第十五回 二つの夕暮れ
「……畜生……」
「……はあ。疲れましたあ……」
法術師ロエルと呪術師ミリムがセリア邸に帰還したのは、午後六時を知らせる教会の鐘の音が鳴り響く頃だった。二人がどれだけ探しても光蔵たちは見つからず、今日のところは一旦捜索を中断するということで戻ってきたのだ。
「あの無能勇者、それに雑魚騎士……見つけたらマジ、とことん拷問してから殺してやろうぜ。じゃなきゃ気が済まねえ……」
「ロエルさん。ミリムも同じ気持ちですう。お雑魚さんたちを探すのにこれだけ苦労するなんてえ、夢にも思いませんでしたよお……」
「おかえり! ロエル、ミリム!」
疲弊する二人とは対照的に、召喚師セリアはやたらと上機嫌の様子だった。
「……セリア、楽しみにしてたみたいで悪いんだけどよ、あいつらいくら探しても見つからなかったんだよ」
「こんなことになるならあ、ミリムが《束縛の刻印》をつけておくべきでしたねえ」
「だな。逃げ足だけは速いやつらだし……」
「まったくですう」
「ロエル、ミリム……残念だと思うけど、今はそれどころじゃないのよ。さあ、登場してっ。あたしの王子様っ!」
「「え……?」」
ロエルとミリムが驚くのも無理はなかった。目を輝かせたセリアが声高に叫んでまもなく、見知らぬ少年が玄関に颯爽と現れたのだから。
「ど、どうも……」
彼はとても長身、かつ長髪で美麗な顔立ちをしていて、中央にボタンのついた白い上着に黒い長ズボンを着ていた。それはどう見てもこの世界の住人の服装ではなかった。
「ほら、自己紹介してっ」
「あ、はい。僕、自由ヶ岳高校二年の山下雄士っていいます……」
「どう!? 凄いでしょ。たった半日で召喚に成功したのよ!」
「そりゃすげえな……」
「セリアさん……もしかしてえ、あれからずっと儀式をやってたんですかあ?」
「うん……。休みなくずーっとね。その結果がこれよっ。あー、素敵っ。あたしのユージ様ー!」
「ちょっ!」
「ぎゃふっ……」
ユージが素早くよけたことで、セリアは壁とキスしてそのまま崩れ落ちる形になった。
「あ、あの……僕って少し潔癖なところがあるんで、手も洗ってるかどうかわからない人に抱き付かれるのは、ちょっと不愉快かなあって……」
「おいお前……調子に乗るなよ!」
「ひっ……」
「待って!」
ロエルが激昂して雄士に詰め寄るも、その前に赤い顔のセリアが立ち塞がる形になった。
「この子は必ず大物になるわ! それに、お仕置きとかしてこの綺麗な顔に傷でもついちゃったらどうするの!?」
「「……はあ」」
セリアのあまりにも献身ぶりに、ロエルとミリムも呆れ顔で溜息をつくしかできなかった……。
◆ ◆ ◆
「大事なことを忘れてました、コーゾー様……」
奴隷専門店をあとにして、俺たちは次に冒険者ギルドを目指してたんだが、鐘の音が鳴り出したときアトリがはっとした顔で立ち止まった。
「どうしたんだ? アトリ」
「ギルドは午後六時まででした。あの鐘の音はそれを意味するので、もう……」
「……そうか。まあ仕方ない。明日にするか」
「申し訳ありません……」
「そんな顔するなって、アトリ。俺は正直ほっとしてるよ。色んなところを歩き回って疲れてたし、もうギルドの依頼をこなせる自信はないからな」
「お気遣い、ありがとうございます……」
「……」
というか、本当に疲れてるんだけどな……。
「マスター、あたちはまだ全然平気よっ」
シャイルは俺の肩の上で得意げに小躍りして見せた。本当に、ピンピンしている……。
「シャイルが疲れてないのは、ご主人様の肩に乗っているからですわっ」
「ずるいのだ!」
「ふんっ。あたちは、方角で吉凶とかわかるから特別なのっ」
「「わーわー!」」
リーゼとヤファのヘイトがシャイルに集まってる様子。役割分担で、リーゼには道具類、ヤファには果物やじゃがいも等を運んでもらってるからそれも仕方ない気もする。
「じゃあ、この果物だけ持ってあげるから感謝しなさいよね!」
お、シャイルが抗議のデモに折れたのか、りんごを両手で抱えて俺の肩まで上ってきた。
「……パクッ」
「「あー!」」
「ちょ、ちょっと齧っただけよ! 大袈裟なんだからっ……」
「「わーわー!」」
「シャイル、まだ食べたらダメですよ!」
「ダメだぞ、シャイル」
「……ごめんなちゃい。ひっく……」
「まー、俺もだけどみんなお腹空いてそうだし、そろそろご飯にしようか」
「「「「わーい!」」」」
何気に歓喜の輪にアトリまで混じってる……。
「どこで食べようか?」
「あ……えっと、教会近くの公園とかいいと思いますっ。食べたあと、そこに魔法の家を建てて休めばいいわけですし」
「なるほど。でも目立つんじゃないか?」
「いえ、むしろ埋没すると思います。多いんですよ、あそこで魔法の家を建てる人……」
「ホームレスって異世界でも多いんだな」
「はい。公園は日が暮れると住宅街になるって揶揄されてるくらいですから……」
「なるほど……」
公園に魔法の家が立ち並ぶ光景、どんなものか見たくなってきたな……。




