第十一回 魔人形
「コーゾー様、荷物がかさばってきたので、次は奴隷を購入しましょうか」
「……」
「100グラードで足りるかどうかはわかりませんが……どうしました?」
立ち止まった俺をきょとんとした顔で見上げるアトリ。
「……い、いや、なんでもないよアトリ」
異世界じゃ奴隷を買うなんてのは普通のことなんだろうけど、俺はその感覚にまだ慣れない……。
「では、参りましょう――」
「――待って」
「「え?」」
それを口にしたのは、俺の肩に座るシャイルだった。今となっては足元の影に隠れていたのが嘘みたいに、妖精屋を出てからずっとこうしている。
「シャイル、どうした?」
「マスター、この方角は凶と出てるわ……」
「ええ……?」
冗談かと思うような台詞だが、当の本人はいたって真剣な様子。
「……あ……」
アトリがはっとした顔になる。
「どうした?」
「そういえば聞いたことあります。闇の精霊は方角で吉凶がわかるんだそうです」
「へえ……。じゃあこの方角だとよくないことが起こるっていうのか」
「100%じゃないけどね。それに、度合いもわからないの。転ぶ程度かもしれないわ。でも、よくないことが起こる確率が高いのは確かよ」
「アトリ、とりあえず止まろう」
「はい」
……二人で立ち止まったまま不吉な方角を眺める。俺はそういう風水的なものはわからないけど、精霊が言うんだから大人しく聞いておいたほうがよさそうだな。
「よし、道を変えよう」
「……うん。それがいいよぉ。あのね、こっちは逆に吉って出てるよ」
シャイルが逆方向を指差す。
「……うーん。そっちだと奴隷の店へ行くには遠回りになっちゃいますね。どうします? コーゾー様……」
「仕方ない。安全第一だ。その分、色々見て回れるしな」
「ですねっ」
「うんっ」
異世界の景色や賑わいを堪能しながらしばらく歩くとしよう……。
「――あっ!」
「「シャイル?」」
絶えることのない人波の中を歩いていたときだ。シャイルが何かに気付いたようで、俺の肩から飛び降りてどこかに向かっていった。
その方向に見えるのは菓子屋『シュガー・レイン』の文字。なるほど、お菓子の甘い香りに釣られたんだろう。《束縛の刻印》で十メートル以上離れることができないとはいえ、勝手な行動は困る。
「――マスター、アトリ、見てこれっ……」
「ん?」
菓子屋の前に小さなベンチがあるんだが、そこに女の子の人形がぽつんと座っていた。白い三角巾のようなヘッドドレスに黒のドレス姿で、人間の赤ん坊並みの大きさだ。整えられた長い焦げ茶色の髪、どこか寂し気な濃い緑色の瞳、透き通るような白い肌にほんのりと赤い頬……このまま動き出してもおかしくないと思えるほど、本当によくできている。
「よくできてますね……」
「だな……」
シャイルが興味を持つのも無理はない。ただ、これはどう見ても売り物じゃないしどうしようもないな。
「シャイル、欲しいのはわかるけど、菓子屋が飾ってる看板娘みたいなもんだから買えないよ」
「そうですよ。それに、こんな高価そうなお人形、とてもじゃないですが100グラードじゃ買えないと思います……」
「……」
それで買えるかもしれない奴隷ってなんなんだと思ったが、異世界だし価値観がそもそも違うしな。
「ううん、違うの。マスター、アトリ。これが動いたの」
「……見間違いじゃないのか? 確かに動き出しそうなくらいよくできてるが」
「ですね。シャイルの目の錯覚ですよ……」
「ホントだよ! この子、今わざと人形の振りしてるんだよ。あたちがそれを証明するから見てて! こちょこちょ……」
「……」
ん? シャイルがくすぐり始めたんだが、今この人形、ちょっと口元が動いたような。まさかな……。
「こちょこちょ、こちょこちょ……」
「……うっ」
「「あっ……」」
今、声がしたよな。俺でもないアトリでもない、もちろんシャイルでもない……となると……。
「こちょこちょ……」
「……いい加減、やめてくださらない?」
「しゃ、喋った……」
しかも、くすぐるシャイルを不機嫌そうに手で払ってベンチから下りた。なんだこの人形は……。
「ほーら、あたちの言ったとおりでしょ……」
「あ、ああ。疑って悪かった。これって、もしかして人形じゃなくて実は妖精の一種とか?」
「……わたくしを妖精なんかと一緒にしないでほしいのですわ」
「ちょっとぉ、あんた生意気よ人形のくせにっ」
「あらあら。じゃあわたくしも言わせていただきますわ。妖精のくせにっ」
「むうぅっ……」
「何か……?」
「……」
シャイルと人形が睨み合ってる。サイズ的には人形のほうが大きいんだが、見た目の年齢は同じくらいに見えるな。
「……ま、まさか……」
「アトリ、どうした?」
アトリが声を震わせてる。
「魔人形……」
「魔人形?」
「はい。魔女の血を持った人形職人が、妖精を参考にして作ったとされる、幻の人形です。大陸に一つか二つしかないと言われるほど珍しいもので、作成者が亡くなっていることから、もう二度と作られることはないといわれるほど精巧な人形なんです」
「……そんなに凄いのか」
「はい。まさかこんなところで見られるとは……」
そんなに珍しいものがここにあるとは誰も想像できないだろうな。ただのよくできた人形くらいに思うだろう。
「ホホホッ。その調子で、どんどんわたくしを褒めるといいですわ……」
「うぬぼれないでよね。たかが人形のくせに。所詮、あたちみたいな妖精の劣化コピーなんだからっ」
「……な、なんですってぇええ、この根暗妖精……」
「な、何よぉ……」
「……」
二人とも睨み合ってて、火花が散りまくってるな。猫の喧嘩みたいだ。
「おやまあ。リーゼのお友達かい? うちの店の前で随分騒がしいこったねえ」
誰か来たと思ったら、人形と似たような格好――白の三角巾に黒いワンピース姿――の店主らしき婆さんだった。この人形、リーゼっていうんだな……って、それどころじゃなかった。営業妨害になってたっぽいし謝らないと。
「申し訳ない」
「申し訳ないです……」
俺とアトリが頭を下げるのを見て、シャイルとリーゼも喧嘩を止めた。二人ともプイッと顔を背け合ってるが……。
「そんなのいいんだよ。これも何かの縁だ。みんなで楽しくお話しようじゃないか」
……怒られるかと思ったが、笑顔でウィンクされてしまった。なんかいい人そうだな。
「おばあさん、お菓子くれるの?」
「ああ、いいよ」
「おばあ様、わたくしには紅茶をいただけます?」
「もちろん、用意するよ」
シャイルとリーゼが目を輝かせながら言うと、婆さんがにんまりと笑った。
「俺たちもいいのかな?」
「もちろんさ。ご馳走するからみんなお入り」
「「「「わー」」」」
何気に俺とアトリまで一緒になって歓声を上げていた。腹の虫は正直だ……。




