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第百十一回 うつろうもの


「なっ……!?」


 ほんの一瞬の間の出来事だった。またたく間にシャドウは魔女リュカの体を捕まえてしまったわけだが、今まさに食べ始めようとしたところ、そこには帽子しか残ってはいなかった。


「リュ、リュカ……? まさか……」


 もう食べられてしまったというのか? あのリュカが、そんな……。


「やったぁ! 遂にあの生意気な子を食べちゃった! よくやったね、僕のシャドウ……って、あれ? なんでいつものようにおっきくならないのぉ……?」


「……」


 確かにヒカリの言う通りだった。本当に食べてしまったのなら闇の精霊は成長するはず……。


「もおー、一体なんなのお? まさかどっかに隠れて――」


「――エル・マインドハンド」


「リュカ……!」


 リュカが現れたと思ったら、笑みを浮かべながら例の古代語を発していた。一体どこに隠れていたんだ。


「うっ……!?」


 その一方で、シャドウの姿は消えたと思いきや窓際にいて、太陽光によって徐々に体を削られているような状況だった。なるほど……光魔法がないから、間接的に光を利用して倒そうってわけか。これなら周りへの被害もないし、考えたなあ。


「ネタバラシするとね、見えない箱の中に隠れてたのよ。それであなたが無意味に飛び掛かってきたところで、無魔法で捕まえてこうして窓際に押し付けてるというわけ。だからもう逃げられないわよ……」


「……」


 なんというか、本当に無駄な心配だった。彼女は俺が思ってるよりずっと強い。


「……ん、んんっ……」


 シャドウが消えると、とても苦しそうな……それでいてどこか気持ちよさげなヒカリの姿が現れたわけだが、いくらタフとはいえもう死ぬのは時間の問題だろう。リュカを止めることはもう、こうなった以上俺にもできそうにない……。


「――ふう。もういいわ」


「……え?」


 信じられないことが起こった。リュカが途中で攻撃をやめてしまったのだ。


「そろそろ薬を飲まないといけないし」


「リュカ……?」


 違う。以前の彼女とは明らかに違う。出会った頃の彼女なら、そんなの関係なしに殺してるはず。


「なぁに? コーちゃん」


「い、いや、別になんでもないんだ……」


「なんで殺さなかったって言いたいんでしょ? もうちょっとで殺せたけど、なんか急にどうでもよくなっちゃって……」


「……」


 やはり、彼女の中で変化が起き始めているんだ。元々優しくて人間が好きな子だったみたいだし、これが本来の姿に近いのかもしれないが。


「「「「「魔女様っ!」」」」」


「……え?」


 見ると、酒場の店員を始めとして、野次馬たちが次々とひざまずいていた。そういやリュカの帽子が取れてるし、今の戦いぶりから魔女だって丸わかりだしな。しかし、ここまで崇められているとは……。


「お、おおっ……リュカ様ではありませんかっ……」


 野次馬たちの中から白い髭が床に届きそうな爺さんが杖をつきながら歩み寄ってきた。


「あら……長老様じゃない。もう具合は大丈夫なの?」


 リュカが驚いた顔をしている。多分、見てる俺たちのほうがそういう表情だったとは思うが。


「この通り、もう大丈夫ですじゃ、リュカ様」


「しぶといわねえ」


「ホッホッホ……。相変わらず口が悪いお方ですじゃ、この村の創始者様は……」


「えっ……リュカが……?」


「おや、お連れの方ですかな?」


 長老が俺を物珍しそうに見たのをきっかけに注目が集まってきて、穴にでも入りたい心境だった。


「ええ、勇者様よ」


「おおっ……勇者様でしたか」


「あ、はい、新参者ですが。リュカとこの村はそんなに関係が深かったんですね」


「ええ、そうですじゃ。かつてこの洞窟には、近くの集落から子供を拉致しては食べる恐ろしい化け物どもが棲み付いていて、わしも拉致されてこれから食べられるというところでリュカ様に救われたのです。その際に暴れたことで化け物は消えて洞窟はさらに広くなり、このザムステリアの村が生まれるきっかけとなったのですじゃ」


「へえ……」


「この長老様がまだ子供の頃の話よ。懐かしいわね……」


「……」


 かなり前だなそりゃ。想像もできない……。


「あ、もしやこれから真の勇者を選ぶという選定の儀式へ向かわれるのですかな?」


「ええ、そうよ。私たちはそれについていくの」


「それなら、最高級の馬車を用意しますのじゃ。それなら王都まであっという間かと」


「おおっ……」


 思わず声が出た。かなり遅れていただけにこれは大きい。


「あ、ありがとうございます、長老様」


「私からも礼を言うわ、長老様」


「兄貴、もっと何か要求してみたらどうっすか……? その、お菓子とか……」


「ん?」


 ソースケが耳打ちしてきたと思ったら、その後ろにシャイルたちがいた。


「あたちもソースケに同意っ」


「わたくしもソースケ様に同意いたしますわ」


「あたいもソースケに同意するのだ!」


 ……なるほど、弟分のソースケを通じて俺にお願いしてるわけか。普段やりたい放題で俺たちを困らせてるだけに、このやり方なら我儘も多少は通りやすくなると思ったのかな? 考えたもんだ。


「えっ、何か貰えるんですか? じゃあこのお花とかいいですねっ!」


 ターニャまで……。彼女は花瓶に飾られた水色の斑点のある白い花に夢中の様子。


「ターニャどの、そんなものよりこの高価そうな人物画をねだってみては……」


 さすが、ラズエルは意識が高いだけあるがさすがにそれは無理だろうと。しかもよく見るとリュカそっくりの魔女が描かれていた。


「ホッホッホ。どれもかなえますぞ!」


「「「わーいっ」」」


 シャイルたちを筆頭にみんなの歓声が響き渡る。ま、くれるならありがたくもらっておくか……。


「そこのお方は、何か欲しいものは?」


「……私、ですか……?」


 長老様がアトリに声をかけたので一転して気まずい空気になる。


「……私が欲しいものは……コーゾー様だけです……」


「こ、これはこれは、一本取られましたなっ!」


 色々察したのか長老様はそれ以上何も言わなかった。でも、変化がないようで少しずつアトリの目に輝きが戻ってるような気がする。そういや、クリスタルロッドを愛おしそうに弄る時間も少なくなってきたしな。期待していいんだろうか……。

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