第二回 お留守番
「それじゃ、あたしたち鑑定師探してくるから、お留守番頼んだわよ、アトリ、おっさん」
「はい、セリア様」
「……わかった」
俺とアトリは玄関前でセリア、ミリム、ロエルの三人を見送っていた。
「おい、そこはわかりました、だろうがおっさん」
「お行儀悪いですよお」
「敬語も使えないの?」
ロエルに凄まれ、ミリムには呆れたように笑われ、セリアに至っては露骨に嫌そうな顔で見られていた。
「わかりました。すみません……」
「勇者様に対して、そんな……」
アトリが不満そうに前に出てきたが、俺が手で制止した。
「いいんだ、俺は大丈夫だから……」
「……あとね、おっさん。逃げようなんて考えないほうがいいわよ。このアトリって子、騎士なだけあって剣の腕凄いから」
「い、いえ、大したことはありません……」
「またまた、謙遜しちゃってぇ……」
へえ、この子騎士なのか。子供っぽい体つきの女の子なのにな。
「まあ、強いといえどもお、たかが騎士さんですけどねえ」
「くっ……」
ミリムの嘲笑交じりの言葉で、アトリが悔しそうに拳を握りしめたのがわかる。騎士としてのプライドを踏みにじられた形だろう。
「時代遅れの騎士とおっさん。意外と気が合うんじゃね?」
「「あははっ」」
ロエルのおどけたような台詞で笑い声が上がる。やたらと小ばかにされてる印象だな。召使いだし、剣豪であってもこの世界における騎士は相当に立場が低いんだろうか。
「ミリム、ロエル、とっとと行きましょう」
「ですねえ。ところでセリアさん、夕ご飯はどこで済ませますう?」
「『エンジェル・フォース』にしましょ」
「いいですねえ。スイーツ食べたいですう」
「俺はステーキだな。おっさんはアトリと仲良くパンでも食べてな」
笑い声とともに三人は行ってしまった。正直あいつらがいなくなってほっとした。
「「……」」
それでも、アトリと二人きりで気まずい沈黙が続く。
「「あの……」」
何か言おうとしたら見事に被ってしまった。
「……くすくす」
それがこの子に受けたみたいで、口に手を当てて笑ってる。そのおかげで緊張も解れてきた。それからしばらくして窓から夕陽が射し込んできて、さらに鐘の音まで鳴り出した。彼女によるとこれは夕方の六時頃を知らせるもので、教会が約六時間ごとに鳴らすものだそうだ。
「あの、勇者様、これどうぞっ……」
「あ、ああ、ありがとう……」
アトリが袋から出した長細いパンを受け取り、齧る。ちょうどお腹が空いてたんだ。
「どうですか……?」
「……旨い」
「良かったです……」
香ばしくて歯応えもあってなかなか旨いなこれ……。あっという間になくなってしまった。行列ができるだけあるなあ……。
「私のも半分差し上げます」
「えっ……いいよ」
「そんなに入らないので……」
「あ、ああ。それじゃあ……」
「……ふふっ」
「……」
アトリが嬉しそうに見てくるからどうにも食べづらい。
「――う、げほっ、げほっ!」
しまった。急いで食べようとして喉に引っ掛かった……。
「い、今すぐお水を……!」
「……も、もう大丈夫だから……」
「――わわっ!」
アトリがコップを持って現れたかと思うと、足を滑らせて倒れそうになり、その結果コップが俺の頭に飛んできて冷たい感触がした……。
「――……申し訳ありません、勇者様……」
「い、いや、いいんだよ」
俺はびしょぬれになって服を着替えることになったんだが、いずれ異世界用の服に替えなきゃいけないだろうと思っていたのでちょうどよかった。
「似合うか?」
「はい、とっても……」
真っ赤なマントに青い半ズボン、白いストッキング、胸部に杖の紋章が入った鈍色のサーコート、銀のサークレットという、俺のいかにもな異世界服姿とともに鏡に映るアトリは優しく微笑んでいた。これが勇者としての正装で、ジョブチェンジするまでの間に着ておくのが通例らしい。髭も綺麗に剃ってくれたし、崩れていた七三分けの髪も元に戻してくれた。なんかようやく勇者になれたような気分だ……。
正直、いきなり異世界に召喚された上にあの三人から酷い扱いを受けてやさぐれてたんだが、この子のおかげで気分は大分よくなっていた。
「あの、勇者様のお名前はなんと?」
「光蔵っていうんだ」
「……コーゾー様。素敵なお名前……」
「ありがとう。っていうか召喚されてから、名前なんて初めて聞かれたよ……」
「勇者様なのに、酷いですね」
「ははっ。おっさんだからだろうね」
「歳は関係ないと思います」
「そうか? アトリは優しいな」
「そんな……」
「だって、あんなに騎士のことを悪く言われたのに怒らなかっただろう?」
「……本当に立場が低いからです」
アトリの表情は明らかに沈んでいた。
「この世界には召喚師、魔術師、法術師、呪術師、結界術師という特に強力な五大魔法職があるのですが、これらにかなう騎士など誰一人いませんから……」
「そう、なのか……」
「はい。一応、騎士は物理最強職なんですけどね。いくら剣や弓の腕が凄くても、魔法使いの下で生きていくしか身を護る術はありません。特に魔女の血を引く魔法使いは、たった一晩で都を一つ滅ぼせるほどです」
「そんなに凄いのか……」
「はい……。でもそれすら凌ぐ可能性のある存在がいるのです」
「それは一体……」
「それこそコーゾー様のような方なのです。召喚された勇者は一つだけ、誰にも真似できない固有能力を持っています。それが極めて有用だった場合、魔法職になればとんでもないことに……」
なるほど。あの三人があれだけ俺をバカにしても捨てられない理由がこれか。勇者はその固有能力次第で化けるわけだ。
「でもさ、そんなに勇者が凄いのに、なんであいつらはあんなに高圧的なんだ?」
「……もう勇者召喚自体珍しくないからなんです。特に今の時期は魔王が十年ぶりに復活する気配を見せていることもあって、各地で召喚師たちがより能力の高い勇者を獲得しようと必死になっているそうです」
「じゃあ勇者だらけなのか。魔王なんてすぐ倒せそうだが……」
「いえ、勇者の中でも特に優れてないと挑戦する権利さえ貰えないわけですから、魔王の強さも相当なものだと思われます」
「え……それって、選定作業があるってこと?」
「はい。あと一カ月ほどしたら王都のグラッセルで勇者たちの集会があり、その中でも特に優秀な五人――真の勇者――を決める選定の儀式が行われます」
「その五人に選ばれたら恩恵が沢山あるってわけかな」
「はい。一生働かなくてもいいような報酬を貰えるそうですよ。都も一ついただけるとか……」
「なるほどなあ。そりゃ躍起になるわけだ。それで勇者は何人くらい集まるんだ?」
「当日になってみないとわかりませんが、前回は100名くらいだと聞きました」
「……そんなにいるとなると、召喚の確率も滅茶苦茶低いってわけじゃなさそうだな。0.02%とかじゃなく、1~2%くらいはありそうだ」
ロエルという男が、召喚できる確率は凄く低いみたいなことを言ってたが、それが本当ならここまで酷い扱いをするなんて考えられないし……。
「そうですね。十分ほどで儀式は終わって、確率は1%くらいって聞きましたよ。あと、召喚師の腕とかやる気にもよるそうです。セリア様は腕は良いんですが、サボることも多くて――」
「――ただいまー!」
「「あ……」」
噂をすればなんとやらだ。あいつ、折角頑張ったのにとか言ってたが、普段サボってるやつからしてみたらそれなりにやったほうっていう程度だったのかもな……。