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第二九回 待ち人


 冒険者ギルドに戻る頃には、空が薄らと暗くなり始めていた。もうすぐ夕方といったところだろう。


「……凄いですね。フェノウスの洞窟に行ったのですか……」


 例の美人な受付嬢が目を丸くして薬草とキノコを受け取る。俺たちの苦労の結晶だ。


「ああ。魔女に遭遇しなかったからラッキーだったよ……」


 俺は胸を撫で下ろす仕草をして笑った。


 嘘を言ったのには理由がある。魔女に遭遇したのにみんな無事だった、なんてことを言えば、魔女の仲間だと思われて恨みのあるやつに目をつけられる可能性もあるからな。余計なことは極力言わないほうがいい。


「なるほど……あ、ちょっとお待ちください」


 受付嬢が小走りでカウンターを離れたのでどこに行くのかと思ったら、壁の貼り紙を外していた。唯一残っていた難易度の高い依頼を俺たちが攻略したというのがなんとも誇らしい。ギルドにはそこそこ冒険者がいたせいか、それでどよめきが起こっていた。


「それでは冒険者様、お受け取りください。報酬の3000グラードです」


「おお……」


 カウンターに置かれた金貨三枚に目を奪われる。


「これからも頑張ってくださいね」


「ああ、ありがとう……」


 受付嬢に微笑まれて嬉しさも二倍増しだ。


「コーゾー様、ぼーっと眺めてたら盗られちゃいますよ」


「あ……」


 アトリが金貨を素早くエプロンのポケットに入れてしまった。《スラッシュクイッケン》を使ってるんじゃないかってくらい速い。


「さあこっちですっ」


「ちょ、ちょっと……」


 アトリに腕を引っ張られて、またしてもカウンターから一番離れた奥のテーブルまで連れていかれた。


「おかえり、マスター、アトリッ」


「おかえりですわ、ご主人様、アトリ様……」


「おかえりなのだ、コーゾー、アトリ!」


「「ただいま」」


 そこは既にシャイルたちが陣取っていて、空腹なのかそわそわして落ち着かない様子。しかし、受付嬢と会話するとアトリがやたらと強引になるのはなんでだろう。嫉妬? まさかな……。


「コーゾー様、改めておめでとうございます……」


「「「おめでとうっ」」」


「ああ。ありがとう……」


「次はいよいよ固有能力の鑑定ですねっ」


「だな。でもその前に……」


「「「むー……」」」


「……」


 テーブルを囲むシャイルたちの目力に圧倒される。みんなが言いたいことはわかっている。昼飯も抜いちゃってるし、みんなお腹ペコペコなはずだ。


「……あ、そうでした。ご飯にしましょう!」


「「「わーい!」」」


 ここで食べる手もあるかと思ったが、俺たちを除いてみんな帰り支度をしているのがわかる。無理もない。ギルドは午後の六時までだし、依頼の貼り紙も全部なくなったしな。


「レストランでも行くか。アトリ、案内してくれ」


「はーい」


「ご馳走、ご馳走っ」


「まったく。はしたないですわよ……じゅるり……はっ……」


「早く食べたいのだあ! こんこんっ」


 早速シャイルたちがはしゃぎまわってる。今まで苦労させてしまった分、みんなにはいっぱい食べさせてやるつもりだ……。




 ◆ ◆ ◆




「……おっかしいな、畜生……」


「変ですねえ……」


「もー、待ちくたびれたわよぉ……」


「……」


 セリア邸のロビーは、四人が座るソファを中心に不穏な空気に包まれていた。


 大きな眼球を乗せた真っ赤な杖――ブラッディワンド――をぼんやりと揺らすミリム、先端が唇の形になった杖――リップスティック――を脇に抱え、何度も怪訝そうに首を傾げるロエル、女神が祈る杖――ヴィーナスロッド――を苛立った表情で回すセリア、困惑顔で天井を見上げる雄士……。それぞれ、術の威力、反動による遅延抑制率、成功率を10%向上させるものだ。


 セリアたちは拉致の依頼を引き受けた者により、光蔵とアトリがここに連れてこられるのを準備万端で待っていたが、一向に誰も来る気配がなかったのだ。


 まず、呪術師ミリムが光蔵たちに《忠心の刻印》をかけ、抵抗してきた場合さらに苦しめるつもりだったし、法術師ロエルは光蔵たちを簡単に気絶させたり死なせたりしないよう、《治癒の光》をいつでも連続で出すつもりだった。


 そして最後の最後に、召喚師セリアが《精霊召喚(火)》を行使し、サラマンダーに光蔵たちを生きたまま火葬してもらう手筈だったのである。


「ねえロエル、ちゃんと裏にして貼ったわよね?」


 堪りかねてセリアが訊ねる。人を拉致、または殺人等の特殊な依頼をギルドで行う場合、貼り紙は裏にしておくのが通例だった。


「はあ? そんなの当たり前だろ、セリア……」


「もしかしたらあ、お雑魚さんが依頼を引き受けちゃったのかもしれませんねえ……」


「……あー、ミリム、それあるかもな。魔女が近場に出たとかで過疎ってたし、弱いやつしかいなかったんじゃね?」


「そうなると、おっさんはともかくアトリにやられた可能性は充分あるわね。ほんっとうざったい……」


 忌々し気にテーブルを叩くセリアだったが、隣にいる雄士がはっとした顔になっているのに気付く。


「ご、ごめんなさいっ、ユージ様、驚かせちゃって……」


「いや、セリア。君のせいじゃないよ。今、魔女って言葉が聞こえたから……」


「ユージ様は、魔女に興味あるの?」


「うん。小説とかゲームとかアニメじゃよく出てくる存在だからね。僕が見てみたいものの一つさ」


「あ、それじゃ魔女について教えてあげるね、ユージ様っ」


「おい、セリア、それより飯にしたいんだが……」


「ロエルさんに同意しますう……」


「ロエル、ミリム、少しくらいいいじゃない。きっとこの子は博識になるわ。だって、あたしが召喚した子だもの……」


「「はあ……」」


 ロエルとミリムが同時に項垂れる。


「魔女っていうのは、かつて森の中に住んでいた特別な魔法の才能を持った者で、その血を引く者のことよ。ちなみに性別は関係ないわ」


「へえ……なんで魔女はいて魔男っていないんだって思ってたよ」


「うんうん。あとね、魔女と出会うなんて稀だけど、王都の魔術師団のトップにいる魔女以外、人間を忌み嫌ってるそうだから、遭遇したら間違いなく死ぬと思ったほうがいいわ」


「そんなに強いんだ。怖いなぁ……」


「うん。強いの……。でも、あたしが守ってあげるから……」


「ち、近づかないでくれ……」


 うっとりした顔で詰め寄ってくるセリアに対し、青い顔で仰け反る雄士。


「もー、ちゃんと体は洗ってるよぉ……」


「か、確認してないし……不安なんだよ……」


「ユージ様、可愛いっ。確認のためにも、一緒にお風呂に入ろっ?」


「ひ、ひいい……」


「おい、セリア、ユージ、いい加減に……」


「もー、ロエルったらそんなに睨まないのっ。まだ話の途中よ。……コホンッ。魔女はね、特別な魔法が使えるのよ。詠唱する際、頭にエルっていう古代言語をつけるだけで威力が格段に跳ね上がる。魔法そのものが生きてるように見えるのが特徴よ。これを唱えることで効果があるのは魔女の血を持つ者だけって言われてるわ」


「……魔女、いいなあ。僕もなりたい……」


「うふふっ。ユージ様は勇者でしょ。それなら、才能次第じゃ魔女にだって勝てる可能性は充分あるわ……」


「ええっ!?」


「大丈夫。あなたには最高の才能があるはずよ。だって……あたしが待ち望んだ王子様だものー!」


「ひい!」


「がはっ!」


 セリアは雄士に抱き付こうとするも寸前でかわされ、勢いよく絨毯とキスしたのだった……。

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