第十九回 約束
「……」
正午を知らせる鐘の音がする。困った。依頼が来るのをずっと待ってるんだが、誰一人来ない。ギルドの中も悲壮感が漂ったままだ。そんな中、たまにちらちらとこっちを見てくる二人組の男がいたんだが、なんなんだろうと思ったら席を立ってギルドから立ち去っていった。ただ単にシャイルたちが珍しかったのかもな……。
「マスター、あたち、お腹空いた……」
「……」
そういやそんな時間か。
「シャイル、はしたないですわよ。ご主人様もお困りですわ……」
「コーゾー、あたいもお腹空いたのだ……」
「……ヤファまで……うぅ。ご、ご主人様、わたくしもお腹空きましたの……」
結局リーゼまでねだってきた。悔しいがどうしようもない……。
「みんな、しばらくコーゾー様の出してくれた水で我慢しなさいっ。お利口さんにしてたら、その分ご飯をいっぱいあげますから」
「「「はーい……」」」
アトリが宥めてくれたが、みんなのためにも早くなんとかしないと……。
「――あ……」
思わず声が出る。誰かが入ってきたからだ。やや長めの薄水色の髪をした白いローブ姿の男で、何か恐ろしいものでも見たかのように目を見開いている。
「おい、グレッグじゃねえか、どうした!?」
近くで酒を飲んでいたモヒカン頭の戦士風の大男が、椅子を倒してしまうほど勢いよく立ち上がり、入ってきた男に駆け寄っていく。
「……オスカー。聞いてくれ。いやがったんだ。本当に、洞窟に魔女がいやがった……」
「お、おい、魔女と遭遇したのによく生きて帰ってこれたな……」
確かにあのグレッグという男、魔女と出会ったという割に、酷く怯えてはいるが生きてるし無傷に見える。
「……ダチが魔女を攻撃しようとしてやられたが、俺は恐怖で何もできずに震えるしかできなかった。畜生……。やっと体が動くようになったと思ったら、既にやつの姿はなかった……」
「……」
ってことは、襲おうとしなければ魔女にやられることはないんだろうか。
「なあグレッグ、そいつ本当に魔女だったのか?」
「間違いねえって! 魔女特有の濃い緑色の髪をした女のガキだった。俺のダチがよぉ、勇者を召喚するためにどんだけ歯ぁ食いしばって今日まで頑張ったか……。それを、やつはたった……たった一発の魔法で全部奪いやがった……畜生……」
「グレッグ……俺も悔しいが、相手は魔女だ。こういうときはもうとことん飲むしかねえ。今日は俺の奢りだ……」
「オスカー、ありがてえ……この恩は必ず返す……」
「……」
濃い緑色の髪……? それが魔女の特徴だってことは、俺がぶつかったあの少女は……魔女だったっていうのか……。
「コーゾー様?」
「あ……」
アトリに心配そうに顔を覗き込まれる。
「アトリ……聞きたいんだが、魔女の特徴は濃い緑色の髪なのか……?」
「はい。それと、耳が人間より少し長いのも特徴です。エルフほどじゃないですけどね……」
「……」
間違いない。俺は魔女と遭遇している……。しかも、目撃された場所はこの町の近くにあるという洞窟だ。グレッグという男が女のガキとか言ってたし、同一人物の可能性が高い……。
「もしかしてコーゾー様……見たんですか?」
「……あ、ああ。町の中でな。俺とぶつかったことで帽子が取れて、それで……。今特徴を聞いて、魔女だってわかったよ……」
「……いつの間にか、凄い体験をしていたんですね。何もなくて本当によかったです……」
「……行こう」
「……え?」
「行くんだよ、洞窟に」
「だ、ダメです! 死にに行くようなものですよぉ!」
「……あの男は言ってたじゃないか。何もしなきゃ襲ってこないんだ。俺だって、この通り生きてる……」
「……そんなの、たまたまかもしれません。魔女は気分次第でたやすく人を殺せるほどの力があるんです。なのに、どうして命を無駄にしようとなさるんですか!?」
「……」
「ご、ごめんなさい。興奮しちゃって……」
涙を拭うアトリ。また泣かせてしまったな……。
「頼む、アトリ。俺から手を出すことはないし、無暗に前にも出ない。魔女を探すようなこともしない。もちろん、方角で吉凶のわかるシャイルの言葉にも耳を傾ける。だから……」
「……わかりました。行きましょう」
「……困らせてすまない。でも、こんなチャンスはもうないかもしれないと思って……」
貼り紙で見た報酬は、洞窟の薬草を二種類集めるだけで1000グラード、キノコに至っては三種類も必要だが2000グラードだった。これだけあるなら固有能力の鑑定だってできるし、飯にも宿にもしばらく困らないはずなんだ。
「コーゾー様の仰りたいこともわかります。チャンスですからね。でも、これだけは約束してください。死ぬときは一緒ですから……。そのときは私を絶対に放さないでください。もう嫌なんです。一人だけ置いて行かれるのは……」
「アトリ……わかった。約束する……」
「「「じー……」」」
「「はっ……」」
アトリと見つめ合ってるところを、シャイルたちにニヤニヤした顔で見られてしまっていた。
「ふふ……」
「はは……」
気が付けば俺は笑顔でアトリと向かい合っていた。




