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第四回 来訪者


「さっさと起きなさい!」


「うぐっ!」


 セリアの大声とともに背中に強い衝撃と痛みが走り、俺は目を覚ました。


「立てって言ってんのよ!」


「セリア様、やめてください! うぐっ!」


「あ、アトリ!」


 アトリが俺を庇ってセリアに蹴られてしまった。


「アトリ、どきなさい! こんな汚いおっさんなんか庇って、あんたバカじゃないの!?」


「この……」


「……何よ、おっさん。あたしに文句でもあるの?」


「……」


 ついセリアを睨みつけてしまったが、我慢、我慢だ……。


「……ありません……」


 アトリを抱えるようにして起こす。窓から見える外はまだ薄暗いっていうのに、朝から最悪の気分だ。


「出張鑑定師が訪ねてきてるのよ。勇者が召喚されてるかどうか色んな家を見て回ってるみたい。だから、さっさと来なさい!」


 ドアが乱暴に閉められる。


「コーゾー様、申し訳ありませんでした。私が起こさなかったせいで……」


「仕方ない。早朝だし、そもそも聞いてなかったことだからこんなの誰にも予測できない……」


 玄関に行くと、そこにはセリア、ロエル、ミリムのほか、シルクハットに片眼鏡に燕尾服という、いかにも貴族っぽい初老の男がステッキに凭れかかるようにして立っていた。口元の毛先の跳ね上がったカイゼル髭がいかにも本物っぽい雰囲気を醸し出している。あれが鑑定師なのか……。


「おや、来たようですな。早速勇者を鑑定しますぞー」


「ちょっと待って。鑑定料はおいくらなのかしら……」


 セリアが財布の中身を見ながら不安そうに問いかけていた。経済的にはあまり良い状況じゃなさそうだな。その割にレストランに行って旨いものを食べてたっぽいが……。


「うちは安いですぞー。なんと、100グラード!」


「「「えっ!?」」」


 三人が一斉に驚いた顔を見合わせている。あの様子から判断するに、かなり安いみたいだな。


「ほ、本当にそんなはした金でいいの……?」


「もちろんでございます。これはほぼ、ボランティアのようなものですから……」


 ボランティアで朝から勇者鑑定? 奇妙な男だな……。


「なあセリア、さすがに安すぎねえか?」


「ロエルさんに同意しますですう。ちょっと怪しいですう」


 セリア、ロエル、ミリムの三人が固まってヒソヒソと会話してるが地味に聞こえる。


「……ロエル、ミリム、別にそれでもいいでしょ。こんなおっさんどうせ外れに決まってるし、鑑定するのに高い金を払うのも馬鹿らしいわよ」


「……」


 なんとも酷い言われようだ。


「コホン。お決まりですかな?」


「あ、はい! 是非鑑定してください!」


「それでは……失礼しますぞ……」


 鑑定師の男がステッキを突きながらよろよろと上がり込んできたかと思うと、息がかかるほど顔の部分をジロジロ見られた。


「ちょっと左手を見せてもらえるかな?」


「はい」


 顔相と手相を見るだけでわかるんだろうか。男は俺の手を見たあと小声で何やら呟くと、うなずいて玄関に戻っていった。もう鑑定は終わったらしい。その場に緊張が走る。


「どうでした?」


「どうでしたあ?」


「どうだった?」


「……外れ勇者ですな」


「「「やっぱり……」」」


「……」


 ぴったり声を合わせてる。まるでそれを望んでいたかのように嫌らしい笑みが一様に浮かんでいた。


「鑑定師様、ちょっとお待ちください」


 アトリが何を思ったのか、真顔で鑑定師の前にすたすたと歩いていく。


「ん? 何かな?」


「私も鑑定してください。私がなんのジョブで、どんな《術》を持っているか……」


「な、な……」


「鑑定師様ならできますよね?」


「そ、それは……」


 鑑定師の男……自分の髭を引っ張って、目を泳がせて……明らかに動揺してるな。まるでまったくわからないと顔に書いてあるかのようだ。


「わわ、わしを疑う気なのか、君は……」


「そんなつもりはありません。私はただ……」


「い、いや、そんな風にしか聞こえん。これは鑑定師に対する大いなる侮辱である! この家の悪行を鑑定師仲間に言いふらし、ブラックリスト入りするか……」


「そ、そんな……」


「アトリ!」


 パンッと大きな音が響く。セリアがアトリの頬を張ったところだった……。


「か、鑑定師さん、ごめんなさいね! この結果は全面的に受け入れます。はい、150グラードです。お詫びとして、少し上乗せしておきました!」


「……ふむ。まあ今回だけは寛容な心で特別に許しましょう。ただ……その小娘は少し悪戯が過ぎるので教育したほうがよろしいですぞ……」


「はい、是非とも!」


 セリアから銀貨一枚、銅貨五枚を受け取った鑑定師が溜息をつき、首を横に振りながら出て行く。アトリの気持ち、痛いほどわかるけどな。あの男、あまりにも胡散臭いし……。


「――アトリイィ……もう一度やるから、歯を食い縛りなさい……」


 鑑定師が去ったあと、セリアがアトリの前で手を振り上げたところで俺が間に割って入り、腕を掴んだ。


「な、なんのつもり……!?」


「全部俺が悪いんです。今すぐ出て行きますから、どうかアトリを許してやってください……」


「こいつ! セリアからその汚い手を放せ!」


「うぐ!」


 ロエルという男から腕を殴られた。痛い……。


「あたしもう怒ったわ……。このおっさん、追い出す前にここでとことん甚振っちゃおうか」


「それいいな。てか殺しちゃってもいいんじゃね?」


「賛成ですう」


「もう……もうやめてください!」


 アトリの悲鳴に近い叫び声で、みんな黙り込んだ。それくらい迫力があった。俺のために、力を振り絞ってくれたんだろう……。


「……お願いです……もうやめてください……ひっく……」


 両手で顔を押さえて泣き崩れるアトリ。召使いでも騎士としてのプライドがあるだろうに、なんとも辛い光景だ……。


「はー、しらけちゃう。こんな小汚いおっさんのためになんでそこまでやるんだか……」


「いえてら。情でも移ってるのか? 大体勇者なんて珍しくもないだろうにな」


「ホントですねえ……」


「……」


 俺はそっと玄関に行き、外への扉を開けた。この先を暗示するかのように冷ややかな風が吹いてきたが、そこまで寒くはない。


 三角屋根と漆喰壁の建物群の合間から覗くのは、まだ薄暗さの残る空、高い城壁のノコギリ型狭間、十字架を乗せた教会の尖塔……それに加えて石畳の歩道を歩く者たちの格好はいずれも異世界風だ。改めて自分が別世界にいるのだと痛感する。


 行く当てはないものの、一人でなんとかやってみるつもりだ。アトリには申し訳ないと思ってるが、外れ勇者認定された俺と一緒にいれば苦労させるだけだろうから……。

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