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第六三回 牙


「ここからは歩きだ。我についてこい」


 リンデンネルクに向かっていた馬車がストップし、ラズエルが先頭を歩く。


 丘陵が目立つ牧草地帯の中、彼女が進んでいる右の方向には一際小高い丘があり、俺たちを悠然と見下ろしているかのようだった。この先に洞窟でもあるんだろうか。丘を登り始めてまもなく、ラズエルが立ち止まった。半透明の結界が彼女の体を包み込むのがわかる。


「……ん。誰か我に殺気を浴びせたな」


「……」


 なるほど、これが自慢げに語っていた例の結界か……。


「あんたの話が本当か、試してみただけよ。ふんっ」


「……小癪な妖精の仕業だったか。まあこれでわかっただろう。我の言うことが……。説明してやるから心して聞け。この術は《オートマティックバリア》といって、攻撃の気配を察知しただけで無意識に心の中で詠唱できるという便利なものでな、そのレベルはなんと……7だ。つまり約七秒間、お前たちは我に一切触れることもできない……」


「キー! あんたには指一本触れたくもないわよっ」


 シャイルが肩の上で俺の髪を引っ張っている。


「シャイル、痛いんだが……」


「ご、ごめんなちゃい……」


 シャイルを責める気にはなれない。この子のおかげで結界の話がハッタリじゃないとわかったしな。ただ、物理はともかくこんなもので魔法が全て完璧に防げるなら苦労しないはず。一応防げても耐久性に問題があるとか、何か弱点がありそうだ。今後注意深く見極めていくとしよう。


 それにしても、ラズエルはどこに向かうつもりなんだろうか……。


「アトリ、あいつがどこに行くかわかるか?」


「……多分、呪殺の神殿です」


「呪殺の神殿……」


 アトリによれば、リンデンネルクの南部から東に向かったところに魔物たちが巣食う神殿があるらしい。


 遥か昔、魔王を崇拝する者たちがそこに集まって夜な夜な魔物に生贄を捧げていたらしいが、騎士団によって粛清に遭い、皆殺しにされたという。それ以降、騎士団が全員怪死したことから、呪い殺されるという噂が立って誰も寄り付かなくなり、いつしか魔物たちの住処になってしまったそうだ。


 今は冒険者が寄り付くようになってそうした迷信はなくなったものの、魔法を使う魔物や最奥の至聖所に出現する強力なボス――深淵の大神官――の存在もあり、難易度の高い場所として知られているらしい。


 途中には夜でもない限り魔物が出ないということなので、俺たちは丘を登ることに集中できた。シャイルたちがブツブツとラズエルに向かって不満を零すのをアトリがなだめて、ターニャがおかしそうにしていた。不安もあるが、新しく覚えた《マジックキャンセル》を神殿で試すのが楽しみだ。


 ――かなり風が強くて寒さすら覚えるが、丘を登ってからの景色は最高だった。


「……わ、見てください、コーゾー様……」


「わあぁ、綺麗ですねぇ!」


 アトリとターニャも感動している様子。


 振り返ればリンデンネルクの城壁やテイナ山のルコカ村まで見渡せるし、前方には湖に囲まれた神殿が佇んでいた。一見するとまるで湖の中で孤立しているかのようだが、ぐるっと後方に回り込めば入れるようになっているのがわかる。大雨が続くと湖の中に沈んでしまいそうだ。


「んー……まあまあってところねっ、ヤファ、リーゼ」


「なのだー」


「まあまあ? 陰気臭い妖精やけだものにはわからない美しさですわ……」


 うっとりとした顔で目を瞑るリーゼだが、その背後に回り込んだシャイルとヤファの目が怪しく光る。まさか……。


「「落ちろー」」


「ちょ! マジで勘弁してくださいまし……!」


「……」


 シャイルたちは相変わらず仲がいいな。


「……貴様ら……」


 ……ん、数歩進んだ先で、立ち止まって肩を震わせていたラズエルが振り返ってきた。


「さっさと来いウスノロども! こんな景色など、我の美貌と強大な力の前では塵同然である!」


 ラズエルが前を向いた途端、シャイルたちが舌を出してるのが面白くて噴き出しそうになった。


 ――神殿に迫るたび、風が強くなっていく感じがした。まるでこの先は危険だと警告しているかのようだ。ただ、シャイルが凶の方角だと言ってるわけじゃないので大丈夫なんだろう。少し気になるのは、まだ明るい時間帯なのに俺たちのほかに冒険者の姿が見当たらないことだ。アトリが言うには、難易度は高いがこれだけ人がいないのは珍しいという。


 ……まさか、な……。御者を待たせてるわけで、そんなに長居する予定じゃないし気軽に行こうと思う。




「……」


 とうとう神殿の門前まで俺たちはやってきたわけだが、遠くから見るのと近くで見るのでは、まるで雰囲気が違っていた。長い年月をかけて強風で抉られたかのような、緩やかなカーブを描いた列柱が檻の鉄格子や猛獣の牙に見えるのも、中から今にも恐ろしいものが飛び出してきそうな気配をひしひしと感じるからだ。アトリたちも俺と同様に硬い表情で緊張した様子だし、さすがに呪殺の神殿と呼ばれるだけある。


「ふっ……」


 俺たちが圧倒されてるのが面白いのか、振り返ったラズエルが愉快そうに口をひん曲げた。


「ここに来るのは実に久々だ。かつて、とある罪人が我から逃げるためにこの神殿に飛び込んだことがあったが、すぐに泣きながら戻ってきて我の足に縋りつく羽目になったのだ。もちろん蹴り飛ばしてやったがな。貴様らもそんな無様な姿をさらけ出さないよう、精々頑張ってもらいたいものである……アーッハッハ!」


 ラズエルが高笑いしながら門を潜り外庭に入っていくと、早速シャイルたちの陰口大会が始まった。正直俺も参加したくなってしまうが、パワーをこんなところで無駄に消費したくないしな……。


「……あっ……」


「どうした? アトリ」


「……い、いえ、なんでもありません……」


「……そ、そうか……」


 アトリ、はっとした顔をしてたし何かに気付いた感じに見えたが……。深刻なことなら言うだろうし、なんでもないってことにしとくか……。

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