第二一回 闇を照らすもの
まもなく崖近くの川に到着した。
もうこの辺になると草原はまばらで、周囲は岩場だらけだ。遠くから見た感じ、橋もないし川の幅がありそうで心配したが、それはずっと向こうのほうで、こっちは狭い場所だと一メートルほどしかなかった。そういうこともあってみんな川を軽々と超えたが、リーゼだけなかなか来られずにいた。
「ほらほら、バカ人形、来てみなさいよっ」
「さっさと来るのだぁっ」
ここぞとばかりシャイルとヤファがはやし立てている。
「大丈夫だから、リーゼ」
「大丈夫ですよ!」
「は、はい。見ていてください。ご主人様、アトリ様……行きますわよ……とりゃぁ!」
リーゼがジャンプして川を超える。全然余裕というか、かなりジャンプしていた。人間以上の跳躍力があるように見える。さすが魔人形……。
「……オーッホッホッホ! こんなの余裕のよっちゃんですわぁ!」
「……何よ、リーゼ。跳ぶ前はめっちゃびびってたくせに……」
「そうなのだ! リーゼは調子いいのだ!」
「お黙りっ! わたくしはお嬢様ですのよ! 下品な妖精や犬とはワケが違うのですわ!」
「「わーわー!」」
「ちょ、ちょっと、水をかけるのはおやめくださいましいいぃ!」
シャイルたちが水をかけあってる。なんだかんだいって元気いいなあ。
「ほらほら、みんな、早く先に行きますよ。ご飯を食べるのが遅くなっちゃいますよ!」
「「「はーい!」」」
みんな川を越えたこともあって先に進み始める。まだこの時点では洞窟らしきものは見当たらなかったが、崖沿いに濡れた地面を歩いていくとやがて巨大な穴が開いているのがわかった。
「あれがフェノウスの洞窟です」
「あれが……」
入口からしてでかい。さすが、巨人が隠れ家にしていただけある。
「いつもは冒険者の姿が何人も見られるんですけど、さすがに誰も見当たらないですね」
「……だな」
それだけここが危険な場所になっているということだろう。だが、俺達には闇の妖精シャイルもいる。あいつに会わずに依頼をこなすことだってできるはずなんだ……。
「……」
そこでふと、あの魔女の少女のあどけない笑顔が脳裏に浮かんだ。あの子の表情、強さがとても出ていたが、その反面寂しさも色濃く見えた。
「どうしたんですか、コーゾー様」
「……あ、いや、なんでもない。急ごう」
「……はい」
まさにこれから洞窟に入ろうとしたときだった。
「……あ……」
はっとした顔でアトリが立ち止まった。
「どうした? アトリ」
「松明が……」
「ああ、真っ暗だもんな……」
「その辺に木がないかどうか探しましょう」
というわけで探し始めたわけだが、岩場だらけで近くには木なんて見当たらない。
「――……ないな……」
「ないですね」
「ないものはないもんっ」
「確かにないですわね……」
「ないのだ!」
結局木があるところまで戻る羽目になりそうだ。ただ、そうなるとかなり戻らなくちゃいけなくなる……。
それなら、俺が光を出し続ければいいだけじゃないか? というわけで、光の魔法を水晶の杖の先から出してみた。火でもいいが、こっちのほうが明るい感じがする。レベル1なだけあって弱いものの照明としては充分なはず。
「アトリ、今更戻るのもきついしこのままで行こうか」
「コーゾー様……? それじゃ、すぐ魔法力が尽きてしまいそうですが……」
「風の魔法も出し続けられたんだから、光でもいけそうだと思ってさ」
「……な、なるほど」
アトリは不安そうだったが、それ以上は何も言わなかった。一応風魔法を維持した実績はあるからな。ただ、あれは落下するまでの短い間だったし、この光の魔法をどこまで長く維持できるかどうかは定かじゃないが……。
「戦闘はアトリに任せるから」
「はい。私にお任せを。洞窟にいる魔物は強くはありませんが、数が多くて一か所に溜まっていることもあるので要注意です。それでも、コーゾー様をもう二度と危険な目には遭わせないつもりです……」
アトリ、例の件もあってかなり気合が入ってる様子。この調子なら俺は光魔法に集中するだけでよさそうだ。
中に入ると、洞窟内は早速二つに道が分かれていた。
「シャイル、どっちが吉凶か教えてくれ」
「……」
「シャイル?」
「……わからないの……」
シャイルは明らかに何かに怯えている様子だった。
「わからない?」
「うん。なんかね、全体的にどこも凶みたいな空気が漂ってて……あたちも、よくわからないもん……」
「……そうか、わかった」
つまりそれって、どこに行っても悪い結果になる可能性があるってことで……魔女がまだ洞窟内を彷徨ってるってことを如実に示してるってわけだ……。
「コーゾー様、どこも凶のようですが、どうしましょう……」
アトリが不安そうに見上げてくるが、ここまで来た以上あっさり戻りたくはない。
「危なくなったらすぐ戻ればいい。行こう」
「はい……」
「はあ、期待外れですわ。役に立たない妖精ですこと」
「まったくなのだっ」
「ふんっ。期待すらもてない人形や犬よりマシよ!」
「「わーわー!」」
どんよりと重い空気が漂っていたが、三人の相変わらずなやり取りで少し救われたような気がした……。




