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第十四回 忠心の刻印


「――この子でございます。さあどうぞ、ここからとくとご覧ください……」


 奥にある扉の前で店主の足が止まり、指で上部にある小窓から中を覗くように促してきた。


「……」


 恐る恐る窓に顔を近付けると、部屋の隅っこで足を抱えるようにして座り込む白いワンピース姿の少女がいるのが見えた。肩ほどまである黄金色の髪で、ちゃんと狐耳も尻尾もついてる。


「どうです、可愛いでしょう。狐耳の亜人は本来、1000グラードでも即売れしてしまうほどの人気奴隷なんでございますよ」


「それが、なんで100グラードで?」


「それが……あの子は、筋金入りの人間嫌いなのでございます……」


「……そうか。それで残ってるってわけか」


「左様でございます……。何があったのか話してはくれませんが、そりゃもう、取りつく島がないほどに人間を毛嫌いしているのです……」


「……」


 少女は片耳だけ動かしてこっちに気付いてるっぽいが、それでも顔さえ見せてくれない。こりゃ相当だな……。


「それでも購入なさいますか? かなり手を焼くと思いますが……」


「コーゾー様、どうしましょうか……」


「そうだな……。ちょっと中に入ってあの子と話をしてみてもいいかな?」


「それはもう。どうぞご自由になさって結構ですぞっ」


「ちょっと待ってよ。あの子、今にも噛みついてきそうだよ……」


 シャイルが不安そうだ。あの亜人の少女から人間に対する強い警戒心をそれだけ敏感に感じているのかもしれない。


「それなら、みなさまがお入りになられる前に《忠心の刻印》を施すので大丈夫ですぞ」


「《忠心の刻印》って?」


「コーゾー様、《忠心の刻印》は飼い主を襲うことができなくなる呪いです」


「へえ。《束縛の刻印》みたいなもんか」


「《忠心の刻印》は、飼い主を傷つけようとすれば首に絞められるような強い圧力がかかります……」


「……なるほど」


「あの子には既に首に印がついておりますので、あとはハンコの上側でみなさまの首にもつけるだけでございます。刻印のレベルは所詮魔道具ということで1が限界でございますが、効果時間が一秒で圧力もそこまで強くはないにせよ、抵抗の意志がある限り持続するので効果覿面ですぞ」


 ハンコを取り出す店主。大きさが違うだけで、見た目は妖精屋が使ってたやつとほぼ同じだ。魔道具っていうんだな。


「俺だけ入るよ。あと、印もつけなくていい」


「な、なんと豪気な……」


「こ、コーゾー様!?」


「マスター、危ないよ!」


「いくらなんでも危険ですわ……」


「大丈夫。俺に考えがあるんだ」


 俺は安心させるようにみんなに笑顔を向けた。そんなものをつけてたら、彼女は人間に対して余計心を開かなくなるだろう。


「何か考えがおありのようで……。承知いたしました」


 店主に鍵を開けてもらって中に入ると、少女が狐耳を伏せて怒った表情になった。威嚇してるっぽいな。初めて顔を見たが、尻尾と耳があることを除いてはほとんど人間と変わらなかった。


「……なんのつもりなのだ……?」


「……ん?」


「話はちゃんと聞いていたのだ。印をつけないなんて……」


「よく知ってるんだな」


「あたいは一度店主に逆らったことがあるのだ……。あの苦しみは今でも忘れられないのだ……」


「そうか。大変だったな……」


「黙れ人間っ。そんなことであたいは懐かないのだ……」


 牙を剥き出しにして睨まれたが、俺は笑って返した。少し引き攣ってるかもしれないが……。


「怖いくせに、さっさと引き返すのだ! ガルルッ!」


「……そりゃ怖いさ」


「じゃあ何故印をつけないのだ……」


「怖いのは君も同じだと思って……。怖いんだろ、人間が」


「……あ、あたいは人間なんか怖くないのだ。ただ嫌いなだけだ。あたいはスラムの出身で、周りの人間たちにどれだけいじめられたか……。狐の耳と尻尾があるってだけで……」


 亜人の少女は感情剥き出しで捲し立ててきた。でもそのおかげで、俺はこの子と仲良くなれると確信できた。


「辛かったな。逆に同じ亜人とか獣人は好きか?」


「そりゃ、人間と比べれば断然好きなのだ」


「どういうところが?」


「……んーと、頭を撫でてくれたりとか、慰めてくれたりとか……優しいところ……」


「俺も頭を撫でたいんだが、いいか?」


「……噛むのだ」


「なんでだ?」


「……人の手は汚れてるからなのだ! あたいにはわかるんだ。あんたの手も真っ黒なのだ……」


「……」


 後ろでシャイルやリーゼが怒ってるが、俺は手で制止した。


「あ、あれはなんなのだ……。人間がどうやって手懐けたのだ……?」


 亜人の少女は俺の後ろが気になる様子。それでも、大分警戒を解いているのがわかる。


「……特別なことは何もしてないよ。やりたいようにやってたら自然についてきてくれるようになった」


「……」


「もう一度言うけど、頭を撫でてもいいかな?」


「……なんで撫でるのだ」


「ああ。撫でたいから撫でる、それだけだよ」


 俺が手を近付けると、少女は少し間を置いてからはっとした顔で後ろに下がった。


「……か、噛んでやる……」


「酷いじゃないか。なんで俺は君を撫でることができないんだ……」


「そ、それはあんたが人だからなのだ!」


「……でも、変えられない。俺が人であることは。だからどうしようもできない……。君が亜人であることを変えることができないように……」


「……」


 亜人の少女は気が付いたようだ。自分のやったことが。真っ青になって頭を抱えている。


「……あ、あたい、差別しちゃったのだぁ……」


「ああ。君が今さっきやったことは、君を差別した人間がやったことと同じなんだ……」


「……ごめん……」


「いいんだ。わかってくれたら。撫でてもいいかな?」


「……うん」


 少女の頭を撫でる。亜人らしく、とてもふさふさしていた。


「名前はなんていうんだ?」


「……あたい、ヤファっていうのだ。あんたは?」


「光蔵っていうんだ」


「コーゾーだね。あたい、覚えたっ……」


 ヤファという少女が初めて見せてくれた笑顔は、ちょうど射し込んできた夕陽も相俟って、とても輝いて見えた。

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