第三二回 明暗
「……コーゾーとか言ったな」
「はい」
「コーゾーよ、よく聞くのだ。お主の固有能力は……」
「……」
鑑定師によって、いよいよ俺の固有能力が告げられようとしていた。いやおうなしに胸が高鳴る。頼む……みんなのためにも、真の勇者として選ばれるかもしれないくらい良い能力であってくれ……。
「全ての魔法に対する耐性80%UPだ……」
「……え?」
耐性80%……? それって良いのだろうか、それとも悪いんだろうか? いまいちよくわからないから反応に困る……。
「……こ、コーゾー様……」
「アトリ!?」
ふらついて倒れそうになったアトリの体を支える。
「だ、大丈夫です。びっくりしすぎて、眩暈がしちゃって……」
「アトリ、どうなんだ? 俺の能力は……」
「……物凄いです」
「……物凄く悪い、とか……?」
「違います。良い意味です……。考えてもみてください。ここは魔法が全ての世界だと言いましたよね。それをコーゾー様は80%もカットできるんですよ……」
「……」
なるほど、そう言われてみると確かに物凄い能力なのかもしれない……。
「さ、さすがはあたちのマスターねっ」
「わたくしのご主人様ですわ!」
「あたいのなのだー!」
「「「わーわー!」」」
「こらこら、みんな騒いだらダメですよー」
「……待て、アトリ。これは騒ぐのも無理はないぞ……」
「……」
なんだ? 鑑定師の表情がまだぼんやりしている。かなりの衝撃を受けたというような顔だ。
「それだけではない……。その固有能力は、無限の可能性を秘めておる……」
「ど、どういうことですか……」
「魔法耐性が80%もあるということは、それだけ魔法を維持できる力もあるということだ。意味がわかるな……?」
「……つまり、俺は魔法を出し続けることができるってことでしょうか?」
「うむ。お主も覚えがあるようだな……」
洞窟で実際に光や火の魔法を出しっぱなしにしてたから、覚えはありすぎた。
「つまりだ。それだけ魔法のレベルも上がりやすいということを示しておる。なんせ、出しっぱなしにできるわけだからの……」
「……あ……」
はっとなって精神鏡を見ると、光魔法のレベルが5、火魔法が8まで上がっていた。おいおい、上がりすぎだろ……。
「勇者コーゾーよ、お主のような固有能力は前代未聞だ。魔法の立ち上がりのスピードにしても平均より10%も高い。必ずや大物になるであろう……」
「……凄いです、コーゾー様……」
「マスター、凄い……」
「凄いですわ、ご主人様……」
「コーゾー、すんごいのだ……」
「……」
俺は自分の手のひらを見ながら震えていた。そういえば、右手の中心に大きな一本道があるそこそこ珍しい手相だった。いわゆるマスカケ線というやつだ。こういうのはあまり信じてなかったが、俺って実は割と良い運勢だったんだろうか……?
……いや待て、この程度でうぬぼれたらダメだ。これはあくまでもそういうチャンスを神に与えられたというだけに過ぎない。本当に大事なのはここからであって、この能力を最大限に生かせるように努力するべきだ……。
「……」
ん? 今なんか店の奥のほうから視線を感じたが、誰の姿もなかった。気のせいか……。
◆ ◆ ◆
「お願いです! どうか視てやってください!」
すっかり暗くなった空の下、閉店の札が掛かった鑑定屋『ディープ・フォレスト』のドアを叩き続けるセリア。ほかの鑑定屋は午後六時までしか開いてないが、ここはいつも行列がなくなるまでやっていたので藁にも縋る思いだった。
「もう止めようぜ、セリア。ここに来るのが遅すぎたし、さすがに無理だって……」
「そうですよお。別に明日でもいいわけですしい」
「そうそう。明日でいいだろ。大体、セリアがレストランで愚痴ばっかり零すから遅くなったんだし……」
「そうですよお」
「もー、しょうがないじゃない。どうしても食べたかったんだから……」
「ふわ……ひっ……」
ロエルとミリムがセリアを宥める中、眠そうに欠伸する雄士だったが、当然のように二人に睨まれてセリアの後ろに隠れた。
「な、なんだよ。欠伸くらいしたっていいじゃないかぁ……」
「大丈夫よ、ユージ様。あたしがあなたを守るから……」
「セリア、僕は嬉しいよ……」
「ああん、ユージ様ぁ……」
「……い、いや、だから、抱き付こうとするのは止めてほしいかなって……」
「もー、ユージ様は素直じゃないんだからぁ。可愛いっ。……でも、ごめんね。今日は鑑定させてあげられないみたい……」
「へ? そうなの?」
「うん……。これも全部、あいつらのせいよ……」
項垂れて歯軋りするセリアの脳裏に浮かぶのは、勇者光蔵と騎士アトリの顔だった。二人に気を取られたことで延々と待たされた挙句、お気に入りのメニューも食べられず、こうして雄士を鑑定する機会まで逃してしまったのだ。最初は気持ち悪いおっさんを追い出すだけでいいと思っていたが、最早憎悪は深まるばかりだった。
「セリア、元気出し――」
「――いつか絶対ぶっ殺してあげるわ……」
手を震わせつつも笑顔でセリアの肩に触れた雄士だったが、恐ろしい台詞とともに振り返った彼女の鬼のような形相を見て飛び上がった。
「ひいいっ!」
「あ、待って、逃げないでぇ! 今のは違うの! ね、もっと触って? あたしのユージ様あぁぁっ!」
「いやああぁぁあっ!」
「「……はあ……」」
鑑定屋前では、しばらく悲鳴と溜息が交錯していた……。




