
「……」
もうかなり慣れてるんだがな……。ただ、ラズエルの言うことも一理ある。もう少し空気に馴染んでからでも遅くはない。
「コホン……我の結界術である《オートマティックバリア》というものはな、無のほかに覚えている属性魔法があれば、敵の攻撃に応じて無意識に的確な防御方法を選択してくれるのだ。属性さえ合えば100%無効化できる。ただし、属性の違う速すぎる連続魔法攻撃には対応できないこともあるから注意が必要でな。まあ貴様らにはわからない苦労か……アハハッ!」
ラズエルの耳障りな高笑いが響く。なんとか鼻を明かしたくなるが、俺たちの目的はあくまでもレベル上げだから我慢だ。それにこういう態度を取っていれば、こっちが何もしなくてもいずれ墓穴を掘るだろうしな……。
「……」
厳つい顔の巨人が模られた柱が左右に立ち並ぶ地下の列柱室まで行くと、明らかに魔物の数が多くなってきた。種類にしても例の影男だけじゃなく、突如人型になってこちらに光球を放ってくる彷徨う光も追加されていた。
この魔物はブライトマンといって、撃ってきた光球は法術の一つ《メルトアーマー》であり、当たると一時的に物理防御力が著しく下がるのだそうだ。ラズエルによるとレベル6に相当し、大男が非力な少女に顔を殴られただけで気絶してしまうほどらしい。当然痛みも増すため、口の堅い罪人がこの術をかけられて尋問されるケースが多いとのこと。つまり、杖で殴ってくるハイドマンの相方としては最適なわけだ。
「無駄だっ……」
それでも、定期的に向かってくる光と闇の魔法はラズエルの結界でことごとく弾かれていた。
畜生……《マジックキャンセル》を試したくてもさせてくれない。俺のほうに魔法が飛んできたと思ったらラズエルが素早く回り込んでくるし、最早わざとやってるんじゃないかっていうレベルだ……。
しかも結界は攻撃にもなっていて、ラズエルが半透明の輝くバリアを張りながらハイドマンに近付くことで溶かしていたし、逆に暗いバリアで接近することでブライトマンを消滅させていた。そのたびに振り返ってドヤってくるので顔を背けたくなる。シャイルなんて、もうずっと後ろを向いた状態で俺の肩に座ってるからな……。
「見たか、凶悪犯どもよ。我にかなう魔物など存在せん……。んー、強いて言うならば……魔王くらいか? 我こそ真の勇者に相応しいのかもしれんな。しかし、役目もあるし……ああっ、体が二つ欲しい……。ん? どうした貴様ら、顔が暗いぞ? 我が少し目立ちすぎたか。すまんっ。アーッハッハッハ!」
「……」
ラズエルの話も高笑いもとことん不快だが、こうして近くで観察してると確かに滅法強い。
連続で攻撃されると難があるということだったがきっちり対応してるし、俺と同じくらい魔法の立ち上がりが早い。あのブルークリスタルロッドの性能がいいというのもあるんだろう。水晶系は透明、黄、青、黒の順番で効果が増していくものだったはずで、俺が使ってる杖より二段も上の効果があるわけだ。
とにかく今のところまったく隙がなくて、当然俺たちの出る幕もなかった。鬱憤ばかりが溜まったまま列柱室の奥へと進んでいく。ムードも悪くなるばかりだし、このままじゃ絶対に終われない。なんとかせねば……。




