第百十回 喧嘩
「《精霊召喚》!」
ヒカリが一発で闇の精霊シャドウを召喚したと思うと、それに溶け込むようにして消えていった。
あれは……ピラミッドであいつが俺と戦うときにやった手段だ。ああやって一心同体になることでヒカリ自身も素早く動き回れる上、彼女は異様にタフだから的になっても耐えられるしでメリットは多いんだろう。
しかもここは障害物も多いのでそれだけ隠れられるし、ヒカリが地形的に有利だと公言するのもわかる。唯一、窓から漏れる太陽光だけは弱点だし避けるだろうけどな。
「……うっ」
「リュカ、どうした?」
「な、なんでもないわ。コーちゃん……」
「……」
何かリュカの様子が変だ。なんでもないと言うが、フラついてるというかなんというか……。まさか、このタイミングで呪いの影響が出始めたというのか? ただ、それでも彼女なら戦闘をそこまで長引かせないだろうし心配はいらないと思うが……。
「えへへー、どうしたのお? リュカとかいう生意気な小娘ちゃん、来ないのおー?」
ヒカリの小馬鹿にしたような笑い声がこだます中、壁や床、天井を猛スピードで這い回る闇の精霊。さすがに数的不利を作りたくないのか俺たちのほうには来ないが、これだけ素早いと攻撃を当てることさえも難しそうだ。
確かにリュカには桁違いの魔法力があるし、それを使えば難なく倒せると思うが……ここでその全てを発揮すれば、当然俺たちやこの建物が巻き添えになってしまうことになるわけで、そう考えたら難しい。しかも、闇の精霊にとって最大の弱点属性である光魔法を彼女は使えないのだ。
光魔法であればよほど高レベルでない限り巻き添えの心配はあまりいらないみたいだし、それがないのはかなり痛いように思える。ただ魔女に俺たちの常識は通用しないわけで、そもそも心配しすぎなのかもしれないが。
「兄貴ぃ、ヒカリのやつ誰を相手にしてるのかわかってんすかねえ……?」
「さあな。まあ教えたとしても、こうなった以上あいつは今更後には引けないだろう。もちろんリュカも。だからここで決着をつけるしかない」
「そうっすよねえ……。困ったっす」
「困ったあ? ソースケはどっちの味方なのよっ?」
「ソースケ様はどちらを応援なさっているのです?」
「なのだあっ?」
ソースケがシャイルたちに問い詰められてタジタジな模様だ。
「そ、そりゃリュカさんのほうっすけど……一応ヒカリも知り合いだし――」
「「「――この優柔不断男っ!」」」
「ご、ごめんなさいっすぅっ! ……って、なんであっしが怒られてるんすかねえ……?」
「そういう役割になってるからとしか言えない……」
「弄られ役ってやつっすねえ……?」
以前はラズエルがその役割だったんだけどなあ。
「あっ……何事です!?」
お、ようやくターニャがお目覚めになった様子。
「ようやく起きたか、ターニャどの。あれはだな、喧嘩のようなものだ……」
「な、なるほどですっ。頑張ってください!」
「……」
まあ確かに喧嘩のようなものなんだが、頑張れっていうのはなんかズレてるんだよなあ。
「おい、ここで喧嘩やってるってマジか!?」
「ああ、魔術師と召喚師がやり合ってるらしいぜ!」
「それは見ものだな!」
「「「うおぉっ!」」」
野次馬も増えてきて周囲が騒然となってきた中、膠着状態はなおも続いていた。
微動だにしないリュカの周りを、闇の精霊に乗り移ったヒカリがぐるぐると物凄いスピードで回っている状態。ただそれでも、これだけ動いてるヒカリが中々攻撃しないというのは、リュカが発している圧のようなものがそれだけ強くて、シャドウがその影響で慎重になってるからなんだろう。
「……ふふっ……死んじゃえ、です……」
「ア、アトリ……」
アトリは一体どっちに対して言ってるのやら。目の焦点が定まってないからまるでわからない。俺自身、わかりたくないっていうのもあるからかもしれないが。
「もおぉ! シャドウったら、どうして小娘のところに行きたがらないのー? そろそろ行くよーっ!」
やはり闇の精霊は重圧を感じてたんだな。俺の予想は当たっていた。さすが魔女。精霊さえも圧倒するような空気をリュカが放っていたということだ。
「あらあら、わざわざ待っててあげたのに中々来ないと思ってたら、怖気づいちゃってたのね……」
よかった、リュカのやつ具合が悪そうに見えたが口調には余裕さえ感じられた。こうなると逆にヒカリのほうが心配になってくるから不思議だ。リュカにとって不利な条件が揃ってるだけで、二人の実力差は明らかだからな。
「――このおっ……!」
最初に動いたのはヒカリのほうだった。彼女の不満げな一声を合図にしてシャドウがリュカの元に飛び込んでいった。