第五三回 囮
周囲が見る見る暗くなっていく中、俺たちは駆け足で宿から教会に戻った。何も様子が変わってなくてひとまずほっとしたが、これから一切気を抜けない時間が続くだろう。
多分、アトリの言う監視していたという二人組のほかにも仲間はいるように思う。監視、実行役がいるならそれを命令する側がいるわけで、さらに情報を収集して上に知らせる諜報役もどこかにいるはずだからだ。
推測だが、この件にはセリアたちも絡んでいるように思う。実際に俺を捕まえようとしていたわけだし、さらに俺の能力の凄さについて語った鑑定師クオルにも危害を加えている。
あいつらは俺にジョブチェンジさせないためにリンデンネルクの教会にも罠を張っていたはずだし、それを避けたことで、今度は殺し屋か何かを雇ってルコカ村のリットン神父の命を狙っているというわけだ。監視するだけで手を出さなかったのも、重病で伏せていために経過を見てからでも遅くないと考えていたからじゃないか。
そう考えると、湯薬を飲ませてリットン神父の容体が安定している状況、さらに夜になったことでいつ襲ってきてもおかしくない。冒険者ギルドで沼地の薬草の件が解決したこともいずれ耳に入るだろう。
「コーゾー様、先にお休みになってください。見張りは私がやりますから」
テーブルに置かれた燭台の灯りだけが頼りの部屋で、アトリが穏やかに話しかけてきた。もう俺とアトリ以外、誰も起きている気配はない。シャイルたちはシスターにパンを振る舞ってもらって喜んでたが、よっぽど疲れてたのか食べたあとすぐ眠ってしまった。みんな頑張ってたからな……。
「でもアトリだって疲れてるだろ。交代でやろうか」
「いえ、大丈夫です《ハーフスリーピング》を使いますから」
「……アトリ、それは?」
「心身を半分眠った状態にしつつ、とてもゆっくりですが歩いたり喋ったりできます」
「……そりゃ便利な術だな。それも騎士の剣術の一つなのか?」
「はいっ。見回りの騎士様に教えてもらいました。なるべく楽をしようという思考が生み出す狡賢い術なんだそうです。団長様にこっぴどく叱られてから使ってませんでしたが、まさか役に立つ日が来るとは……」
「なるほどな……。でも、その状態で敵に襲われたらまずいんじゃ……?」
「敵の気配がしたらすぐ解くので大丈夫です。それに普段よりは勘が鈍りますが、教会の周り程度ならすぐ気が付くと思います」
「そうか、それなら大丈夫そうだな」
「はい、私に任せてください、コーゾー様」
「……頼もしい限りだ」
「嬉しいです。絶対にお守りします、コーゾー様……」
「あ、ああ……」
アトリがじっと見つめてくるのでつい目を逸らしてしまう。俺の勘違いでなければ、これは……いや、たとえそうだとしても、娘と父親くらい年齢が離れてるのにそういうことは……ダメだ、いけない。妙なことを考えたせいか急に眠くなってきた。危険を感じて自己防衛機能が働いたに違いない……。
「……様……」
「……あ、アトリ、いけない……」
「……コーゾー様……」
「……だ、ダメだって……」
「……敵です……!」
「な……!?」
敵という声で飛び起きる。いつの間にか寝てしまってたようだが、扉の小窓から聖堂内を覗いてもわかるように外はまだ真っ暗だし、あれからそんなに時間は経ってないようだ。
「聖堂の左側の窓の前にいます。三人です」
「三人、か……」
やはり監視していた二人組のほかに仲間がいたのか。この部屋には外につながる窓がないし、出入り口の扉も重厚で鍵がかかってるから侵入するのに聖堂の窓を選ぶのは自然な考えだろう。
「呪術師と魔術師がいます……」
「もう一人も魔法職か?」
「……いえ、違うようです」
「それなら作戦は変えなくてもよさそうだな……」
「……ですね」
もう一人いたというのが若干引っ掛かるが、今更作戦を変更する暇はない。
「行こう、アトリ」
「はい、コーゾー様……」
ここで戦うのは危険だし、そのときが来れば聖堂内で戦うことは既にアトリと話し合って決めている。不思議と緊張はなかった。魔女が俺のメンタルを鍛えてくれたようなもんだ。
――真っ暗な聖堂内に足を踏み入れた途端、ガラスの割れる音が響いた。
手筈通り、レベル6の光魔法を割れた窓のほうにぶつけてやると、その方向でまばゆさのあまりか顔を腕で覆う男がいるのがわかった。分厚い鎧を纏い、両手でロングソードを握っている。
「《スラッシュクイッケン》!」
窓のほうに猛然と駆け出していたアトリによって、男は悲鳴を上げる暇もなく倒れてしまった。鎧に凹みが目立つほど強い衝撃を受けて失神したのか、うつ伏せの状態でぴくぴくと痙攣しているのがわかる。実にあっけないが、まだ一人だけだ。って、あと二人は……?
「……囮……?」
アトリの驚きに満ちた台詞が響く。まばゆい聖堂内で、彼女だけ仄暗い靄のようなものに包まれていた。まさか……。
「今更気付いたか……」
「見事にネズミが引っかかりましたねー」
窓の外から聞き慣れない男たちの声がした。一人は灰色の帽子に同色のローブを纏った赤い顎鬚の男、もう一人は、黒いローブを着た短い茶髪の青年だった。灰色のローブを着た男は、先端で赤い宝石が輝く杖、黒いローブの男は杯のような器が先に乗った杖を握っている。確か武器屋でも売られていたアークワンドとグラスロッドで、それぞれ魔法の威力、持続性が5%上がるやつだ。
「《ウィンドブレード》! ……ぐっ!?」
「アトリ!?」
アトリが剣を振り被ったところで、苦しそうに喉を押さえながらしゃがみこんだのがわかって、急いで彼女の前に立った。
「ど、どうしたんだ……?」
「……コーゾー様、呪いにかかってしまいました。申し訳ありません……」
「……呪い、だと……」
「そう、呪いだ……フッフッフ……」
灰色のローブの男が顎鬚を掻きながら不気味に笑う。
「その不注意なメスガキには《忠心の刻印》が施された……。それもレベル6だから、俺を攻撃しようとすればたちまち失神するほど首に強い圧力がかかる……。なのに、よく耐えたものだ……」
「……《忠心の刻印》……」
あの薄暗い闇に包まれたせいか。これが呪術師の力……。後ろにいる黒いローブの青年がなんとも朗らかに笑ってる。
「ハハハッ。いやー、ハヴィルの呪術の制約を破ろうとして失神しないやつなんて、僕初めて見ましたよ。しかもまだ子供でしょう? こりゃあ首を絞めながらのプレイ、楽しめそうですなあ?」
「ラドック……言っておくが、あのメスガキは最初に俺が貰う……」
「はー、好きにしてくださいよ。まったくもう、ロリコンってやつは! ま、僕もあとで美味しくいただいちゃうんですけどねっ」
「俺はラドックのように雑食ではない……フフフッ……」
「ハヴィルは定期的に小さい女の子抱かないと死んじゃう病ですもんね。まったくもう!」
……まだ俺がいるのに、この既に倒してしまったかのような扱い。舐められたもんだ……。
「お前たち、俺が相手だ」
「「……えっ?」」
二人に凄く意外そうな顔を向けられる。正直不安のほうが大きかったが、あまりにも舐めてくれるおかげで燃えてきた……。




