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第三回 騎士


「「おかえりなさいませ」」


 玄関前で例の三人を迎える俺とアトリ。


「あー、美味しかった。アトリ、それにおっさん、いい子にしてたあ?」


「「はい」」


「まあまあ、声まで合わせちゃって、お雑魚さん同士仲睦まじいですねえ」


「あたし妬いちゃう~」


「蓼食う虫も好き好きだろ。しっかしこいつの勇者の格好、致命的に似合わねー……」


「「あははっ!」」


 ロエルが頭を抱えながらおどけるように言ってしばらく笑い声が続いた。帰ってきて早々、言いたい放題だな……。


「あの、セリア様、鑑定師の方は……」


 アトリの言葉で思い出した。そうだ、鑑定師次第で俺たちの立場も向上するかもしれない。


「……う……」


 なんだ? セリアの顔が青くなってる。


「忘れた……」


「……あらあら。私も忘れちゃってましたあ」


「……俺も。てか、このおっさんが120%悪いわ。鑑定師に見せようって気が起きないくらい不細工な面してるし」


 何故か俺が悪いということにされてしまった。立場が低いというのはこういうものなのか……。


「ロエル、それ言えてるわ。あたし、すっかり忘れちゃってたし」


「現実逃避ってやつですねえ。わかりますう」


「……」


 セリアがさぼるタイプっていうのが改めてよくわかった。


「そんな、いくらなんでも酷いです……」


「何か言った? アトリ」


「アトリ、よせって。俺が悪いんだ……」


 俺が悪いってことにしておけば穏便に済ませることができる。なあに、こんなことで傷つくほど弱くはない。


「コーゾー様……」


「うんうん。よくわかってるじゃない、おっさん」


「っていうか、お前コーゾーっていうんだな。でも、結果がわかるまではおっさんでいっか」


「そうですねえ。今のままじゃあ、名前をつける必要もない野良犬みたいなものですしい……」


「ミリム、野良犬は可愛いのもいるから、それ以下だろ。見た目が酷いしゴミ虫とかそんなんだ」


「ですねえ。くすくすっ……」


「……」


 俺はアトリに優しく微笑んだ。全然傷ついてない、大丈夫だということを見せたかったんだ。


「おっさん、早く謝りなさいよ」


「人間だっていうならあ、ごめんなさいくらいしましょうねえ」


「早く言えよ、おい!」


「……ごめんなさい」


 俺は深々と頭を下げた。後ろですすり泣く声がして、正直そっちのほうが辛かった……。




「――……泣かしちゃって悪かったな」


 ベッドも布団もない、月明かりだけが覆いかぶさってくる狭くて薄暗い部屋。


 俺とアトリはそこでうずくまるようにして寝ていた。


「どうしてコーゾー様が謝るのですか……?」


「……普段からもう少し身だしなみをちゃんとしておけば、あそこまで言われることもなかったのかもしれないって思ってな」


「でも、いきなり召喚されたんですから、しょうがないですよ……」


「思えば自堕落な生活をしてたんだ。仕事だってたまに近くのコンビニでバイトするくらいだったし、ランニングを始めたのも太り始めたからだし……」


「コーゾー様は優しすぎます」


「……そうかな? ただ気が弱いだけだと思うけど……」


「……いいえ。勝手に呼び出されてあそこまで酷く言われても、私を気遣うくらいですから」


「……んー、そんなに大した人間じゃないよ、俺は」


「そんなことはないです。元の世界ではやりたいこととかもあったんでしょう?」


「一応小説家を目指してたけど、なかなか芽が出なくてね……」


「じゃあ、夢まで潰されちゃった恰好なんですね」


「んー、まあ起きたことは仕方ない。過去には戻れないんだし、あとは前を向いていくしかない。そう思うだろ?」


「……はいっ」


 心残りがまったくないといえば嘘になるが、異世界に呼び出された以上、今やれることをしっかりやるだけだ。


「俺のことは話したから、今度はアトリのことを聞かせてほしいな」


「……そうですね、不公平ですし」


「……話したくないならいいんだよ?」


「いえ、話しますっ。意地でも話します」


「……」


 アトリは大人しそうに見えるが、騎士なだけあって割と我が強い子なのかもしれない……。


「私はロズベルトっていう都の騎士団の一人でした。大陸南部にある大きな山岳都市だったんです。強大な兵力、高い城壁、外敵を寄せ付けない断崖絶壁……さらに周囲には山脈も多くて、魔物さえも容易には入り込めない難攻不落の都といわれていました。一晩で滅びちゃいましたが」


「……」


 俺は思わず起き上がっていた。


「そんなところがたった一晩でか?」


「はい。一人の魔女の血を持つ者によって……」


 アトリの優しげな声色が明らかに変わっていた。とても冷たい声だった。


「そういや、魔女が強いってのは聞いたけど……人類にとって魔王くらい脅威なのかな」


「はい。王都では魔女の血を持つ者が魔術師団の長となり、かつて最強と呼ばれていたグラッセル騎士団を退けて国防を担当しているくらいですから」


「……奇妙だな。魔女の血を継ぐ者の中でも、悪いのと良いのがいるってこと?」


「そうなります。魔女の血が強大すぎて、魔女の血に頼るしかないというのが現状なんです……」


「……なるほどなあ。この世界の住人しからしてみたら複雑だろう」


「そうですね。でも、元はと言えばかつて魔女がひっそりと住んでいた森を人間が不吉というだけで燃やしたことが始まりですから」


「……魔女狩りってやつか」


「はい。それで魔女の一族はほとんどが根絶やしにされたそうです。森を追われて人の暮らしに順応した者もいますが、そのことを根に持ち、人に対する復讐を企む者も未だにいるのです。魔女の血を持つ者は長命ですからね……」


「それだけ魔女の一族が脅威になってるなら、魔王どころじゃないんじゃないか?」


「魔女の一族も脅威ですが、魔王が復活すれば魔物がさらに増えるだけでなく狂暴化し、事態が深刻になるのも事実なのです。武力の弱い都市だと、魔物の侵入だけで死者が多数出ることもありうるでしょう」


「それで勇者召喚ってわけか――」


「――私だけ生き残ったんです。変ですよね」


「アトリ……?」


 気が付くとアトリも起き上がっていた。この暗さでもはっきりわかるほど頬が濡れていて、しかも無表情なので軽く衝撃を受けた。


「普段厳しく私を指導してくださった方が、あの日だけは……とても優しかったんです。みんな私を庇って次々と死んでいきました。後輩に先立たれるわけにはいかぬと、騎士団の先輩方に……妹のような存在を死なせるわけにはいかないと、普段無口であまり口もきいてくれなかった勇者様に……」


「……」


 アトリはそれだけみんなに愛されていたのだろう。今まで俺にしてくれたことを考えれば短い間でもそれがよくわかる。


「今でも……どうして私だけ置いていってしまったのと思ってしまうんです。情けないですよね……。これじゃ、なんのために生かされたのか……」


「辛いだろうが、俺はアトリに凄く癒されている。君は人の痛みに敏感で、自分の痛みには我慢できる子なんだ。それこそ、君がみんなに生かされた最大の理由なんだと思うよ」


「コーゾー様……お許しください……」


 アトリは俺の胸の中でしばらく声を上げて泣いていた。

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